第22話 ミスズさんは心が強いなあ

 その後、互助会に寄って、新たなエリアを発見したことと、わけもなく怖くなる理由が判明したことを申告した。長楕円石については、特に申告する必要はないと判断した。

 最初級洞窟の新エリアということで、エーリカはたいそう驚いた。


「申告内容を確認しますと、初級洞窟の二階以上を発見した。そのせいで意味なく怖い感じがしていた。ということでございますね?」

 その問いは俺たちふたりに投げられたが、例によってミスズは目を逸らしているので、仕方なく俺がひとりで頷いた。


「そ、そういうことだ」

「…なんと申しますか、私、ここ数日驚かされてばかりです」

 あくまでもクールながら、それでも多少驚いている様子が窺えるエーリカ。


「おふたりのうち、どちらが発見なさったのですか?」

 俺とミスズを交互に見るエーリカ。

「それは、ミスズさんが…」


「せやで。このデリケイト大魔法使いのミスズ様がや!」

 斜に構えて胸を張るミスズ。なんなんだその肩書きは。

「互助会を代表してお礼申し上げます。ありがとうございました。これで当互助会も活気付くことでしょう」


 エーリカは背中が見えるほど頭を下げた。

「それと、先日の捕り物の件ですが、報奨金と迷惑料が出ております」

 頭を上げたエーリカは、そこそこ重い皮袋をカウンターに置いた。


 ミスズはそれを素早く回収し、顎をしゃくって俺に手のひらを出させると、その上にぶちまけた。

「お陰でひとりの怪我人も出ませんでした。ありがとうございます」


「ああ、お安い御用とまでは言わないが、役に立ててよかったよ」

 あの連中が何等級だったかは知らないが、無法を働いていたのが初級者洞窟という時点で低等級であろうことは想像できる。


 しかし、人間相手に剣を使いたくなかったとはいえ、未知数な相手十人に素手で挑んだのは、お世辞にも賢いと言える行為ではない。

 あんなに楽に倒せたのは、やはりミスズのサポートがあったからだ。


「ちょっとちょっと」

 ぐぐっとカウンターに近づくと、ミスズはヤカラのように肘を衝いた。

「あんないっぱいで捕まえに行くようなんを、おっちゃんひとりで捕まえてしもたんやで? おっちゃんの四級て評価、間違うとるんと違う?」


「お、おい、ミスズさん…」

「そうかも知れませんね」

 俺を制してミスズに答えると、俺に向き直って後を続けた。


「もう一度試験を受けますか?」 

「いやいや、勘弁してくれ。四級で問題ないよ」

「むーっ!」


 俺とエーリカの両方に不満がありそうなミスズを宥めつつ、エーリカに問う。

「因みに、あいつらはどうなったんだ?」

「お知りになりたいですか?」

 エーリカは目を細めると、背筋が寒くなるようなアルカイックスマイルを浮かべた。


「い…いや、なんとなく分かった。ありがとう」

「それでは、互助会規約どおり、明日から三日間はおふたり、若しくはおふたりに許可を得た方のみの優先探索期間となります」


 言葉を切ったエーリカは、もう一度頭を下げて言った。

「ご幸運を」


 俺はカウンターから離れかけたが、ふと立ち止まり、振り返った。

「…そうだ、エーリカさん。俺でも魔法を覚えることは出来るのだろうか?」

 隣に居たミスズが、訝しげに俺を見上げる気配を感じた。


「それでしたら、まず魔法適性を確認致しまして、適性がございましたら魔法回路を手の甲に焼き付けます。その後は互助会発行の” 魔法適性を得た【その日】から読む本”をお読みいただき、日夜弛まぬ鍛錬をしていただければ、或いは…」


 そこまでやって“或いは”なんて、物凄くハードル高そうじゃないか。

「うーん、鍛えたり覚えたりしなくていい方法はないか?」

「恐れながら、ございません」


 言下に否定したエーリカは、少し険しい顔になって続けた。

「この機会にお伺いしたいのですが、ミスズ様は、出で立ちからして魔法職だと思われますが、拝見したところ魔法回路はございません」


 ミスズがわざとらしく手を後ろに回した。

 まったくこの子は、怪しい素振りをして、エーリカを挑発しているつもりなのだろうな。


「こちらに最初に来られたのは、かなり幼い頃だという記録が残っておりましたが、当方で魔法適性の検査をした記録はございません。魔法はどちらで習得なされたのですか?」

「待て待て! それは立ち入りすぎだぞエーリカさん!」


 エーリカが俺のほうを向いて、ぺこりと頭を下げた。

「それでは単刀直入に伺いますが、あの赤い石はなんなのですか? 非常に不可思議な品物ですが、ちゃんと使えるものでした。私はあのようなものを、今まで見たことがありません」


 俺の質問が呼び水になって、ヤバい状況になってしまった。慌ててミスズに眼を向けたが、彼女は動じなかった。

「そんなん企業秘密や。教えられるかや!」


 そういい捨て、外套を翻してカウンターから離れるミスズ。

 エーリカに合掌を返して、ミスズを追いかける俺。そして呟く。

「…ミスズさんは心が強いなあ」

 

