第12話 出会いは突然やってくる

 大家さんに京都御所の近くまで送ってもらった後、御所の入口である門を潜り、事前に指定された観覧席へと向かう。その道中、外国人を始めとした観光客や職員らが行き来していた。

 

「人間が山ほどいるぞ」

「ふわぁぁ……。あー、そうだな」

 

 連日の業務のせいで眠気が襲ってくる中、俺は周囲を見回す。

 

 今年の葵祭は雨で今日に延期。そして、延期された今日が休日ってのもあって、余計に人が多いのだろう。

 

 結構、朝早いってのによく来るよな……。あれ? 警備の数が去年より異常に増えてる……。

 

 警備を担当しているのは、祟魔や能力者の取締から博物館や美術館、祭事の警備まで何でもこなす、神社省・観文省・宮内庁専属の警察組織・日輪の皆さんだ。

 日輪は皇室のお偉いさんを警護する皇宮警護部、博物館や美術館、祭事などの警備関係が主要業務の警備部、そして、悪さをする祟魔や能力者の取り締まる祟魔・人事取締部の3つで主に構成されている。

 仕事の都合で葵祭には毎年訪れているのだが、観覧席へ続く道はやけに警備の数が多い。何かあったのだろうかと様子を見ていたら、ちゅうじんが肩を叩いてきた。

 

「なぁなぁ、やけに人が集まってるけど何やってんだ?」


 ちゅうじんの指さす方向に目を向ける。すると、人だかりの隙間から中心にいる人物がチラッと見えた。

 

「げっ、マジかよ……」


 おいおい、天皇陛下じゃねぇか。だから観光客や警備の数が多かったのか……。そりゃあ、国の代表が来るんだから、みんな来るよな。って、そうじゃない。もし、ちゅうじんが問題でも起こしたら、マズいことになる。

 ただでさえ、正体が宇宙人だってのに、それに加えて何かやらかしたら間違いなく捕まる。そうなったら、俺にも面倒事が降りかかる羽目になるので、それだけはごめんだ。

 

「急に黙り込んでどうした?」

「あー、いや。あの人だかりはこの国の偉い人――皇室の人が葵祭を見に来てるからだよ」

「皇室ってことは王様か何かか?」

「ま、そんなもんだ」

 

 俺がそう答えると、ちゅうじんは目を輝かせる。


 こっちはいつ、ちゅうじんが問題を起こすか分からないから、そわそわしっぱなしだってのに……。

 

 人混みの中を掻き分け、観覧席に到着。自分たちの座席を探すべく、チケット番号片手にうろうろする。と、座席を発見。数分歩き回り、やっと見つけたところで腰を下ろそうとしたら、周囲にいたお客さんがざわざわし始めた。

 

「おいおい、嘘だろ……」

 

 いや、まさかの天皇の近くかよ! ヤバイヤバイどうしよ。もう絶対こいつがやらかす未来しか見えない。とにかく、ちゅうじんから絶対に目を離さないようにしなければ……。


「おい、さっきからどうしたんだよ?」

「い、いや……何でもない。とにかく人が多いんだから大人しくしとけよ」

「はーい」


 俺とちゅうじんは座席に置かれたパンフレットを拾って席に着く。俺たちの座席は前から5列目。この分だと、あんまり見えないかもしれない。そう前を見ていたら、ちゅうじんが何処からかこれでもかとデカい双眼鏡を出してきた。その大きさは通常の双眼鏡の5倍はあるだろう。

 

「って、言った矢先から何やってんだ!」

「え? いや、ここからだと細かいところまで見えないからな。ルプネス製の双眼鏡だぞ」

「そんなクソでかい双眼鏡があってたまるか! 頼むから仕舞え。邪魔だから天皇陛下の迷惑になるから」

「えー、でもこれがなかったら細部まで見られないんだぞ」

「良いから仕舞え!」

 

 ほら、こっちめっちゃ見てるよ……! 天皇陛下が爛々とした目でこっち見てるよ。でもって皇室警護部のエリートさんたちが険しい顔してこっち睨んでるし! てか、両陛下は何でそんなに興味津々なわけ!? いや、気持ちは分かるけどさ。確かに馬鹿デカい双眼鏡なんか見ちゃったら興味湧くけどさ。

 何とかして、ちゅうじんに止めるよう説得を促す。と、ちゅうじんは、気に食わない表情で双眼鏡のボタンを押したらサイズが縮んでいった。

 すると、後ろの方から俺たちに向かって声が掛かった。


「あ、タロさんじゃないですか」

「なんだ来てたのか」

「げっ……お前ら……」

 

