第14話 牛の手綱はちゃんと握れ

 ちゅうじんによれば、悲鳴の聞こえた場所は葵祭の行列らしい。どんだけ耳良いんだよと思いながら、後を追いかけること数十秒。先を走っていたちゅうじんが急に止まった。周囲では逃げ惑う平安装束の人たちを警備員が落ち着かせている。どうやら、ここで間違いないようだ。近づいてみると、なんと牛車の牛が周囲の人に突っかかろうとしていた。それを牛の手綱を引いて誘導する車役くるまやくの人が数人がかりで必死に止めようとしている。

 

「おぉ~! 牛なんて初めて見るぞ!」

「って、興奮してる場合か!」

 

 初めて見る牛に心躍らせているちゅうじんに俺は思わずツッコむ。気持ちは分かるけど、今はそれどころじゃないだろうが。

 

「瘴気でも吸いすぎたんか?」

「なら、早く浄化するしか無いだろ」

「すいませーん。そこ通して貰えませんか――」

 

 海希と夜宵が話す中、2人の会話を聞いていたジュリアが人混みを掻き分けて前に出ようとする。と、牛が車役の人たちの制御を振り払い、ちゅうじんに向かって突進してきた。俺は咄嗟にちゅうじんに声を掛ける。

 

「ちゅうじん!」

「任せろ!」

 

 ちゅうじんは牛を捕まえようと構えるが、真正面から物凄い勢いで突進され、そのまま背中から地面に倒れる。牛はそのままちゅうじんを踏み台にし、御所の瓦塀に沿って走り出した。起き上がったちゅうじんの顔には牛の足跡がくっきりとついている。

 

「こいつめちゃくちゃ凶暴だぞ……!」

「アホか! 何やってんだよ!」

「思ったより迫力があったもんだからつい……」

 

 ちゅうじんに向かってそう口にすると同時に、俺は瓦塀に飛び乗り、伝って追いかける。後ろから海希、夜宵、ジュリア、ちゅうじんと続く中、俺は霊眼を発動して牛を捉えた。

 

「って、あの牛、祟魔に取り憑かれてるじゃねぇか!」

「おい、車役の奴に至っては引き摺られてるぞ!」

 

 確かに夜宵の言う通り、車役の手首に手綱が絡まって、爆走する牛に引き摺られている。牛よりも何よりもまずは車役の安全を確保しなければ。俺は牛を追走しつつ、祓力を使ってジュリアへ念話を飛ばす。

 

『ジュリア、俺が手綱を両断するから、車役を頼む』

『了解です!』

 

 牛が爆走しているため、人々が左右に寄り始める。俺は瓦塀から飛び降りると同時に抜刀。牛と車役を繋いでいる手綱を斬り落とす。直後、車役の人が地面へ転がりそうになったところをジュリアが駆け付けてキャッチ。無事に救助し終えたところで、再び牛を追いかける。

 と、瓦塀の上を駆けていた海希から念話が飛んできた。

 

『なぁ、多田。この方角、もしかせんでも……』

『間違いない。天皇陛下の方に向かってやがる……!』

 

 そう言っている間にも、牛は予想通り曲がり角を左折。観覧席の方へ突っ走っていく。一方、瓦塀を走っていた海希は念話を警備員各位に繋げて、こう言った。

 

『総員に通達! 牛車の牛が祟魔に取り憑かれて、そっちへ向かっとる! 両陛下を最優先に守れ!』

 

 海希は指示を出し終えると、今度は俺たちの方に向けて念話を飛ばす。

 

『ってなわけやから、牛の方は任せたで。自分は犯人と思わしき人影見つけたさかいそっちを追うわ』

『了解だ』

 

 海希が追走から離脱。と同時に、日輪の警備員たちが牛に憑りついた祟魔を祓うため、正面から斬りかかってくる。だが、牛の突進力により、瘴気を含んだ風圧が発生。立ち向かうも押されて吹き飛ばされてしまった。と、天皇へ迫り来る牛に対して、日輪の警備員が咄嗟に結界を貼る。

 

「何!?」

 

 が、破られてしまう。急なことで強度がなっていなかったのだろう。まずい、このままじゃ衝突する……! そのまま牛は天皇陛下に突進。するかに思えたが、牛の目の前を黄色いビームが通過。突然の出来事で牛が怯んだ隙に、刀を持った俺と大鎌を持った夜宵が跳躍。背後から祓力を纏わせた刀と大鎌を祟魔の核となる祟核すいかく目掛けて振り下ろす。すると、憑りついていた祟魔は消滅。辺りに舞っていた瘴気が晴れ、牛は天皇陛下に直撃するギリギリのところで停止した。

 

「おっし。ギリギリセーフ」

 

 夜宵は満足そうな表情を浮かべると祓力で練られた大鎌を消滅させる。

 

「危なかった……」

 

 これで首が跳ぶなんて危うい事態を防ぐことができた。俺も刀を鞘へ仕舞い、天皇陛下の方を見る。と、天皇陛下は驚いた様子でちゅうじんの方を向いていた。

 

 おい、待て。まさかとは思うが、さっきのビームでバレたんじゃ……。

 

