第22話 フラグは回収するためにある

 先ほどの展示ブースに戻ってみると、先ほどまで厳かで静かな雰囲気だった場所が騒然としていた。ガラスケースは見事に割られ、中にあった初代の長刀が無くなっている。見たところ犯人らしき人物は見当たらないので、もう逃げているようだ。

 

 一足遅かったか……。


 俺はすぐに猪口と織部へ念話を繋げる。

 

『2人とも。今、空いてるか?』

『どないしたん?』

『大丸6階に展示してあった長刀が盗まれた』

『何? 分かった、すぐ向かう』


 要件を伝えるだけ伝えた直後、念話が途切れた。

 

 これでひとまず、この場は日輪の人たちに任せておけば大丈夫だろう。

 

 俺はちゅうじんを引き連れて、一連の流れを目撃していたであろう、展示会場のスタッフの元へ向かう。

 

「あの、一体何が?」

「そ、その……。展示物を監視していたら、鬼のお面のようなものを顔に着けた人が急に現れて、あっという間にガラスケースに保管されていた長刀を盗んで行ったんです」


 動揺した様子でスタッフが話すのを聞いて、ハッとする。


 鬼面ってまさか、葵祭の時に天皇陛下を狙った輩と同じやつか? 確か、まだ実行犯へ指示を促した奴は捕まってなかったよな。

 

 それにあの長刀は確か焼きが入っていたはず。つまり、真剣だから人を斬るなんてことは容易だ。それを持ち去ったとなれば、事態は大事になる。

 

 俺は立て続けにスタッフへ問いかける。

 

「ちなみに、長刀を持ち去った犯人はどっちに行きました?」

「真っ先に展示会場を出たと思ったら、姿が見えなくなっていて……」

「分かりました。もうすぐ警察が来るので、それまで待機していてください」

 

 スタッフの人へそう促し、俺は後ろで話を聞いていたちゅうじんと顔を見合わせる。

 

「ちゅうじん、追うぞ」

「おう!」

「って、お客様⁉」

 

 スタッフが慌てて止まるよう言ってくるが、それどころではない。俺たちは瞬く間に展示会場を飛び出し、長刀を奪った犯人を追う。あの分だと例の鬼面にも祟痕がついている可能性が高い。霊眼を起動させて視てみれば案の定、鬼面から漏れ出た紫の靄が1本の線となって現れていた。

 線によると、どうやら犯人は上へ向かったよう。犯人と同じく非常階段を使い、上まで登って屋上テラスに出る。だが、ここも中と同様、利用者が多いため、なかなかそれらしき人物は見当たらない。

 

 全く、これじゃあ探そうにも、時間がかかる。

 

 焦りを感じながらもちゅうじんと共に探していたら、遠くの方から大きな声が聞こえた。


「おい、誰か飛び降りたぞ!」

 

 と、真っ先に声の方向へ走るちゅうじん。俺も後に続けば、興味本位で様子を見に来たのか、人だかりができていた。俺とちゅうじんは人混みを通り抜ける。咄嗟に霊眼で視力を強化して視てみると、長刀を抱えた1人の人物がビルの屋上や建物の屋根を走っていた。すかさず、ちゅうじんがビルの屋上に設置されている柵を乗り越え、縁を蹴って後を追う。


「え、ちょっと、あんたらも⁉」

 

 俺もちゅうじんに続いてビルから飛び降りれば、男性は目を丸くする。俺は飛び降りた拍子に祓力で足を強化。隣のビルの屋上へ着地すると同時に地面を蹴り上げる。一気にちゅうじんの元へ追いつき、前を行く犯人を捉えると、犯人が急に姿を消した。

 

「何?」

 

 すぐさま辺りを見てみたら、犯人は下のアーケードへ着地したようで、そのまま祇園祭の見物に来た人混みの中に消えていった。


 チッ。また厄介なところに行きやがって……。

 

 仕方ないので俺も続こうとビルの縁を蹴り上げようとしていたら、前の方から声が聞こえてきた。ふと顔を上げれば、織部と猪口がこっちに向かってきている。俺とちゅうじんは一旦合流しようと前方にあるビルへ飛び移った。

 

「おぉ、来たか。そっちはどうだ?」

「展示ブースの方は警備に参加してた取締部の人たちが行ってるよ」

「ほんで、犯人は?」

 

 織部の問いに、俺は視線を山鉾の走る大通りの方へ落とす。

 

「追いかけてたんだが、奴が人混みに紛れたせいで、見失ってな……。今も逃走中だ」

「まぁ、下にはうじゃうじゃ日輪の奴らが居るし、大丈夫やろ」

「気楽なもんだな。もし、犯人が民間人に危害でも加えたらどうする?」

 

 織部が携帯していた銃をぐるぐる回しながら答えれば、猪口が反発してきた。織部はまた始まったと言いたげに猪口の方を睨む。と、下の方から抜刀音が聞こえてきた。

 

「――そこまでだ!」

「ほらな?」


 下にいた日輪の人の声が聞こえてくると、織部は満足そうに軽く笑みを浮かべる。視線を落としてみると、ちょうど横断歩道を渡ろうとしていた犯人が警備部の人たちに取り囲まれている。


「でも様子がおかしいぞ」


 同じく下を見ていたちゅうじんが否定する。その言葉に俺と猪口、織部の3人は霊眼を発動させて見下ろせば、何やら騒然としている。よく犯人の方に目を向けてみたら、その腕には1人の子供が抱えられ、片方の手に握った長刀を周囲に向け、捕まえようとしている警備部の人たちを脅していた。

 その光景に恐れをなした人々が慌てて横断歩道周辺から退避していく。

 

「おいおい、マジかよ……」

「フラグ回収しとるやん。何やってんの。アホなん?」

「俺のせいじゃねぇだろ。どう考えても」

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