葵祭編
第11話 厄介な人ほど突然やってくる
朝8時。いつもの如く、ソファに寝っ転がりながらテレビを見ていたちゅうじんを他所目に、俺はリビングの椅子に座りながらキーボードで文字を打ち込んでいた。
休日まで、仕事とか怠すぎる。そう思いながらちゅうじんへ視線を向ける。
そんなに暇ならちょっとぐらい家事とか手伝って欲しいんだがな……。どうしていつもこう、ぐうたらしてるんだよ。前にちゅうじんが偵察隊長である自分の任務は情報収集だから、これも任務の一環ってほざいてたけど。それってただ、怠惰に過ごすための言い訳じゃないのか。
テレビから中継リポーターである女性の声が聞こえてきた。どうやら、京都市内にある京都御所へ来ているらしい。
京都御所って言ったら天皇の前の住まいだったな。今日なんかあったっけ。
企画書の作成をしながらテレビの方に耳を傾ける。
『今日は5月15日。こちらの京都御所では今まさに、京都三大祭の1つである葵祭の準備が行われています! 今年も例年通り行われるということなので、たくさんの平安貴族の格好をした人たちが慌ただしくこの御所内を歩いているのが確認できますね。そしてなんと! 今年の葵祭は皇后両陛下もご覧になるということなので、警備体制も万全なようです。これは楽しみですね』
映像には、たくさんの平安貴族の仮装をした人や、装飾で綺麗に着飾られている馬や
もうそんな時期か……。ここ最近時間の進みがやけに早い。まだじじいにはなりたくないんだけどな。
「なあ、葵祭ってなんなんだ?」
「ん? あー、葵祭ってのは簡単に言ったらパレードみたいなもんだな。毎年5月に行われる京都三大祭りの1つで、正式名称は『加茂祭』。斎王代っていう神に仕えていた斎王の代理が神輿に乗って、平安貴族の衣装を纏った人たちと一緒に京都の街を練り歩くんだよ。京都御所をスタートして、下鴨神社っていう神様を祀る場所を経由、ゴールとなる上賀茂神社を目指す感じだ」
「な、なるほどな。とにかくすごいってことは分かったぞ!」
一通りちゅうじんに説明し終えると、再び作業の方に戻る。
そういえば例年、葵祭って観文省も絡んでたよな。まぁ、ちゅうじんが行きたいと言い出さない限り、同じ職場の連中とは遭遇することはないし。何より俺は今仕事中だから仮に行きたいなんて言われても、「仕事があるから今回は無理だ」って言って逃げられる。
「なぁ、多田」
「……何だ」
「葵祭行ってみたいんだ――」
「――駄目だ。今の状況見たら分かるだろ?」
リビングテーブルは山積みになった書類と大量の缶コーヒーでいっぱいになっていた。
流石のちゅうじんも俺が忙しいってことぐらいは分かるはず……。
チラッとちゅうじんの見つつ、どう返してくるか待ってみる。だが、ちゅうじんが口を開く前に家のチャイムが鳴った。
こんな真っ昼間から一体どちら様ですかね。こっちは仕事に追われてるってのに。
席を立ち、リビングから出て玄関の方へ向かう。途中でまたしても呼び鈴が鳴ったので、めんどくさそうに返事をしながら扉を開けた。
「はーい。どちら様って大家さんじゃないですか……」
「やぁ、座談会ぶりだね多田くん!」
「お久しぶりです大家さん。そして嫌な予感しかしないので今すぐ帰ってください……!」
「えー、そんなの嫌に決まってるじゃないか」
俺は大家さんが葵祭のチケットを持っているのを見ると、すぐさま家の扉を閉めにかかった。それを大家さんが自分の足と腕を扉の隙間に挟み込んで制する。扉がギチギチ鳴って今にも壊れそうな勢いだが、ここで止めるわけにはいかない。
こっちはまだ仕事が残ってるんだから、遊びになんざ行けねぇんだよ!
やけに玄関が騒がしく感じたのか、何やってんだこいつらと言いたげな表情を浮かべつつ、ちゅうじんがリビングの扉から顔を覗かせている。
「おーい、うーさん。 葵祭のツアーチケット持ってきたよ~」
「マジか! ナイスタイミングだな!」
「いや~、本来は友人と一緒に行く予定だったんだけど、用事があっていけなくなってね。代わりに2人で行っておいでよ」
大家さんは懐から2枚のチケットを出して、俺たちに渡してきた。それを受け取ってチケットを見てみると、ある違和感を覚える。
「ん? このチケットもしかして……」
「どうかしたのか?」
チケットには『日帰り観光ツアーin葵祭』という文字が大きく書かれており、裏面には参加者氏名と電話番号や住所を書く欄がある。
なんか見覚えがあるんだが、どこだっけな……。えーっと、確か職場で……。
眉間にしわを寄せながら、記憶を辿っていく。チケットには『葵祭観覧者席チケット』という文字が大きく書かれていた。
「あ、思い出した。これ、うちの職場の連中が企画したやつだ」
「そうなの?」
「はい。確か、葵祭のPRが目的で……。ここ近年、来場者が減ってるからどうにかして増やさないといけなかったんですよ」
「なるほどね」
となると、当然、職場の奴らも会場にいるわけだ……。正直、面倒だから行きたくないんだけどな……。だって変に絡まれるの嫌だし。それにあいつら全員、大神系列の出だから視えちゃうし、いくら擬態しようが宇宙人の正体はバレちまう。何より、俺は仕事の途中なんだから行けるわけない。
「なら尚更楽しみだな! だって多田が普段どんなことしてるのか知れるし、地球人がどんな感じに働いてるかとかの情報収集にも役立つし」
「えぇ……マジで行くのかよ……。一応、大家さんたちと同じく視える奴らばっかなんだけどな……」
「別に宇宙人ってバレたところで問題ないだろ」
「大ありだっつーの! 仮にあいつらが口外しなくても、俺が困るんだよ! というか、みんながみんな口外しないわけじゃないからな。世の中には悪いこと考えてる人だって山ほどいるんだ」
「まぁまぁ、せっかくうーさんが行きたいって言ってるんだから、そんな細かいことなんか気にしない! ほら、さっさと行っておいで!」
「チッ。分かりましたよ。行けばいいんでしょ行けば」
ちゅうじんのやつ、キテレツ荘のみんなに正体バレてるからって調子に乗りやがって……。どうなっても知らんからな。んで、会場までは何で行けばいいんだっけか。
チケットを裏返して、行き方を確認する。どうやら、バスか電車で行けば良いらしい。だが、休日ともなると、バスじゃ人が多すぎて厳しいだろう。となると……。
「現地までは僕が車で送ってあげるよ。ちょうどその付近に用事があるし、うーさん目線での地球がどんな感じか聞いてみたいしね」
「それじゃあお願いします」
「よろしくだぞ!」
「はーい。車出してくるからそれまで準備でもして待っといてよ」
大家さんは玄関から出ていくと、車を出しに下の階へ降りていった。俺たちは急いで出かける準備を始める。
葵祭開始まであと1時間半。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます