第20話 やっぱり女の子なんだな
それから数日、俺たちは予定通り最低ランクの洞窟に通った。
「ほらな、言うた通り、大丈夫やろ? いつまでもビビってられんわ」
「そうなのか? 妙にキョロキョロしてないか?」
「す、するかいな!」
言いながら、微妙に眼が泳ぐミスズ。
「無理をするなよ、ミスズさん? 俺たちは洞窟に挑んだばかりなんだ。死なないだけでも、確実に前進してるんだからな?」
「…うん、分かった」ミスズの素直な反応に、つい顔がほころぶ。それを見て憤るミスズ。「なんやその顔!」
「いや、なんでもないよ。はは」
といった馬鹿話をしながらも、俺は周囲への注意を怠らなかった。ミスズが先に見つけると、パニックになって危ないからだ。
「…居た!」
俺が発見したのは、”ヨートーク”という、頭が羊で胴体が犬のバケモノである。
解説本によると頭突きが痛いらしい。
早く駆け寄り、頸の皮を僅かに残した状態で切断する。
もじゃもじゃした頭の毛に、お宝が紛れ込んでいることが多いため、指で梳ったところコロコロとアブリが転がり出た。
「…なぁおっちゃん?」
ヨートークの頭を弄くっている俺を見ながら、ミスズが言った。
「なんだ?」
「首の皮一枚つながるって言葉あるけど、皮一枚じゃ手遅れよな?」
「…そうだな。もう死んでるな」
「そんだけなんやけどな。オチ無しなんや、ごめんな」
「いや、確かに変な言葉だな」
馬鹿話をしている間に、ヨートークの死体は、以前ミスズが言っていた通り、煙のように消えた。
昨日はミスズが赤い石で速攻爆殺していたから、普通に倒すのはこれが初めてだ。
「おぉ…、本当に消えたぞ」
「せや。なんで消えるんか、解説本に出てへん?」
俺は赤い石で解説本を照らした。
「出てるぞ。これによるとだ、バケモノの心臓には”魔核”というものが入っていて、死んだバケモノは一定時間が経過すると、魔核心臓、略して核心としておこうか。これに繋がった部分は核心と一緒に消えてしまうそうだ」
「そういう原理やったんか。ほんで皮が欲しいときは、消える前に急いで核心から切り離したら、皮だけは消えんで済むわけなんか」
「ミスズさんは、知らずに経験則でそれをやっていたわけだな」
「けど、なんでそんなことになってんのやろ?」
「洞窟内で死体が消えないと腐るだろう? 腐ると空気が悪くなって、病気が発生したりして、環境が悪化してしまうからだろうな。この洞窟の主はキレイ好きなんだろう」
「主ってなんなん?」
「…いや、そこは俺の感想だ。建物や土地に主がいるみたいに、洞窟に居てもおかしくないだろう?」
などという馬鹿話をしながら、ヨートークの頭から転がり出たアプリを拾い集めた。
「これって、消えるまで放っといたらアプリだけ残るんちゃう?」
「あっ…」
「ゴメン。今までのおっちゃんの苦労を台無しにするとこやった」
「いや、十分台無しになった。どうしてもっと早く言わない…」
苦笑いのミスズ。
アプリを集め終わって歩き出したが、バケモノはそれほど頻繁に出るものではない。なので、本当は危険なんだが、解説本を読みながら歩いたりもする。
「なお、魔核自体も高く売れるとミスズさんも言っていたが、核心から魔核を取り出すと死体が消えなくなるので、洞窟内での魔核取りは禁止されているそうだ。昨日から俺たちはこの洞窟をくまなく歩いたが、死体はひとつも残っていなかったから、このルールは守られているようだな」
「まぁ、臭かったり、病気になったりすんの嫌やもんな」
言った後で気付いたことがあったらしく、続けて言った。
「あ、けど、トニカクみたいに全部持って帰るときは魔核取ってもええんやろ?」
「えーと。その通り、問題ないそうだ」
戦闘と戦闘の間が空くと、どうしてもだらけた感じになる。
「探索者が少ないとは言え、続けて来ると流石に実入りが少ないな」
「せやな。…とか言うてる間に、ドンツキまで来たで」
直径十メートルほどの円形のホール。
ここがこの洞窟の、いくつかに枝分かれした最奥部のひとつである。
俺たちは、こういった最奥部のひとつと入り口の間を、何回も往復していた。
「この洞窟はしばらく寝かした方がいいな。河岸を変えるか」
「んん? そろそろ洞窟の位を上げるときが来たってことかや?」
ミスズがキラキラした眼を俺に向けた。
「まぁそういうわけなんだが、腹の空き具合からして、まだ昼前だ。今から別の洞窟に行くには微妙な時間だし、夕方までここで狩るのは徒労感半端ない。どうする? ミスズさんの判断に任せるが…」
「んー。ほな別のとこ行くことにしよか。冷やかしって言うん?」
「ははは、俺たちは初心者だし、冷やかせる立場じゃないからな。ここは謙虚に、様子見としておこうか」
「んじゃ様子見で! ゴー、ヨースミー!」
腕を上げて前を指差し、率先してホールから出ようとして、自分が後衛だったことに気付くミスズ。
照れくさげに振り返ったところ、何かを見てしまったらしい。
「んぎゃああぁ!」
赤い石を一握り、ホールの天井に向けて投げる。
ダガガガァン!
