第21話 夏の盆地の暑さは異常
警備配置の確認も終え、祇園祭当日。蒸し暑い中、今年も例年通りの人の多さと相まって警備中の俺たちは立っているだけでだんだん気力が削られていく。よりにもよって、なんで俺たちの配置が1番人通りの多い四条河原町なんだ……。もっと他にあっただろうに。何かあったとき用に一応、警備に当たっている面々は武器を携帯しているが、どうせそんなことは早々起こらない。ちなみに、武器を持ち歩いているのが見えないよう
あー、早く交代の時間にならねぇかな……。暑さで死にそうなんだが。
後ろを山鉾が通り過ぎていく中、歩道と車道の境目で突っ立っていれば、織部と猪口がこっちに向かって歩いてきた。
「あー、嫌やな……。こんなクソ暑い中、ずっと立ってなあかんの」
「お前はさっき大量にアイス食ってただろうが。俺の金で」
「他人の金で食べるアイス程ええもんはないで。はいこれ2人の分な」
猪口が織部を睨むと、彼女は満足そうに笑みを浮かべ、俺とちゅうじんにソフトクリームを渡してくる。受け取ったそれは暑さのせいで若干解け始めていた。隣を見たらもうちゅうじんはソフトクリームを食べ始めている。
「後で徴収してやるから覚えとけよ……」
「奪えるもんなら奪ってみぃ」
「身長も俊敏さも俺より劣るくせによく言うぜ」
自信あり気に話す織部。猪口は呆れたような目つきで織部の方を見たかと思えば、俺とちゅうじんの方を向いた。
「さっ、交代だ」
「了解だぞ」
「はぁ、終わった……。それじゃあ後は頼むわ」
「あぁ、任された」
俺は猪口と、ちゅうじんは織部と入れ替わり、持ち場を離れる。
ちゅうじんはもうソフトクリームを食べ終わったのか、早く来いと言ってきた。こんなところで迷子になられでもしたら困るからな……。垂れそうなソフトクリームを舐めながら、俺は急いでちゅうじんの後を追う。四条通を西に歩き、河原町通の横断歩道を渡る。
辺りは祇園祭ムード一色。さまざまなお店で山鉾のストラップやお土産が売られていた李、祇園祭関連の展示が行われていた。
「にしても、暑いな……。カラッとした暑さじゃなくて、じめっとしてるぞ」
「そりゃ京都は盆地だからな。流石に日に当たり過ぎたら倒れるし、中に入るか」
「おう!」
そう、どこか休める場所が無いか探していたら、ちゅうじんがあっ! と声を上げて指を差した。俺とシロが振り向くと、そこに『祇園祭特別展示開催中!』と書かれた幕が貼られていた。
「……言っとくけど、人多いぞ。ここは」
「何でだ?」
「藤井大丸っていうデパートだからだ」
京都ではお馴染みの大丸さんは、明治初期に創業した老舗百貨店で、日々多くのお客さんが来店している。その数は平常時でも人が多すぎて、なかなか前に進めないほど。今日みたいな祇園祭の日にもなると想像を絶するほどの人だかりができている頃だろう。それをちゅうじんは知らないから、簡単に行きたいとか言えるんだ。
「ふーん。でも、中は涼しいだろ? それにこんな機会逃したらもう二度と見られないかもしれないんだぞ? 偵察隊長としてここは何としてでも――」
「――はいはい。分かったから、ある程度したら出るからな」
「おう!」
こうなったら意地でも引かないのがちゅうじんだ。面倒なことになる前にOKを出してやらないとこっちが疲れる羽目になる。
そういうわけで中に入ってみると、空調の効いた涼しい風が吹いてきた。
あー、天国~!
そう思ったのも束の間、これでもかという程の人の多さに絶句する。
気を取り直して奥へ進めば、案内板が見えた。それによると、特別展示は6階でやっているらしい。俺たちは中に入ってエスカレーターに乗り、移動する。
展示会場へ到着したら、入場料を払って中へ入った。
今回の展示では屏風やミニチュアサイズの山鉾を始めとした祇園祭に関連するものが飾られていた。
「ちっさい山鉾がたくさん並んでるぞ」
「へぇ、結構細部まで作り込まれてるんな……」
ガラスケースには祇園祭を模したように山鉾が巡行順に並べられており、手前から前祭の1番初めを飾る
展示プレートを見てみたら、現代版にアレンジされた祇園祭礼図らしい。祇園祭礼図は昔の祇園祭の風景を描いた屏風なのだが、現代版では色使いもカラフルになっているようで、見やすくなっていた。
その後も展示を見て回っていると、本日の目玉! みたいな感じのスーパーで特売でもやってんのかってぐらい、やけに豪勢な展示ブースがあった。近づいてみたら、初代、二代目、三代目と歴代の長刀が展示されている。
「ん? あ、これ……」
「どうした? って、あれ祇園祭の最初に見た長刀鉾の長刀に似てないか?」
「似てるというか、これ本物。これうちの神社が所蔵してる長刀」
「え、マジか」
そう呟くと、ちゅうじんは興味津々な表情でガラスケースの中の長刀を眺める。
確か前に、親から長刀展示するけど良いよね? って、連絡来てたな。せっかく特別展やるんだし、うちのとこの長刀も歴代順に展示しちゃおぜとか軽いノリで。うちの親そういうとこあるからホント困る……。でも、普段表に出してないから、たまには日に当てないとだし。大勢の人に見てもらえてるんなら別に良いか。
「良いものが見れたな~」
「そうだな」
ちゅうじんはスマホで撮影した写真を見ながら歩く。ふと時計を見れば、次の交代までまだ3時間はある。涼しい屋内で適当に時間潰そう。流石に人の熱気で溢れかえっているであろう外には出たくない。
「あ、お土産があるぞ。買っていっても良いか?」
「おー、好きにしろ」
ちゅうじんが買い物を済ませるのを待っている間、スマホで警備員専用のチャットを見るが、特に変わったことは起きてないようだ。あるのは落とし物を拾っただとか、道を聞かれただとか、体調不良者が出たからその対応をしてますとかの些細な事項だけ。事実、何も起こらないのが1番だ。欠伸をしていたら、大量の紙袋を持ったちゅうじんが戻ってきた。
「どんだけ買うんだよ。金遣い粗すぎるわ」
「だってせっかく来たんだぞ? 買うしかないだろ。それに物は絶対に残るからな。偵察隊のみんなにも見せてやりたいんだぞ」
ちゅうじんの言うことには一理ある。確かに見たもの聞いたものはいくら記憶しようが、薄れていく。けど、物品は早々消えるもんじゃないしな。
珍しく正論をぶちかますちゅうじんに感心したその時、展示ブースの方からガシャーンッ! と何かが割れる音が聞こえた。
何も起こらないのが1番とか思ったのが間違いだったのか、見事にフラグ回収してしまった……。
俺は溜息を吐きつつ、ちゅうじんと共に展示ブースへ戻るのだった。
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