第36話 生きて戻りてぇなぁ。
ふたりで交代しながら風バイクを走らせ続けている間に夜が明けたが、残念ながら砂漠はまだ続いている。地平線は砂嵐で煙って朧気だ。
星が見えなければ天測できないから、進行方向がずれると非常にヤバい。
「ミスズさん、まだ山とか森は見えないか?」
ピリオンシートに立って眼を凝らしているミスズに問う。
「んー、砂山しか見えへんなぁ」
それは困ったが、夜が明けて間もないのに、風バイク内の気温が上がっているのにも困った。熱気は遮断できても、直射日光は防げないから当然か。
「よし、ミスズさん、その外套を脱げ!」
「いきなりなんやの? エッチ・スケッチ・ワンタッチ!」
「いや、タッチはしているが、エッチなつもりではない。何かで日陰を作ってないと日干しになってしまうが、俺たちが持っている最も大きな布は、ミスズさんの外套なのだ」
「むーん。一張羅なんやから、破かんといてな?」
両手で外套を持ち上げて日陰を作る。ハンドルは身体を安定させるだけのものなので、握っていなくても支障はない。
「ちょっとは涼しくなっただろう?」
「せやな、まぁエエ感じや」
外套を幌のようにはためかせて砂漠を渡る。なかなか風情があるな。
「…ミスズさん、青い石を頼む。できたら霧吹きみたいにシュパーって出るやつがいい」
「おー、シュパーな」
後ろでモソモソ動いたかと思うと、頭の両側からミスズの手が出てきた。
「できたでー」
「はっや!」
外套を広げたまま、両手で青い石を受け取る。どうやれば霧吹きが始まるのか思案していると、自動的に噴き出し始めた。
「うひゃあ、コイツはいい!」
空気が乾いているから、グングン気化熱を奪ってくれる。
“イメージの翼には魔法の力がある”というのは俺が好きな歌のフレーズだが、魔法というのは、まさに人の想像力をダイレクトに具現化させられる技術とでも言えばいいのか。
“想像できるものは実現できる”とも言うし、要するになにを言いたいのかと言えば。
「便利だなぁ、魔法!」
ということだ。
暫く快適に砂漠を進んでいたが、それは突然起こった。
運転している俺とピリオンのミスズの間には、ザックが挟まれていて、そこには食料やらアプリやらが雑に突っ込まれているのだが、そこに入れていた長楕円形の置物が、ぶるるるるんと振動したのだ。
「ん、んん?」
長楕円形の置物とは、言うまでもなく、初心者洞窟二階の祭壇で手に入れた石である。それは長さ一メートルほどで、タマムシぽい造形をしており、極めて硬くて軽い。
「なんや? おっちゃん、色が変わってるし、コイツ動くで…」
ミスズの言葉が終わらないうちに、タマムシ石から六本の脚が生え、ワキワキ動き始めた。元々濃い灰色だったタマムシ石は、メタリックグリーンを基調とした玉虫色に変わっている。
「なんやこれえぇぇぇ?」
「うわわわわわわわぁ!」
後ろ手にタマムシ石の脚の一本を掴んで放り投げたところ、バランスを崩してしまい、俺は風バイクから転げ落ちた。
「とぉとぉとぉ!」
ミスズが慌てて外套とザックを抱え、前席に移ってハンドルを掴んだ。
俺が起き上がると、いまや巨大な玉虫と化したタマムシ石は、三メートルほど離れた場所でひっくり返ってワキワキしていた。
「なんなんだ、コイツは?」
確かに脚のような意匠はあったが、本当に脚が生えるとは。
「おっちゃん、大丈夫か?」
風バイクをUターンさせてきたミスズが駆け寄ってきた。
「あ、あぁ大丈夫だ。だが、アレは…?」
「おっちゃん、“水”や! “水”って書いたぁったやん!」
「…あっ…!」
青い石のミストが掛かったから?
確かに、あの祭壇には“水”と書かれていたが、祭壇にかけるのではなくて、タマムシ石にかけるってことだったのか? と言うか、あれは意味不明の記号ではなく、本当に“水”だったのか?