 『思わずやっちゃったぞ……。ど、どうしよう……!』

 

 ちゅうじんが焦ったように念話で助けを求めてくるが、もう遅い。俺もちゅうじんも額が冷や汗でびっしょりになる中、天皇様はふっとにこやかな表情でこう言った。


「稀人様、助けていただきありがとうございました」

「ど、どういたしましてだぞ……」

 

 普段のちゅうじんからは想像できないほど、緊張した声で返事をした。固まっていた俺はちゅうじんを回収すべく、近寄ると同時に頭を下げる。

 

「うちのが失礼致しました。……ほら、行くぞ」

「失礼するます!」

「お前、噛み噛みじゃねぇか」

「だ、だって。今、ボクのこと稀人って……」

「あー、そうだな。話は後でゆっくり聞いてやるから、海希と合流するぞ」


 途中で海希は犯人を追うと言ったっきりだ。だが、あいつのことだからそう心配しなくても大丈夫だろう。それにしても、稀人ってことは視えてるよな。確実に視えてるよな……。

 チラッと天皇陛下の方を伺う。と、駆け付けた日輪の職員と話していた。ここから様子を見る限り、ちゅうじんのことを言いふらしているようには見えない。今やちゅうじんは天皇陛下にとっては命の恩人だからな。こっちから何か問題を起こさない限り、捕まったり、処罰の対象となることは無いだろう。ふと視線を前に戻したら、海希を発見。ちょうど、海希が鬼面を着けた若い男の首元に刀を突きつけているところだった。


「逃げよう思てるとこ悪いけど、そうはさせへんで」

「ひっ……!」

 

 ドスの効いた声で話す海希に対し、怖気づいた男はそのまま両手を上げて、その場にしゃがみ込む。


「おー、やってるやってる」

「そっちも終わったようやな」

「まぁな。陛下に正体バレちまったけど」

「嘘やろ……。俺の首が跳んでまう。あかん、どないしよ……」

 

 俺がさっきのことを話すと、海希は途端に慌てだした。そこで、言葉を付け足す。

 

「そこに関しては大丈夫だろ。あの様子だと誰にも言うつもりは無さそうだ」


 俺は天皇陛下の方へ顔を向ける。すると、さっきの緊迫した状況が嘘のように、和やかに皇后陛下と談笑している姿が目に入る。それを目にした海希はホッと息を吐き、男の方へ顔を向ける。男のつけている鬼面からは祟痕すいこんと呼ばれる祟魔から放たれる痕跡が視え、手には呪文か何かが書かれた1枚の札が握られていた。祟痕には全く同じものはなく、祟魔によって放つ色が異なる。目の前の鬼面は紫の靄を纏っていた。けど、男からは一切祟魔の気配を感じない。そのことを伝えると、海希はじっと男のつけている鬼面を見つめた。

 

「確かにそうやな。まぁ、どっちみち事情は聞かなあかんからな。ちょっと移動しよか、お兄さん」


 海希がそう言うと、男は日輪の職員たちに連れられて行くのだった。

 

 ◆◇◆◇

 

 その後、騒然とした事態になった葵祭は中止になるかと思いきや、牛車を引く牛を取り換えることにより、30分遅れで続行することになった。その間に日輪の方では事情聴取が行われ、海希からその結果が報告された。

 

 供述によると、男は元来視える性質だそうで、大学入学と同時に1人暮らしを始めたばかりでお金が無かったらしい。その時、SNSで気軽にできる単発の高額バイトを見つけて応募。見事当選した男は、バイト当日の深夜に指定された場所へ行った。

 すると、腰までの長髪を緩く括り、鬼面を付けた着物の人物から、1枚の鬼面と数枚のお札を渡されたらしい。暗がりだったため、その人物の性別までは分からなかったよう。

 男によれば、鬼面とお札を渡された際、鬼面の人物からこう言われたそうだ。

 

「その鬼面を着けて、御所の石碑にお札を貼って『解』と、誰にも見つからないようにその場を去ってください。見事成功したら、報酬の金を差し上げましょう」と。

 

 聞いた当初はあまりにも簡単な内容だったため、本当にそれだけで良いのかと思い、訊き返そうとしたらしい。だが、気づいたら鬼面の人物は姿を消していたとのこと。まさか捕まるとは思ってもいなかったようだ。海希を含めた日輪は今後、その鬼面の人物を追うらしい。何はともあれ一件落着。細かいことは専門の人たちに任せて、俺とちゅうじんは葵祭を楽しむことに。と、ここで目の前を斎王代の行列が通った。

 

「おぉ~! 凄いんだぞ!」

 

 ふと横を見てみたら、またしてもちゅうじんはドデカい双眼鏡を構えている。俺は溜息を吐きながら、再度ちゅうじんに向かって注意する。

 

「マジでその双眼鏡邪魔だからちっさくしやがれ」

「小さくしたら精度が下がるから無理だな。情報収集は偵察隊長の義務。これだけは絶対譲れないんだぞ」

「周りの迷惑ってもんを少しは考えろ!」

 

 だが、ちゅうじんへのツッコミは葵祭を観覧に来ている人たちの歓声やシャッター音でかき消されるのだった。




☆あとがき

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