第21話 俺が魔法を?
「んで、これってどうしたらエエのん? ウチらお宝取り放題?」
「あ…ああ、互助会規則によると、新しい洞窟を発見した際は十日間、既にある洞窟の新しいエリアを発見した際は三日間の優先探索ができるそうだ」
「そんなん、黙ってたらエエのんと違う?」
「エーリカが言っていただろう? 範囲外で遭難したときは…」
「はいはいエーリカな!」
俺の言葉を遮ると、鳩尾にパンチを入れてきた。
「おうっ。…なんだよミスズさん?」
「なんでもないわ!」
言い捨てると、穴からホールに飛び降りた。
「おい!」
慌てて俺が覗くと、ミスズは緑の石で瓦礫の上に軟着陸していた。
振り返らず、瓦礫の上から降りていく。ミスズが無事に降りたのを見届けた後、俺は再び新しいエリアの内部を見回した。
新しいエリアからは、回廊が五方向に延びていて、赤い石の灯りを使っても、ひとつを除き先は見えない。
先が見える唯一の回廊の先には、祭壇のようなものが見える。
「…あれは…?」
祭壇の方向にゆっくり歩き出す。“なんだか分からないがゾクゾクする”というのは、こういう状況なのだと理解した。
実際、何者かの囁きのような、ざわめきのような、なにかが聞こえる。本当にヒリヒリとした危機感が迫ってくる。
一歩ごとに気配が強まる。冷たい汗が噴き出す。
俺は今、こちらに来てから一番緊張していた。
地雷原を渡る気分で近づいた祭壇。その上にあったのは長さ一メートル、幅二十センチほどの、濃い灰色をした長楕円形の石である。
静電気を確かめるときのように、指先でチョンチョンと触れたが、特に痛みなどは感じなかった。
持ち上げてみると、中が空洞になっているのか、見た目ほどは重くない。
しかし非常に硬く、叩くとガラスのような音がした。
「うわ、…なんだこれは? まるで…」
何気なく裏返して驚いた。
巨大な昆虫を模したような形であった。
裏返した側の脚や顔らしき造形で“虫だ”と気付き、表に返してみたところ、先ほどは気付かなかったが、確かに翅が刻まれている。
再び裏返し、精緻を極めた腹側の造形を観察する。
脚は六本あり、頭胸腹に分かれていて、翅がある。
これはあちらの世界の昆虫の特徴を有しており、俺が知っている中では玉虫に近い。
要するに灰色の巨大な玉虫だ。
しかし、なぜこれが祭壇に置かれているのかは分からない。
「なんだか分からんが、よくできてるな」
独語しながら滑らかな表面を撫でていると、突然石から出たトゲが、俺に向かって伸びてきた。
「うおっ!」
素早く避けて、脇の下を通す。
「どうしたおっちゃ…いっ!」
降りたはずのミスズが、なぜかすぐ後ろに居た。
石のトゲはミスズの頬をかすり、素早く引っ込んだ。
「いっ…たぁ…」
「ミスズさん! なんで…!」
頬を押さえた指の隙間から、血が流れている。
思わずその傷に触れようとしたが、“俺が触れたところで雑菌が入るのが関の山。決してプラスにはならぬ”と躊躇い、手が止まった。
そのとき、その手を指差してミスズが言った。
「おっちゃん、それ、なんなん?」
「えっ…?」
ミスズに触れようとした俺の右手が、薄い水色に光っていた。
「なんだこれ…?」
「なんでおっちゃんから回生術の光が出てんの?」
「回生術? 俺が魔法を?」
一瞬呆気に取られたが、はっと気付いた。
「な、何だか知らないが、治せるものならミスズさんを治してくれ!」
どうすれば魔法が発動するか分からないので、手から出た光をミスズの顔に当てる。
ドリルで抉られたようになっていたミスズの傷は、肉が盛り上がって元の高さになると、それを皮膚が覆った。治るというより動画の逆回しで、元に戻ったように見える。
血の跡がなければ、傷があったことさえ分からない状態になった。
「…おお、傷が治ってしまったぞ…」
“魔法で傷を治す”その概念を知っているだけなのと、傷が癒えていくのを実際に目の前で見るのとでは、やはり重みが違う。
ましてやその奇跡を起こしたのが自分なのだから更なりだ。
「よし、ミスズさん、逃げるぞ!」
「う、うん?」
俺たちは、脱兎のごとく駆け出した。
ミスズを抱き上げて飛び降りると、ミスズは緑の石を下に投げて風を起こす。
「ミスズさん、ナイスなコンビネーションだ!」
着地して、そのまま洞窟の入り口に向けて走る。
「ミスズさん? なんで後ろに居たんだ?」
「…そんなん、分かってるやん」
「えっ?」
「怖かったからに決まってるやん!」
「そ、そうか」
痴話げんかのようなことをしながら、洞窟の入り口に向けて走る。
「なぁおっちゃん、ウチら何から逃げてんの?」
「なんだか知らないが、怖いからだ!」
「やっぱおっちゃんも怖いんやん!」
「だが、俺が怖くなったのは二階に上がってからだしな!」
「そんなんヘリクツや。ゴジッポヒャッポて言うんやで?」
「五十歩百歩な。よく知ってるじゃないか」
「それより、これ危ないんちゃう…?」
「あ、あれ?」
お姫様抱っこされているミスズの下には、長楕円形の石。
「なんと、一緒に持ってきていたのか!」
「ウチをモノ扱いすんなや!」
「これはすまん。すまんすまん。せっかくのお宝だしな」
「いきなり背中からブッ刺されるんは嫌やで?」
「ああ、それもそうだな」
ひょいとミスズを下ろすと、そのままラグビーボールのように長楕円石を持って走る。
「えっ? ウチやのうて、ソレ持っていくん?」
俺に併走しながら不満を訴えるミスズ。
「モノ扱いすんなとか言ってなかったか?」
「むーっ!」
「ミスズさんは自分で走れるだろう? お宝は走れないんだから、我慢して走ってくれ」
「むーっ!」
どうやら反論できなくなったらしく、ミスズは膨れながら走った。
「…ここまで来ればもう大丈夫だろう?」
ホールから入り口までの半分辺りに来たとき、俺は歩調を緩めた。
「いろいろありすぎて、頭が追いつかない。まさかあんなことになっていたとはな。これでミスズさんが怖がっていた理由が分かった」
「ウチが、やのうて、ウチのような、デリケイトな女の子たちが、や」
膨れたままのミスズが、口を尖らせて言った。
「お、おう…」
「…言うても、新しい階を見つけて、怖い謎もわかったわけやし、これだけでも結構儲かるやろなぁ。なんやワクワクしてきたわ」
“これだけでも”というのは、謎の長楕円石があるからである。
こんなものは今まで見たことがないし、洞窟解説本巻末のお宝目録にも、似たものすら出ていなかった。
「なぁおっちゃん? 怖い理由はあの二階のせいやって分かったけど、前は一階でも怖かったのに、もう怖ないんやけど。気のせいやろか?」
「そうなのか? 俺はそもそも一階では怖さを感じていなかったからよく分からんが…」
祭壇に辿り着くまでは、歩くのにも不自由するほど怖かったのに、帰りはスムーズにミスズを抱き上げ、そのミスズは飛び降りて石を使うこともできた。
「必死だったからかも知れんが、確かに、いつの間にか怖くなくなっていたな」
言葉を切り、ちらと長楕円石を見やる。
「行きと帰りの違いと言えば…」
「ソレやろか?」
ミスズもまた、長楕円石を指差した。
「コレかも知れないな」
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