「くっ!」
素早く駅弁スタイルでミスズを抱き上げ、ホールから駆け出した。
閃光が俺を追い抜き、目前の回廊に長い影を浮かび上がらせる。
閃光を追いかけて来た爆風に背中を蹴られた俺は、ミスズに覆いかぶさるように地面に倒れ込んだ。天井が崩れ、岩石が落ちてきたが、対応が早かったお陰で埋もれずに済んだ。
爆発をやり過ごしたのを確認し、ミスズに問いかけた。
「大丈夫か? ミスズさん?」
「う、うん。…あんがと、おっちゃん」
ばつが悪いのか、赤い顔をして眼をそらすミスズ。
「ケガはないか?」
「だ、大丈夫やから、…はよどいて」
「ああ、悪い」
ミスズを抱いたまま起き上がり、その場に下ろした。
俺の体重はミスズの三倍はあるので、ミスズ分の荷重が増えたところで、ひとりで起き上がるのと大して変わらないのだ。
「背中は痛くないか?」
「…背中?」
「ここは地面がボコボコだが、背中を打ったりはしていないかと…」
「…あっ!」
短く叫ぶと、素早く外套を脱ぎ、バサバサと埃を叩いた。
その後、背中の金糸模様を穴があくほど見つめる。そして安堵の吐息をついて一言。
「…良かったわ、模様は壊れてない」
俺はその姿を見てふっと笑ってしまった。
「服に必死になるなんて、やっぱり女の子なんだな」
「高かったんやで、このうわっぱり! 年代モンなんやからな!」
ミスズが”うわっぱり”と呼んだ外套は、全体的に地味な色ではあるものの、肌触りの良い布地の各部は革で補強されており、そこには目立たないが、ミスズが“模様”と呼んだ意匠が凝らされている。
特に袖から肩、更に僧帽筋にかけて金糸であしらわれた幾何学的な文様は、なにやら曰くありげである。
「確かに、よく見たら高そうな品だ。大魔法使いミスズ様には安物の服は似合わないな」
「おっちゃん、茶化しとらん?」
「滅相も無い」
両手を振って否定した。
「それはそうと、何を見た? 何が居たんだ?」
「何か知らんけど、天井からじゅわーって、染み出るみたいに変なんが出てきたんよ」
「天井…?」
恐る恐るホールに戻り、崩落した天井を見上げる。赤い石で照らすと、広い空間があることが分かった。
「これは…凄い発見だぞ、ミスズさん。ここに二階以上があるなんて、解説本にも載っていない情報だ!」
「これって怒られるやろか? 規約とかはなんて書いたぁるの?」
「元々洞窟は自然にできたものだし、今現在誰のものでもない。そもそも探索の結果壊れたものだから、責められる謂れもない」
「けど、互助会がシキってるやん?」
「それは互助会が力を持っているから、みんなそれに従っているだけだ。従ったほうが楽だし安全なだけで、強制力はない。ミスズさんだって便利だから互助会を使っていたのだし、エーリカも言っていただろう? はみ出すのは自由だけど、助けないよって」
言葉を切り、瓦礫の山をよじ登る。
「まぁ、怒られたとしても、この発見でチャラだよ」
元々ホールの天井には、何らかの方法で隠された出入り口があったようだが、赤い石の爆発で岩盤ごと崩落している。
俺は懸命に背伸びして、赤い石の灯りで上を照らした。
「ミスズさん、上に通路があるみたいだ!」
瓦礫の上でジャンプしたり背伸びしたりする。
「くそ、上に登れればいいんだが…」
「登れるで?」
食い気味に答えるミスズ。
「どうやって…って、あぁ、緑の石か!」
「ご名答~」
言うと、ミスズは瓦礫の上に緑の石を置いた。
「おっちゃん、これ、がいに踏んで」
「お、おう」
えいやとばかり、緑の石を踏むと、足の裏から風が吹き出した。
「おおお、身体が浮くぞ!」
前触れもなく俺に飛びついてくるミスズ。
「うぉ、ちょちょっ」
慌てながらも、ミスズを抱きかかえ、片足でうまくバランスを取る。タコ踊りしながらも、ホール天井の穴を潜り抜け、上階に降り立った。
「おっとっとぉ」
「おっちゃんすごいやん。エエバランスしとる!」
「…危ないから遊ぶなよ?」
怖すぎるためか、ミスズが変なテンションになっている。
「ここの洞窟で怖がる人が多い理由が分かったよ。ここまで来ると、俺でも分かる。なんだかゾクゾクするぜ」
「せやろ? ここまで来たら図太いおっちゃんでも分かるやろ?」
「……」
今までは単にミスズが怖がりなだけだと思っていたが、ここに来るとミスズが言うことは本当らしいと分かった。実際自分は鈍いのかも知れない。いや、鈍いよな。
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