 振り向いてみたら、そこには赤髪ロングの緑眼の女性と青みががかったボブヘアに蒼眼の女性がいた。どちらもスーツを身に纏っている。そう、この2人は俺の職場の同僚の谷山ジュリアと伏瀬夜宵だ。そういえば、ツアーの企画者はこの2人だったな……。なんて最悪なタイミングなんだ。俺は思わず顔を歪ませて2人の方を見る。

 

「何だ嫌そうな顔して。こちとらお前と違って仕事中なんだぞ」

「いや、すまん……」

 

 夜宵が不機嫌そうに上から睨んでくる。彼女とは大神学園からの腐れ縁。ことある事に面倒事を押し付けてくる厄介なやつだ。

 なんで休みの日まで会わなきゃいけないんだよ……。やっぱり意地でも断っとくべきだった。

 そう後悔していたら、夜宵の隣にいたジュリアがふと首を傾げて俺に問うた。

 

「でも、有料観覧チケットの名簿にタロさんの名前なんて無かったですよね?」

「代理で来てるんだよ。高瀬って人のな。うちのアパートの大家さんだ」

「なるほど……。って、その人、外事課相談室の室長じゃないですか」

「……マジかよ」


 外事課に勤めてるのは座談会のときに知ったが、そこの課長だったとは……。あの人、お偉いさんの割には暇してるというかいつも何かしらのイベント企画してるけど、ちゃんと仕事してるのか……。

 

 と、夜宵が隣のちゅうじんを見てこう言った。


「んな事より、さっきから隣にいるそいつは? 宇宙人みたいな格好してるけど」

「あんまり大きい声では言えんが、正真正銘の宇宙人だよ」

「惑星ルプネスからやってきた、う・ちゅうじんだ。皆からはうーさんとかちゅうじんって呼ばれてるぞ。よろしくな!」

 

 ちゅうじんが元気よく話すと、夜宵とジュリアは霊眼を起動させちゅうじんの方を視る。と、2人とも目を見開いた。

 

「ガチじゃねぇか。よろしくなうーさん。私はこいつの職場の先輩の伏瀬夜宵ふせやよいだ」

「タロさんの同僚の谷山たにやまジュリアです。アタシ、宇宙人にUFO、SFものがとにかく好きでして。良かったらお話聞かせてもらえませんか⁉」

「お、おう。良いぞ」

 

 おっと、ジュリアのオタクが発動してしまったらしい。ちゅうじんの表情が彼女の圧によって若干引き攣っている。ジュリアはドイツ人と日本人のハーフ。幼いころから中学まではドイツで過ごし、高校から大神系列の養成機関に入学。

 日本の文化や歴史、アニメが大好きで、暇あらば俺たちに布教してくる。その熱量は凄まじく、一度話し出したら小1時間は喋り続けてしまうほどだ。

 それに巻き込まれたちゅうじんを哀れな目で眺めていたら、遠くの方から足音が聞こえてきた。何だと思い、そっちの方を見てみると、前の方から見覚えのある顔がやってきた。青髪ポニテールにスーツを纏った男は俺たちの前まで行くと口を開く。

 

「あ、おったおった。待っとったで」

「……何でお前がここにいるんだよ」

 

 俺はジト目でそいつ――大東海希だいとうみきの方を見る。こいつとは小学生からの腐れ縁で、俺や夜宵と同じく大神学園出身。今は日輪の祟魔・人事取締部に所属している。

 海希はムッとした表情で、喋り出す。

 

「そら警備に駆り出されとるからな。一応、政府公認の警察やし。で、隣の宇宙人みたいな成りのやつは?」

 

 海希がちゅうじんの方に目配せすると、ちゅうじんはなんの警戒心も持たずに喋り出した。


「う・ちゅうじんだぞ。その名の通り宇宙人だ」

「ほぉ……祟魔は見たことあるけど、宇宙人見るんは初めてやな。俺は大東海希だいとうみき。こいつとは小学校からの腐れ縁でな。よろしゅう」

「よろしくな」

 

 ちゅうじんが喋り終わったタイミングで、俺は海希の方に視線を向けて、話を切り出す。

 

「それで、どうした? 警備の配置につかなくていいのかよ?」

「あー……実はちょっと問題が発生しとってな。人手が必要なんよ。やから、ほれ」

 

 海希は眉を下げてそう言うと、こっちに向かって手に持っていた刀を投げた。俺は投げられたそれを反射的に受け取る。手元を見ると自分の刀だと気づく。それに夜宵とジュリアが来たということはだ。おいおい、まさか……。

 

「あんたら2人にも手伝ってもらうで」

 

 海希は俺とちゅうじんを見ながら、ニヤリと笑みを浮かべる。そう、気付かぬうちに逃げられないよう包囲されていたのだ。

 葵祭開始まで後、40分。

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