祇園祭編
第20話 燃え尽き症候群
審議官の粛清から数日が経過した頃。あの後、海希と朝姫さんたち取締部が審議官ともう1人の仲間から話を聞いた結果、またしても鬼面をつけた人物が関与していたらしい。
その人物によると、「長官らの暗殺に成功した暁にはそれ相応の立場と力を与えて差し上げましょう」と言ってきたらしい。何でも昨今、急に強い祟魔が増えたらしく、その影響で今まで共に縄張りを築いてきた赤鬼と青鬼は立場を失ったらしい。
祟魔社会でも色々あるのだなと同情はすれど、釈放という訳にはいかないので、その後、赤鬼と青鬼は祟魔専用の牢獄へ入れられたのだった。
そんなこんなで審議官の粛清を見事にやり遂げた俺たちSSには、依頼料としてかなりの額の報酬金が授与され、すっかり大仕事をやっつけた影響かみんなして燃え尽き症候群に陥っていた。報酬金を受け取ったSSメンバー及びちゅうじんはソファでぐうたらしたり、職務中だというのにゲームや漫画を満喫。当の俺もやる気が起こらず、さっきからぼーっとしている始末だ。
本来社員のやる気を出したり案件を持ってきたりするはずの室長も、ちゅうじんとジュリア、王子とオセロで遊んでいる。海希は日輪の方が多忙らしいので、そっちに行っていた。毎度ご苦労なことだ。その反面うちの部署と言えば……。
めちゃくちゃ弛んでやがるな……。本当にこんなんで良いのか? けど、案件という案件も報酬金を手に入れてから、珍しくやる気になった面々が片付けてしまったからな……。
そう、実質案件が舞い込んでこない限りすることがないのだ。やることと言えば、報告書ぐらいなものなんだが……。いつも仕事に忙殺されて、ある種の覇気を生じさせている俺は何処へやら、ちまちま報告書の文面を作成していく。
と、バンッ! と音を立ててオフィスの扉が開いた。思わず、扉の方を見ると、スーツ姿に毛先が少し跳ねた赤髪ポニーテールの女が足で扉を蹴っていた。
「失礼しまーす」
彼女は足を扉から床に戻し、中に入ってくる。
「おい、足で開けんな。手で開けろ」
赤髪の女の後ろからダークブラウンのツンツン頭の男がやってきた。手慣れているのか、彼女の行為に容赦なくツッコミを入れている。
どいつもこいつも扉を乱暴に開けんと気が済まんのか……。
呆れながらデスクから様子を見ていたら、ツンツン頭がビシッと姿勢を正した。
「この度、祇園祭に際して、特別支援室の皆さんと共に警備を担当することなりました。日輪・警備部第壱課の
「同じく、警備部第弐課の
2人がしっかり所属先から名前まで名乗り終えるも、オフィス内は静寂に包まれる。
……いや、誰だよ。てか、日輪との合同警備って何?
2人はこの気まずい空気に耐えきれなかったのか、焦ったようにこそこそ話し合っていた。取り敢えず、どういうことなのか説明しろという念を込めて、室長の方に視線を送る。俺の意図に気づいた室長は斜め上に視線を逸らしながら、ソファから立って2人の方へ歩き出す。
「あー、そういえばそんなこともあったような……。いや~、すいませんな。あ、どうぞソファの方におかけになってもらって」
猪口さんと織部さんは室長に促されるまま、ソファへと腰かける。話へ入る前に軽くSSメンバーとちゅうじんが自己紹介をする。どうやら、この2人もちゅうじんの噂については耳にしているようで、ちゅうじんが名乗ると、興味津々な目つきで織部さんはちゅうじんの方を見てきた。
「で、さっき出てきた祇園祭ってのは何なんだ?」
ちゅうじんが訊いてくると、すかさずジュリアが反応した。
「あ、うーさんは知らないんでしたっけ。祇園祭ってのは、葵祭に並ぶ京都三大祭りの1つでして。毎年7月の中旬から下旬にかけて、京都の街を山鉾が練り歩くんですよ。そこにいる多田先輩の実家の八坂神社が主体となってやってるお祭りなんですけど――」
彼女は頼まれてもいないのにベラベラと祇園祭のことについて話していく。流石にオタクなだけはある。話の止む気配が一切感じられない。ジュリアの話をちゅうじんが熱心に聞いているその横で、猪口が本題に入り始めた。
「例年通りなら、日輪と大神学園の生徒だけで警備に当たるんですが、今回は取締部の皆さんが別件で一部出払ってまして。手の空いてる壱課と弐課の俺たちと人手が足りないということで特別支援室の皆さんにも警備へ協力してもらうよう要請していたんですが……」
「その件に関しては完全にこちらの伝達ミス……。申し訳ありません」
猪口さんが徐に室長へ視線を向ければ、室長は深々と頭を下げた。全く、室長たるみすぎだっての。しっかりしてくれよ……。
「それで、今回貴方がたには俺とそっちにいる織部と一緒に7月14日~16日に行われる前祭・宵山、21日~23日の後祭・宵山の警備に当たっていただきます」
「また人の多い時期に回されたな……」
夜宵が面倒くさそうに溢した。王子も当日の人混みの多さを想像したのか、嫌気が差している。
祇園祭は京都三大祭りの中でもとくに有名で、毎年多くの観光客が祇園祭の舞台となる四条通りにやってくる。その人の多さは通勤ラッシュ並み。立ってるだけで、人の多さにやられて疲れるほどだ。しかも、15日・16日には四条通り全体が歩行者天国になるので、警備に着く側としては大変なのだ。
「けど、途中で交代するからフルで警備に当たることは無いはずやで」
「おい、織部。口の利き方どうにかしろ」
猪口さんは織部さんの頭を軽く叩いて注意する。織部さんは気だるそうに頭を抑え、向かいに座っている俺たちの方を向いた。
「えー、やって見たところ同年代っぽそうやし、別にええやん。仕事は仲良うやった方がええやろ?」
織部さんがニコッと微笑みながらそう言ってきた。彼女の言うことには一理ある。他人行儀みたいに仰々しくやるよりかはよっぽどマシだ。
「彼女の言う通りだ。幸い、うちの連中も堅苦しいのは嫌いな性質だからな。ここは気楽に行きましょう」
「……分かった。なら、ここからは警備配置について話す。織部、例の物を」
「えーっとな……、はいどうぞっ」
猪口の言葉に織部は、持ってきていた鞄の中を漁り、そこから筒状の1枚の大きな用紙を取り出した。彼女が輪ゴムを取り外して用紙を広げると、四条通周辺の地図が姿を現す。猪口はその間に取り出していた書類を元に警備配置を順に説明していくのだった。
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