第2章 宇宙人と観文省

観文省編

第15話 武器を扱うときは周りをよく見るべし

「眠い……」

 

 俺は欠伸を噛み殺しながら、職場である観文省のビルへ入り、受付の人に社員証を見せる。が、裏側になっていたようで、慌てて表向きにする。駄目だ……今日はいつにも増してボヤけてるな……。

 流石に朝から6階まで階段で上がるのはキツいし、エレベーターで行こう。

 社員証を鞄の中にしまって、エレベーターで6階へ向かう。今日は朝から会議。正直、面倒臭いから参加したくないけど、出席しなければ上司の室長に怒られる。

 エレベーターから降りて、オフィスまでの道を歩く。渡り廊下を左に曲がったところで、自分の部署である総務課特別支援室(SS)の扉が見えた。


「おはようございま――うぉっ!?」

 

 扉を開けた瞬間、正面から手のひらサイズの鉄球が飛んできた。油断していた俺はもろに直撃を受け、バタンと後ろに倒れる。

 

「お、引っかかった」

「あれ? いつもは引っかからないのに……。ひょっとして疲れてる?」

「あー、そうだよ。主にお前ら2人のせいでな」

 

 呆れた目で前を見ると、夜宵と同僚の王子淳也おうじじゅんやが立っていた。夜宵は去ることながら、ライトブラウンのマッシュヘアに茶色の瞳をした美形の王子もなかなかに性根が腐っている。王子は俺の同期で、根っからの天才にして自他ともに認めるイケメン。だが、その腹にはとてつもなく黒いものを抱えている。

 そう所謂、腹黒だ。上司や俺以外の同僚、部下には普通に接しているが、俺にだけ当たりが強いし、勝手にライバル視されているし、さっきみたいな感じにさまざまな手段を用いて日々俺のことを物理的に潰しにかかっている。多分そうなった原因は、大方過去の大神学園の系列校の交流戦で2年連続、俺に敗北したからだろう。

 完璧主義で天才でプライドの高い王子にはその敗北が相当堪えたようで、今でもその余波を何故か勝ったこっちが喰らう羽目になっている。

 額を抑えながら立ち上がり、自分のデスクへ向かう。


「やべ……」

 

 必要なものを取り出すために鞄の中を漁ると、いつも入れている弁当がない。

 家出た時からなんかやけに鞄が軽いなと思ってはいたけど、入れ忘れてるとは……。今日月末だからお金あんまり無いしな……。背に腹はかえられん。コンビニで済ませるか。

 自分の失態に嫌気をさしながら始業準備をする。

 ちょうど終わったところで9時になり、時計からオルゴールの音色が聞こえてきた。

 周りを見てみたら、まだ1人来ていないことに気づく。

 

「あれ? ジュリアは?」

「遅刻か?」

「いつもは誰よりも早いから多分そうじゃないか?」


 それぞれの席に座りながら話していたら、ちょうどオフィスの扉が開いてジュリアが入ってきた。彼女は申し訳なさそうな表情を浮かべ、軽く頭を下げた。

 

「すいません。夜遅くまでアニメ見てたら、寝坊してしまって……。後、うーさんがいらっしゃってます」

 

 ジュリアはチラッと後ろを見やった。すると、そこからちゅうじんが私服の出てきた。俺は唖然としながら、席を立ってちゅうじんの方へ歩み寄る。

 

「ど、どうも」

「な、何でいるんだよ……」

「お前が弁当忘れたからだろーがっ!」

 

 と、ちゅうじんが弁当の包みをこっちに思いっきり投げてきた。俺は慌ててキャッチし、ひとまずちゅうじんにお礼を言う。と、傍にいたジュリアがニマニマと微笑みながら、こっちを見ていた。

 

「いやぁ、タロさんも案外抜けてるところあるんですね~」

「うっ……。お前はさっさと鞄直してこい」

 

 ジュリアは「はーい」と返事をしつつ、自分のデスクへ鞄を下ろす。その間にもデスクの奥でスマホを弄っていた夜宵がちゅうじんのところに寄って、久しぶりの再会ということもあってか話に花を咲かせていた。


 にしても、朝から面倒なことになったな……。まぁ弁当を届けてくれたことには感謝してるが。

 

 と、後ろの席に座っていた王子が嘲笑うような表情でこっちを見てきた。

 

「弁当忘れるとかだっさ」

「煩ェ」

「で、そっちの宇宙人って、もしかして葵祭の時に天皇陛下の窮地を救ったとされてるうーさん?」


 王子が物珍しそうな表情で席を立ち、ちゅうじんへ近づく。

 

「あぁ、そうだ」

「う・ちゅうじんだ。よろしくな!」

「俺は王子淳也。よろしくうーさん」


 2人は握手を交わす。俺からしたらヤバい2人が組んだみたいに見えて仕方ないんだよな……。この先、何も起こらないことを祈ろう。

 そう思いつつ、弁当を鞄に入れにデスクへ踵を返す。


「隙あり!」

 