 自宅に戻った俺は、窓際の床の上に長楕円石を置いた。

 不安定なところに置くと、落ちて壊れる可能性があるので、この手の貴重品は、最初から床の上の踏まれない場所に置いたほうがいいのだ。


 特にその日の俺はかなり興奮していたから、非常に危険だ。

「普通なら面倒な段階を踏まなくてはならん魔法が、あんなに突然使えるようになるとは。俺も呼ばれた者としての頭角があらわになってきたというところかな?」


「…まぁ、ウチも気がついたら使えるようになってたし。あんなもんやったかも知れん。知らんけど」

 冷めた返事を返すミスズ。


 彼女の場合は何年も前のことだから、そんなものかも知れない。

 どうでもいいが、知れんのか知らんのかどっちだ? ややこしいぞ。

「俺がエーリカに聞いたことが、気に障ったのか?」


「そゆこととちゃうけど…」

 いかにも“そゆことや”と言いたそうな顔で言った後、瞬時にその顔を輝かせた。

「まぁ、回生術が使えるんはエエことやな。てことは、おっちゃんは法術師っちゅうことになるんやな?」


 法術師という言葉は初めて聞いた。

「法術師? ミスズさんは魔法使いだったよな?」

「魔法使いは魔法使いやけど、細かく言うとな、ウチは魔術師や。“魔術師”と“法術師”を合わせて、“魔法使い”言うねん」


「それはどう違うんだ?」

「使える魔法が違うねん。魔術師は炎をドカーンとか風をビューとか雷バシャーンてなる魔法が使えて、法術師は傷治したり毒消したりバリヤー張ったりできるんや」


 身振り手振りを交えながら、ミスズが答えた。

「ふむ。…例外はあるかも知れないが、魔術師は人体の外に向かって働く魔法で、法術師は人体の内側に働く魔法。あるいは、魔術師は攻撃、法術師は守備の魔法ってことだろうか?」


「うん、まぁ、そういうことになるんかなぁ?」

 親指と人差し指で作った“L”の上に顎を載せ、顔を顰めて言う。

「…あれ? ミスズさんは青い石とか黄色い石で傷治療とか毒消しが出来たのではなかったか?」


「石にするんはできるんやけど、チョクじゃ使えんのや」

「えぇ? なんでそんな変なことになっているんだ?」


 テイクアウト専門の店なら普通にあるが、ミスズの言う魔法屋が、となると違和感を覚えざるを得ない。そうしなくてはならない合理的な理由はあるのだろうか?

「変やいうても、そういうことなんやからしゃーない」


 魔法屋などという不可思議なものを、直感で使っているミスズには、説明を頼む方が間違っているか。

「…ミスズさん風に言うと、魔法屋に買いに行っても、店に並んでないとか、そういう感じなのか?」


「そやのうて、注文したら勝手に包まれるって感じやね。店のおっちゃんとか居らんさかい、“チョクで出せや”とか、文句も言えん」

「店の人が居ない? 自販機みたいだな」


「ジハンキ?」

「自動販売機だよ」

「ああ、自動販売機な。知ってるで、ジュースとか売ってるヤツや」


 自販機という略語を知らないとは、もしかしたらこの子、お嬢様だったりするのか?

 …銭湯の話をしていたから、それはないか。

「話を戻そうか。ミスズさんは魔術師だけど、石にすれば法術師の魔法を使えるってことだよな?」


「うん、法術師のしょぼこい魔法だけやけどな」

「そんなことになっているのは、石を作れるのがミスズさんだけだから、じゃないのか?」

「…んん? どういうこと?」


 眉を顰めて、顔を前に突き出してきた。

「つまり、ミスズさんが魔術師の魔法しか石にできないなら、傷治療は青の石に、毒消しは黄色の石にできるという設定が無駄になるから、スッキリしないと思ったのではないか?」


「設定てなに? スッキリせーへんて、誰が?」

「…神様だろうな」

 俺は会っていないが、この世界に神様が居ることは疑うべくもない。


「あー…。神様のゆーとーりとか言い出すヤツおったら、前はアホかって思ってたけど。こっちの世界、神様ホンマにおるしなぁ。神様がそうしたいからそうしたんやって言われたら、話は終わりや。もうなんも言えん」


「俺も同じ感想だ。神様としては魔術と法術の境目は守りたい、でも、魔法を石にするギフト持ちには、両方の下級魔法を石にさせたい。…という神様の都合なんだろうな」

 自分で言って滑稽だが、これでまるで、ミスズのために魔法体系が歪められているようではないか。


 しかし、神様の存在が明らかである以上、俺の妄想は真実と大差はないだろう。

恐らく彼女は魔法体系の特異点であり、それこそミスズが勇者であることの証明なのだ。


「それにしても、たいしたもんやな。ふたり組やのに、魔術師と法術師がおって、剣も使えてバランスもエエ。もう無敵やんか!」

ミスズはここまでを元気よく言うと、冷笑的な顔になって後を続けた。


「…まぁ、投打に優れた選手とかは、そんなに居らんけどな」

 俺はがくんと膝から落ちた。

「台無しだ! 台無しだぞミスズさん!」

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