第17話 本番直前の空気は緩みがち

 ついに審議官への企画書提出日。選定会議の後、室長からもOKを貰うことができた。そして、俺の作成した書類はとある細工を施すため、一時的に技術開発課に預けてある。のだが、打ち合わせまでもう1時間もないというのにまだ書類はやってこない。

 

 本当に大丈夫なんだろうな……。任せとけって張り切ってはいたけど……。


 隙間時間に他の業務を片づけつつ、隣でガヤガヤと騒いでいる奴らの方を見る。と、スーツ姿のちゅうじんがジュリアや夜宵、王子に囲まれていた。

 

「かっこいいですねうーさん!」

「そ、そうか? でも、なんかかっちりしすぎて動きにくいぞ……」

「そんなのは慣れだ慣れ。私だって最初は動きにくくてしゃーなかったよ」

 

 夜宵の発言に、ちゅうじんはそういうもんなのか……? と腑に落ちないといったように溢した。しかし、普段の様子を見てるこっちからしたら、何か違和感が半端ないというか何というか……。性格から普段の言動から何からして――

 

「――絶望的に似合わねぇな」

「何か言ったか? あ?」

 

 ボソッと呟いた瞬間、光線銃が突きつけられる。おっとついやってしまった。ここは言葉を訂正しないとビームが飛んでくる。

 

「い、いえ何でもありませ――」

 

 俺が弁解するように咄嗟に訂正しようとしたら、オフィスの扉がバンッ! と大きな音を立てて開いた。


「お待たせしました……! すいません遅くなっちゃって……」

 

 前髪を上げて1つに纏めたオレンジショートの男は、慌てた様子でオフィス内に入ってきた。彼は確か技術開発課の堀部優希ほりべゆうき。走って来たのか優希はズレていた眼鏡を直すと、俺に近づいてくる。俺は席を立って優希の方を見た。

 

「いや、大丈夫だ。まだ打ち合わせまで時間はあるからな」

「ホントすいません……。えっと、こちらご注文の品になるっす」

 

 優希が1枚の茶封筒を渡してきた。糊付けのされていない茶封筒を受け取って中身を取り出す。見たところ俺の書類で間違いないようだ。けど、渡す前と変わったところは見受けられない。

 優希は人差し指をピンと立てたかと思えば、書類に視線を移した。

 

「念の為説明しておくと、この書類は祟痕が触れてから10分経つと、書類全体が赤く染まる使用になってるっす。そうなったら触れたその人は祟魔か、それに類する人。霊眼を使用しなきゃ視えないようになってるので注意してくださいっす」

「なるほど……」

 

 ってことは、この書類を審議官に渡すだけで、祟魔か否かが分かるという訳だ。

 俺はただ、怪しまれず祟魔かどうか確認できるようにこの書類に細工をしてくれと頼んだだけなのに、その曖昧な指示だけでここまでやってくれるとは。技術開発課ってのは凄いな。

 

「わざわざすまんな」

「いえいえ。何に使うかは分かりませんが、お役に立てたようで何よりです。後、うーさんにはこれを」

「ん? 何だこれ?」

 

 優希から一丁の銃を受け取るちゅうじん。渡されたそれを見てちゅうじんが頭を捻る中、優希が説明し出す。

 

「うーさんがSSに臨時所属するにあたって、祟魔を祓える武器は必要だろうとそこの室長さんから依頼を受けまして作らせてもらいました。一見普通の銃に見えますけど、祓力を纏ったビームを発射できるようになっているので、祓力を持たないうーさんでも祟魔を祓うことが可能っす」

「ほぇ~、それは有難いな」

 

 ちゅうじんは手に持った銃を見ながら感心する。うちの部署は全員が代報者で、SSの役割上、さまざまなところへ赴いて依頼を解決しなければならない。事務的なものもあれば、警護だの祟魔を祓えだの色々あるので、いつでも対応できるよう最低限祟魔を祓う手段は持っておいた方が良いだろう。

 

「それじゃあ、渡すものも渡したので僕はこの辺で失礼するっすよ。お邪魔しました~」

 

 優希は陽気にニコッと笑い、颯爽とオフィスから出て行った。みんながちゅうじんの新しい武器に興味を示す中、俺は事前の打ち合わせ通り書類に祓力を流し込む。これで、書類の所有者がどこにいるのか判別できるようになった。と、後ろの方で他の面々と一連の流れを見ていた室長が俺の肩をポスッと叩いてくる。


「行くとするか」

「で、ですね……」

 

 これから審議官に企画書を提出しに行くってのに、何だか拍子抜けしちまったな……。

 後のことを夜宵たちに任せ、俺と室長はオフィスを出て打ち合わせ場所となる会議室へ向かった。

 


 ◇◆◇◆

 

 会議室に行くと、1人の男が立っていた。年齢は40代後半。180cmはありそうな長身でガタイが良く、真面目そうな人だ。俺と室長、審議官は互いに挨拶を終え、椅子に腰を下ろす。扉から近い椅子へ室長と俺。奥の椅子に審議官が座っている状態だ。

 

「では、企画書の方を見せていただけますか?」

「はい」

 

 さっそく審議官へ書類を手渡す。書類を受け取った審議官は何の疑念も抱くことなく、表紙を捲って中を読み始めた。

 優希の話では10分経ったら書類が赤く染まるらしい。俺と室長は審議官が読み終えるのを待つ。7分が経過したところで審議官が顔を上げ、質疑応答が始まる。俺は審議官の質問に答えていきながら、不審に思われない程度に書類を視る。と、書類が赤く染まり始めた。


『し、室長……』

『これで、彼が人間の皮を被った祟魔だと判明したな』


 5分もしないうちに書類が真っ赤に染まった。俺はなんとか平常心を保ちながら審議官からの質問に一通り答えていく。審議官は質問を終え、再度書類に目を通す。後はこれで合格を貰えるかどうかだが……。

 

「では、今回はこれで行きましょうか」

「ありがとうございます」

「それでは私は次の仕事があるので、失礼します」


 審議官は席を立つと、そのまま書類を持って会議室を出て行った。完全に扉が閉まるのを確認し、審議官がオフィス内から遠ざかっていく気配を察知。俺と室長は互いに目を合わせると、一気に脱力した。


「はぁ、終わった……」

「ひとまずはな。まだ捕縛が残ってるから気は抜くなよ」

「分かってます」


 打ち合わせの後は、当日の人員配置を決めなければいけないし、その他にもやることは山ほどある。俺と室長は会議室の電気を消して、SSのオフィスへと戻るのだった。



 ◇◆◇◆


 長官戦略会議当日。俺たちは作戦通り、審議官を9階の会議室で待ち構えるため、朝早くからスタンバっていた。会議開始は10時。もう後10分もないうちに審議官がやってくる手筈だ。

 と、セキュリティルームにいる室長からSSの面々に向けて念話が飛んでくる。

『後、10分で長官戦略会議が始まる。全員配置についたな?』

『外のスタンバイオッケーだ。いつでも動けるぜ』

 

 夜宵は念話で返答する。夜宵とジュリアの獲物は大鎌と矛のため、室内でやり合うのは不利。というわけで、審議官が逃げ出したりしたときのために、追撃できるように待機してもらっている。

 一方、俺とちゅうじん、王子に海希の4名は会議室にて待機。審議官と直接渡り合うのはこの面子というわけだ。俺は配置準備完了の知らせをするべく念話を発動させる。

 

『こっちも大丈――』

「――おい、何やってんだそこ」

 

 後ろを振り向くと、長官級の皆様が座る社長椅子に腰かけている王子とちゅうじんがいた。


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