第10話 火と酒の取り扱いにはご注意を
「それでは、後は蒸したら完了ですね。ラストスパートなんで頑張ってください」
途中、何度もうーさんがやらかしまくったけど、何とかこっちの方で軌道修正して、一通りの下ごしらえが終わった。フライパンに火をつけていく。事前に準備しておいた鮭や野菜の乗ったホイルを各自フライパンに乗せて蒸していく。2人の進捗を確認しつつ、自分の分といざというとき用に予備の分も蒸していっていると、恵美さんが喋り始めた。
「案外、みんなでやるのも楽しいわね。学生のときにやった調理実習を思い出すわ~」
「調理実習ってなんだ?」
「あー、学校の授業の一環であるんですよ。クラスのみんなで班分けして実際に料理を作るっていうのが」
それを聞いたうーさんは、興味深そうに目を輝かせる。と、うーさんのフライパンから火が出ているのが見えた。手には瓶が握られている。
「って、何やってんですか!?」
「え、蒸すんだよな?」
「それ水じゃなくてお酒! 蒸すのは水でやるんですよ!」
一旦コンロの火を止めて、中身を確認する。と、ものの見事に中身が焦げていた。
これじゃあ、食べられそうにないな……。仕方ないから予備の分に差し替えよう。
うーさんのやらかしに頭を抱えていると、今度は背後から笑い声が聞こえてきた。振り返ってみれば、酒瓶を手に酔っぱらっている恵美さんがいる。
「わはは! やっぱ酒は最高~!」
「恵美さんは何、朝っぱらからお酒飲んでんですか!」
多分、うーさんが持っていた酒瓶の残りを飲んだのだろう。完全に酔いが回り始めている。急いで酒瓶を恵美さんから取り上げ、手の届かないところへ移す。
「もう駄目だ……この人たち」
2人の所業に盛大な溜息を吐く。まだうーさんだけ注視しておけば良かったと思っていた私が間違っていたらしい。幸い、恵美さんのホイル焼きは無事だったので良かった。
私は内心安堵しながら、同時並行で進めていたものの様子を見にオーブンの方へ向かう。
「おっ、良い感じ」
「何してるんだ?」
オーブンのガラスドアから中の様子を見ていたら、うーさんが問いかけてくる。
「シフォンケーキですよ。今度、専門学校の方で新作として出すやつなんですけど」
私は喋るのを中断して、オーブンからシフォンケーキを取り出して、台の上に置く。ホール型のそれはふっくら綺麗に焼けており、中にはナッツが散りばめられていた。ケーキを見ていたうーさんと恵美さんが感嘆の声を上げる。
「それじゃあ後はこれを冷やして切り分けたら――恵美さんそろそろ火止めないとうーさんみたいに焦げちゃいますよ」
「げっ、忘れてた……」
私の周りに集まってシフォンケーキを美味しそうだと覗き込んでいた恵美さんは、すぐにコンロの方へ移動して火を止めた。
その様子を見届けつつ、シフォンケーキの入った専用の型ごと冷蔵庫の方に放り込む。そうしているうちに、恵美さんとうーさんは食べる準備が整ったようだ。自分もフライパンの方へ行き、ホイルを取り出してお皿の上に乗せる。
「よし、これで完成ですね。うーさんのはとても食べられるものじゃないので、予備に作っていたものを食べてください」
「わ、分かったぞ」
申し訳なさそうに眉を下げながら、謝ってくる2人。全員が着席したところで、手を合わせて食べ始める。
「うん。数億年ぶりに料理したけど、味は落ちてないわね」
「恵美さんは料理しなさすぎ何ですよ。もっとちゃんとした食生活を送ってください」
料理の筋は良いんだけど、食事に関しては無頓着だから困った人だ……。これを機にきちんとした料理を作ってほしい。
「やっぱり甘野さんの作る料理は美味いぞ」
うーさんは嬉しそうな表情で鮭を頬張っている。
色々あったけど、ひとまず「とにかく、うーさん1人で料理をやらせないでください。あなたの胃が死ぬことになるので」って多田さんに伝えておこう。
数十分後。作った料理を完食し、後片付けを終わらせたうーさんと恵美さんは先にキテレツ荘の方へ戻っていった。私はもうしばらく残って、シフォンケーキの生地が固まるのを待つ。
せっかくだから、後でキテレツ荘の人たちにも食べてもらおう。
うーさんたちに連絡を入れ終えて、冷え切るまでの間、他の新作のレシピを考えて時間を潰す。
3時間が経過し、私は冷蔵庫からシフォンケーキを取り出す。ホールごと専用の袋に包んでしまうと、キッチンスタジオを後にするのだった。
◇◆◇◆
シフォンケーキを多田さん家に渡しに呼び鈴を鳴らすと、中から仕事終わりで帰ってきたばかりなのかスーツ姿の多田さんが出てきた。
「あ、甘野さん」
「どうも。料理講座の片手間に作ったシフォンケーキです。良かったら」
「おぉ、ありがとうございます」
私はケーキの入った袋を多田さんに手渡す。多田さんは中をチラッと見て嬉しそうな表情をしたかと思えば、神妙な顔で私の方を見てきた。
「それで、ちゅうじんはどうでした?」
「あー......ひとまずうーさんに料理はさせない方が良いですね。あの料理音痴はどうやっても直りそうにないので......」
「そ、そうですか......。うちのアホがすいませんホント」
躊躇いがちに答えると、多田さんは申し訳なさそうに頭を下げて謝ってきた。今回の件に関しては、多田さんは何も悪くないんだけどな......。そう思いつつ、私は多田さんに顔を上げるように促す。
「いえいえ。何やかんやありましたけど、楽しかったので、気になさらないで下さい。そろそろ夕食の準備があるので私はこれで失礼しますね」
「はい。何から何までありがとうございました」
多田さんが軽く頭を下げてお礼を述べる。私は会釈をしてから自分の家へ戻るのだった。
☆あとがき
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