第16話 企画書選定

「なっ……ちゅうじんの次はお前かよ……!」


 俺が叫ぶと、スーツ姿に青髪ポニーテールの男――大東海希だいとうみきは、ニヤリと笑うと同時にちゅうじんの方に視線を向けた。


「あ、うーさんやん! 元気にしとった?」

「おう! 久しぶりだな海希」

 

 ちゅうじんが手を振りながら海希に返事をする中、隣の席にいた王子が俺に耳打ちしてきた。

 

「え、何。多田の知り合い?」

「まぁな。小学生以来の腐れ縁だよ。まさかこんなところにまで出張ってくるとはな……」

 

 海希は日輪の人間。本来こんなところに来るような奴じゃないし、腐れ縁にも程があるだろ。何でこうも遭遇する率が高いんだ?

 

 ちゅうじんと楽しそうに会話をしている海希をジト目で見る。

 

「で、何でここにいるんだよ」

「ん? そんなん出向に決まっとるやん」

「出向だと?」


 さも当然というよう海希は話す。俺を含めた一同は海希の言葉に首を傾げた。すると、海希が頬を搔きながら、戸惑ったように話を付け足す。

 

「うちの課長から1か月、SSに行くよう言い渡されてたんよ。あ、あれ? 話そっちにいっとらんかった?」

「課長以外は全員、初耳だよ」

「マジか……。えー、まぁそういうわけや。1か月間よろしゅう頼んます」

 

 俺がそう告げると、海希は気まずそうにしながらみんなに向かって軽く頭を下げた。


 室長……ちゃんとそういう大事なことは事前に伝えといてくれませんかね……。いつも急だからこっちは困るんだよなぁ。


 その後、初対面の王子が挨拶を交わし、会議がスタート。手初めに室長の方から全員に資料が配られる。内容は観文省内部に潜む祟魔を捕縛すること。言ってしまえば内部粛清か。こういう案件に関しては今まで2、3回はやってきた。依頼元の大半は人事部なので、今回もそうだろう。資料の表紙を見ながら予想していたら、室長が前を向く。


「今回の案件は資料を見てもらったら分かる通り、内密に行われる。よって口外は一切禁止だ。そして、今回の依頼元は人事部ではなく、長官戦略室からだ」

「え……それってめちゃくちゃ大物じゃないですか⁉」

「マジかよ……こりゃ、厄介な案件どころの話じゃないな……」

 

 室長の言葉にジュリアと王子が反応する。そう王子の言う通り、失敗したら首が跳ぶ。長官戦略室は俺たち特別支援室よりも更に上の組織。観文省のトップである長官を筆頭に観文省の大物たちが勢ぞろいしている場所だ。オフィス内の空気が凍り付く中、再び室長が口を開いた。

 

「だからこうして大東が出向に来てくれてるわけだ」

「実はこの依頼、最初は日輪の方に来てたんよ。けど、あくまでも部外者である俺らが介入したら怪しまれるからな。そこであんたらSSと混じって対処することになったんや」

「なるほど。それでか……」

「今回の粛清対象は審議官。つまり俺たちよりも上の立場の人間だ。長官戦略室及び日輪の調べによると、審議官は次の長官戦略会議で、参加者たちを暗殺するつもりのようだ。そこで、主に審議官に見てもらうための企画を立案し、長官戦略会議で審議官が仕掛けてきたところを制圧・捕縛する形になるだろう」

 

 俺たちSSは、捕縛はできても逮捕まではできない。よって、逮捕権限を所有している日輪所属の海希が来たというわけだ。資料によれば、審議官は10年前から観文省に入省。10年間キャリアを積み上げ、今年度から審議官の地位に着いた人だ。審議官は観文省に複数名いて、俺たち特別支援室を含む総務課並びに技術開発課、政務課などから送られてくるさまざまな案件を審議、本当にこれで良いのか長官戦略室にその案件が渡る前にチェックをしてもらう役目を担っている。