「なんで漢字なんだよ…?」
俺たちより前に召喚された日本人がいれば、漢字があってもおかしくはない。日本から来た勇者が使った道具を、あそこに封印してあったと考えれば、あの厳重さも説明がつく。
だがしかし…。
「おっちゃん! なに呆けてんねん!」
我に返ってミスズを見上げると、俺の後ろを指差していた。かなり緊張している。
「やばいで!」
タマムシ石は俺の前、ミスズの後ろでワキワキしている。それ以上の脅威が俺の後ろにあるというのか?
砂が、砂漠が震えている。まさかこれは…!
「砂龍か!」
足元が盛り上がるのを感じながら、ミスズを抱えて走り出す。後ろを振り向かずに風バイクに駆け寄り、ミスズを胸に抱いたまま跨った。
結構乱暴に扱っても壊れないのはありがたい。
熟練の建具屋に感謝!
ドオン!
間一髪、今まで風バイクがあったところに、サンドワームみたいなヤツが飛び出した。
シュゴゴゴォ!
「なんか、ちんちんみたいなんが、空気吸うてるで!」
俺の肩越しに砂龍を見たミスズが、率直過ぎる感想を述べた。
今は動きが止まっているだろうが、ひとしきり空気を吸ったら再び動き出すはずだ。
「今のうちに逃げるぞ!」
そう言ったものの、風バイクの速さは原チャリ程度。通常なら十分な速さだが、こんなときは涙が出るほど遅い。恐らく、レクバールでミスズを浚おうとした男にも追いつけないだろう。
「…効くかどうか分からんけど、なんもせんよりマシやろ」
ミスズは俺の背中に回した右手で、何かを投げる仕草をした。見えなかったが、多分茶色い石だろうと想像はつく。
茶色い石は、以前川原の湯船で、壁面を固めるときに使ったもので、周囲の岩石を固める効果がある。
「ミスズさん、こっちにも石!」
俺の意を汲んだミスズが、左手でジャラジャラと緑の石を追加した。
なんとなく早くなった気がするが、この状況では焼け石に水。喰われるのが少し先延ばしになっただけだろう。
風魔法は法術士の領域だが、ミスズは魔術士であながら、石にするという形でそれを使える。法術士ならもっと高く浮く魔法もありそうだが、悲しいことに本職ではないため、出力が足りないようだ。
だが、流石のミスズでも…と落胆する気持ちより、ミスズも限界のある人間だと分かって、少し嬉しい気持ちがあった。
『シオン様、防護障壁を張りましょうか?』
『いざとなったら頼む。だが、できるだけ逃げてみる』
防護障壁を張った状態でヤツに飲み込まれ、チョーダのときのアレをやって逆転勝利、という嫌な未来が思い浮かんだが、できるだけ逃げるのは、できるだけアリアに魔法を使わせないためだ。決して、アレを再現するのが嫌だったわけではない。
好きか嫌いかと聞かれれば、嫌いに決まっているが。
バキバキバキ!
背後から岩が砕ける音が追いかけてきた。
「おっちゃん! アイツ潜りよったで! なんやねん! 茶色い石、ぜんぜん効かんかったわ!」
そこそこ引き離したはずだが、これで撒けたとは思えない。
しかし、ヤツは音で獲物の居場所を知るのだから、風バイクに戻って地面から離れた今、俺たちを見失っている可能性もある。
ドワッシャ!
前言撤回。
一旦潜った砂龍は、ジャンプして、そのまま砂上に全身を出した。そしてヤツは、吸った空気を体節の穴から吐き出して、砂上をホバー移動のように滑りはじめた。
空中に浮いた俺たちを正確に追尾していることから、眼も見えるようだ。砂中では眼が見えないから音を頼りにしているが、砂上に出れば眼が見える。
まぁ当たり前か。
ジュリアに聞いた砂漠の渡り方も出てなかったし、生きて戻ることができれば、“砂漠の歩き方”の内容を充実させてやれる。
…生きて戻りてぇなぁ。
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