第37話 俺は夢でも見ているのか?
「腹立つわ、砂煙でなんも見えへん!」
『シオン様、防護障壁を…!』
『いいから、ちょっと待て…』
意識が逸れた瞬間、生臭い風が背後から吹き付けられた。
そこにいるのか?
「いきなり出て来んなやボケぇ!」
ドンドンドンドン!
爆発音の直後、ミスズの身体から、ふっと力が抜けた。魔法を買いに行ったらしい。
赤い石をばら撒いて、魔法屋に行く暇を稼ぐ作戦だったようだが、残念ながら砂煙で爆発力が減衰したのか、噴気で石が吹き飛ばされたのか。発想は良かったが効果薄だった。
空気を吸っているときに投げ込めれば、ワンチャン倒せるかもしれないが、逃げている最中にあえて近付くというのは覚悟が要る。
『あ…申し訳あり…』
突然、俺の前に浮いていたアリアの姿が揺らぎ、消えた。
「お、おい、アリア!」
答えはない。
アリアが“ときどき意識が途絶えたりする”と言っていたことを思い出した。これが“自分を数に入れるな”ということか。
これは不味いことになった。ふたりの魔法使いが、どちらも戦闘不能状態なんて、完全に俺の采配ミスだ。
幸い、数瞬後にはミスズの身体に力が戻った。
「これでも食らえやぁ!」
ミスズが大きい魔法を打ち込んだらしく、後頭部に熱を感じた。
「…なんでや! なんで曲がるんやぁ!」
空気の圧力で熱線が屈折させられたのだろうか?
後ろが見えないので、ミスズの行動で推測するしかないのがもどかしい。
「ひっ…!」
ミスズが息を呑んだ。
服を掴む手に力が込められ、ミスズは俺の胸に顔を埋めた。
万事窮すか?
俺はミスズを守るのが仕事だったのに。
なんて体たらくだ。
…と覚悟した瞬間、身体が浮いた。
見下ろす砂丘の上に、噛み砕かれた風バイクの破片が飛び散った。
「なんだ…?」
「お、おっちゃん、アイツや! あの虫みたいなヤツ!」
タマムシ石から、今度は翅が生えて飛んでいた。
しかも、あの軽い身体で、細い脚で、短い翅で、俺たちふたりを抱えて飛んでいるのだ。
「もしかして助けてくれたのか…?」
水戻しされたときに初めて見たものを主人と思い込む習性があるとか、“刷り込み”みたいなヤツか?
『…はっ? 申し訳ありません、今戻りました!』
『あの細長い石がこいつに化けた。アリア、こいつはなんだ?』
『…虫? …私にも分かりません。褒賞の一種でしょうか』
『褒賞? 誰かがくれた物だというのか? 誰が?』
『それは、いと高き者と呼ばれている方です』
それは神様とは別人なのか、たんなる表記ブレなのか。
『飛ぶだけなのか? 戦う力は持っていないのか?』
そんなことを思っていると、俺の心を読んだのか、タマムシ石は少し離れた砂丘の頂上に俺たちを下ろした。
「ん? んん?」
タマムシ石はギチギチいいながら俺たちの方を向くと、“ここで待て”と言った…ように見えた。
向けられた複眼に、熱い思いが込められている…ように見えた。
「飛んでってもうた。どういうことや?」
「あいつ、戦うつもりなんじゃないのか?」
とは言ったものの、体格差はイタチとクジラ、リスとシャチくらいはある。重量差はそれ以上だ。そんな状況で何ができるというのか?
俺の思いを他所に、タマムシ石は大きく弧を描いて速度を上げ、急降下した。
銃弾ほどに飛行速度が速ければ、軽くてもダメージは与えられるだろうが、眼に見える程度の速さの体当たりでは分が悪い。
ドガン!
俺たちを狙ってジャンプした砂龍が、タマムシ石に弾かれた。あの軽い身体で、巨大な砂龍と正面からぶつかり、弾き飛ばしたのだ。
「なんでそうなる? …俺は夢でも見ているのか?」
タマムシ石が優勢なのはありがたいが、物理的に納得できない成り行きは、脳が理解を拒む。
ギシャアアアアアア!
巨大な砂龍が啼いた。
カチ上げられ、貫かれ、切り裂かれ。
砂龍は棹立ちしたまま、倒れることも許されずにメッタ打ちにされた。
絶望的なほどあった体格差は意味を成さず、砂漠に敵なしと思われた砂龍だったが、いまや猫に甚振られるミミズのようにか弱く見える。
それでもタマムシ石は容赦することなく攻め続け、終いには、殆ど動かなくなった砂龍に、高温のガスのようなものを吐いて葬ってしまった。
「………」
俺たちは言葉を失った。何気なく持ってきた置物が、あれほどもヤバいものだったとは。
ぶすぶすと煙を上げる砂龍の亡骸を背景に、悠然とタマムシ石は着地した。
だが、熱い砂に触れて身体が乾いてしまったのか、灰色に戻るとともに、ステンレスのボウルのような軽い音を出して転がった。
「…置物に戻ってもうたんか?」
ミスズが恐る恐る指で突っつくと、くわんと軽い音を立てた。
「あれはタマムシなんかじゃない…」
初心者洞窟の二階から上は、生物相が一階とはまったく異なる。
まるで何かの実験か、蠱毒の壷。そうだ、こいつは蠱毒の壷から這い出た龍…。
「蠱龍だ…!」
言葉を喋らないので分かりにくいが、少なくとも犬猫以上の知性を持っているようだ。さすが“龍”というところだろうか。
「こりゅう? なんそれ、めっさカッコエエやん!」
新しい仲間の名前は、成り行きでタマムシ石改め蠱龍になった。
「暑くてかなわん。ミスズさん、さっさと砂漠から出ようぜ」
九死に一生を得たばかりだが、暑いものは暑いのだ。
「おっしゃ!」
いい返事をしたミスズだったが、旧型風バイクを起動させて、動きを止めた。
「…どっち行ったらエエん?」
「あ…、ヤバい…」
砂龍から逃げ回っている間に、方向が分からなくなってしまったのだ。
ミスズのナビ能力は、洞窟内では絶大な効果を持つ反則能力だったが、精々半径五百メートルなので、範囲内には砂漠しかない。
太陽は既に高く、どこから昇ったかも判然としない。
夜にならないと天測ができないが、夜まで待っていると俺たちは干物になる恐れがある。さてどうするか。
「そうだ!」
俺はポンと手を打って、上を指差した。
「蠱龍に上げてもらって、上から方角を確かめればいいじゃないか!」
「ほなおっちゃん、任したで」
俺の肩をポンと叩きながら、ミスズは青い石を生成して、砂の上に転がっている蠱龍に水をかけた。
少しの間をおいて、蠱龍はギチギチと動き始めた。
「いや、ミスズさんの方が軽いから、蠱龍も楽だと思うんだが?」
「アホ言わんとき。あんな爪で掴まれたら、ウチの上っ張りワヤになってまうわ。おっちゃんは鎧着てるし、もういっぺん掴まれてるし、慣れてるやろ?」
「いや、俺は…ダメだ」
「おっちゃんに決まってるやん!」
蠱龍の判断を仰ぐように、俺たちは同時にそちらに顔を向けた。
感情のない複眼で俺たちのやり取りを見ていた蠱龍は、無言で俺の後ろに回り、逆バンジーのような勢いで俺を吊り上げた。
「うあぁぁぁぁぁあ俺は高所恐怖症なんだあぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
怖い思いをしたおかげで、俺はロッキビンの方向を知った。
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