 王子の声が聞こえ、ふっと振り返ってみれば、後方から数本の苦無が飛んできた。俺は身体を横にずらしたり、しゃがんで何とか回避。俺の横を通りぬけた苦無が壁に突き刺さっていた。

 

「あっぶねぇだろうが!」

「油断してるのが悪いんだよ!」

 

 壁に立てかけてあった自分の刀で苦無を弾き返していたら、横の方からブスッ! という音が鳴った。

 俺と王子は恐る恐るそっちの方を見てみる。すると、俺たちの上司である室長の頭に苦無が突き刺さっていた。室長の頭からは見事に血が噴き出している。

 次の瞬間、オフィス内に沈黙が降りた。

 

「す、すいませんでしたぁぁあ……‼」

 

 俺と王子はやってしまったとばかりにスライディング土下座で、室長の元へ滑り込み謝り倒す。やっべぇ。こんなの絶対怒られるよ。頭から血噴き出しちゃってるよ。下手したら懲戒処分だよ……!

 

 と、王子が冷や汗をダラダラ垂らしながら、俺に念話を飛ばしてきた。

 

『ど、どどどうすんだよ多田……!』

『知るかそんなもん。てか、元はと言えばお前がちょっかいかけてくんのが悪いだろ!』

『はぁ⁉ 避けるそっちが悪いんだろうが』

『避けなきゃこっちがあぁなってんだよ! 責任取れやこの腹黒王子!』

 

 念話で責任のなすりつけ合いという名の言い争いを繰り広げていると、青ざめて血の気の通っていない室長が両手を後ろで組みながら、高笑いをした。

 

「いやはや、仲が良くて結構結構。全員揃ったことだから会議始めるとするか」

 

 いや、その状態で始めるんかいぃぃ! 頼むから医務室行ってくれよ……! 血噴き出しちゃってるから、このままじゃ死んじゃうから!

 

『えぇい! こうなったらじゃんけんでどっちが連れていくか決めるぞ』

『よし、乗った』


 出血でみるみるうちに室長の表情が青ざめる中、俺たちはじゃんけんを繰り広げる。10回ほどあいこが出たところで、王子が敗北。勝ち誇った笑みを浮かべる俺に舌打ちしながら、王子は室長と共にオフィスから出て行った。

 

 30分後、医務室で怪我を治してもらった室長が戻ってきたところで会議がスタート。せっかくだから、見学の一環としてちゅうじんにも参加してもらおうと室長が言い出したので、急遽ちゅうじんの席も用意することに。ちゅうじんの事に関しては、葵祭の一件以降、特別支援室全員が認知している。ちゅうじんが席に着いたところで、室長が喋り出した。


「俺は特別支援室室長の和住柳二わずみりゅうじだ。よろしくな、うーさん」

「よろしくだぞ」

「じゃあ会議に入る前に軽く我が部署の説明をしよう」

「助かるぞ。なんせ調べても出てなかったからな」

「だろうな」

 

 ちゅうじんはみんなに向かってスマホの観文省ホームページを見せる。そのことに室長は眉を下げながら同意し、言葉を続ける。

 

「うちの部署は総務課特別支援室。通称・SSと言ってな。この部署の役目は観文省のサポートだから明確に業務内容が決まっているわけでもない。だから記載する必要がないんだ。主な業務内容は各部署のお手伝いだったり、観文省宛てに持ち込まれた依頼の解決、警察組織である日輪と合同で博物館や美術館の警護をしたりと多岐にわたる」

 

 話を聞いていたちゅうじんは少し考えてから言葉を紡ぐ。

 

「つまり何でも屋みたいなもんか?」

「あぁ、その理解で合ってるぞ。けど、SSも現状人手が足りなくてな。そこで長年、宇宙を渡り歩いてきた経験豊富なうーさんにも手伝ってもらおうということになったんだ。というわけで、はいこれ」

 

 室長はちゅうじんに社員証と身分証明書を手渡した。隣から内容を覗き見る。きちんとちゅうじんの名前や住所が書かれている一方で、多少偽装されているところもある。発行日は1週間前。それを見るにどうやら葵祭でちゅうじんの名前が出た時から作成が始まっていたのだろう。と、室長が補足説明を始める。


「観文省に入るには身分証明書が必要だからな。ついでに戸籍も作っといたから、何かあっても心配ないだろう」

「ありがとうな!」

「あぁ。で、ここからはお前たちに紹介したいやつがいてな。入ってきて良いぞー」

 

 室長がオフィスの入口に向かってそう大きめの声を出す。と、見覚えの有り過ぎる顔が入ってきた。

 

「久しぶりやな。葵祭以来か」

「なっ……ちゅうじんの次はお前かよ……」


 俺が頭を抱えれば、スーツ姿に青髪ポニーテールの男――大東海希だいとうみきはニヤリと笑った。

 

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