 

「で、ボクたちは何をすれば良いんだ?」

 

 資料見ていたちゅうじんは顔を上げて、室長へ視線をやる。


「今回、うーさんと大東にはその制圧と捕縛に当たってもらいたい」

「分かったぞ」

「了解や」

 

 室長の指示にちゅうじんと海希は頷く。

 

「その他の面々は企画の立案と当日までの準備に取り掛かってくれ」

 

 室長の言葉に各々返事をして、会議は終了した。

 確か、次の長官戦略会議は2週間後だったはずだ。ってことは、それまでに企画の立案から審議官とのチェック、制圧作戦まで全部やらないといけないのかよ。相変わらず過密スケジュールすぎないかこの部署……。

 俺は頭を抱えながら、さっそく企画書に取り掛かるのだった。

 

 ◆◇◆◇

 

 3日後。審議官に見てもらうための企画書選定の日がやってきた。海希は日輪の仕事があり、ちゅうじんはUFOの修理に裏山へ行ってるので不参加。室長は今日別件で不在のため、俺が進行役を務めることになった。というか、まともな人がこの部署にはいないため、俺が半強制的にやる羽目になった。各々が作ってきた企画書をコピーしてまとめたものを夜宵が各席の前に置いていく。全員分配布し終えたところで、先日と同じように皆が席について会議がスタート。


「じゃあ、今から選定に入る。まず、夜宵から」


 さっそく資料を開いて見ていく。

 

「って、あれ?」

 

 資料を見ていた俺は目を丸くし、顔を上げて夜宵の方を見る。何故か資料の目次欄に夜宵の名前がないのだ。この資料の作成者はジュリアだ。資料に不備があるのかと、ジュリアに向かって口を開こうとしたら、夜宵が口を挟んでこう言った。

 

「あー、すまん。できてない」

 

 夜宵は抑揚のない声で資料を見ながらそう告げる。おい、できてないってどういうことだ……。でも、夜宵は昔からそういう奴だからな。今更言っても改善されないだろうし、出してないなら出してないで選択肢が減るだけだ。

 

「はぁ……。じゃあ次、王子」


 王子はちゃんと提出してるな。普段はあんなんでも、仕事はちゃんとこなす奴だ。さて、どんなもんかな……。ペラペラとページを捲って内容を確認していく。

 ふむ。企画書の内容に関しては問題なし。で、次は人員配置か。えーっと……企画責任者・多田、施設並びに交通機関の手配・多田、広報・多田、資金管理・多田――


「――おい、王子。こりゃどういうことだ」

「いや、途中から面倒臭くなっちゃって。取り敢えず多田入れときゃ何とかなるかなーって」

「分身スキル持ちじゃねぇんだよ。いい加減にしろ。……で、次はジュリアだな」

 

 こいつに何かを期待したのが馬鹿だった……。俺は後悔しながら、ジュリアの企画書に目を通す。だが、レイアウトから文章構成、経費の額まで何もかもがおかしい。そもそもジュリアは、企画書とかの書類作成とか事務系の仕事は壊滅的だったな……。企画としては良いけど、修正してる時間が無い。俺が遠い目をしていると、ジュリアは申し訳なさそうな表情を浮かべた。

 

「案は良いから、そろそろ書類のレイアウト覚えてくれ」

「すいません……」

「で、最後のは俺か」

 

 各自、資料に目を通していく。少なくとも、他の2人よりかはマシなはずだ……。そう思いながら読み終わるのを待つこと5分。読み終えた夜宵が顔を上げた。

 

「うん。もうこれで良いだろ」

「そうですね。体裁も私と違って、整ってますし、内容も申し分なし」

「はい、決定ー。はい解散ー」

 

 薄々予想はしていたけど、結局はこうなるのかよ……。

 

 俺の企画書が選ばれたところで会議は終了。嬉しいような嬉しくないような……。そんな思いを抱えながら、デスクに戻り本日の業務を遂行する。

 

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