第18話 分かりやすくて特別なもの?

「これが今日の稼ぎや!」

 家に帰ると早々にミスズは、笑いが止まらないという感じでアプリをテーブルにぶちまけた。赤、橙、黄が、あわせて二百個はある。


「凄いやん、今日互助会と武器屋で払ったゼニ、半分くらいは取り返せた気ぃしぃひん?」

「黄色もいくつかあるな」

「ゼニ数えんの、めっちゃ楽しいなぁ。ちゅうちゅうたこかいな、と」


 変な数え歌を口ずさみながらアプリを数えるミスズを、微笑ましく見詰めていた俺は、ふと疑問が湧いた。

「ミスズさん? その赤っぽいのは十アプリでいいのか?」


 ミスズが橙として十アプリの山に入れたものが、俺の側からは赤に見えたのだ。

「これか? これは橙やん? 十アプリや」

「ちょっと見せてくれ」


 赤、橙と、問題の微妙なアプリを手にとって比べるが、やはり俺にはどちらの色に近いか区別がつかない。

「これ、色じゃなくて、どこかに一とか十とか書いてたりするのか?」


「うんにゃ、どこにも書いてへんで? みんな色で見分けてる」

「それじゃ、これとこれはどうだ?」

 次に俺がつまみ出したのは、黄色なのか橙色なのか分からない、どちらに入れてもいいような微妙な色のアプリ二個である。


「それは橙と黄やな」

「なんでだよ? 俺にはこの二個の色の違いも、そもそもこれが黄なのか橙なのかも分からんのだが。ミスズさんには分かるのか…」


「慣れやて、慣ーれ。そのうちおっちゃんも分かるようになるよ」

 若いと見分けられるのかとも思ったが、この世界にも老若男女居るだろうから、やはり”慣れ”が必要なのだろう。


「しかし、どうして慣れが必要な通貨を使うのだろう? 日本じゃ十円玉と百円玉の区別をするのに慣れが必要なんてことは、絶対にないだろう?」

「そう言われたら、そうやな。穴が空いてるヤツもあるし、大概ポケットの中でも触ったらわかるわな」


 やはりこの通貨は何か変だと思うのだった。

「それは置いといて」

 置いといてのジェスチャーをして、ミスズは後を続けた。


「おっちゃん。バケモンの強さの割りに稼げるから、あすこ通ったらエエか知らんな?」

「今は空いてそうだから、行くならチャンスだとは思うが、あそこはミスズさんが怖がるからなぁ。ミスズさんは嫌じゃないのか?」


「そんなん一回行ったら慣れるし、怖い理由も分かったし、アプリも稼げるし。行かん理由ないやろ?」

「…まぁ、ミスズさんがそう言うなら」


「ほんじゃ決まりな!」

 ミスズはホクホク顔で、中断していたアプリ数えに戻った。

 

「俺とて、こちらの世界に呼ばれたかも知れない男。いつまでもミスズさんのヒモ状態で居るわけにはいかないので、色々考えてみた」

 その日の夕食後、俺は真剣な顔をして切り出した。


「べっちょ気にせんでも、ヒモやなんて思ってへんのに…」

「いや、そこは男のプライドの話なのでな。たとえミスズさんがそれを許そうとも、俺のプライドが許さないのだ」

 “誰よりも、欺き難きは己なり”というヤツだ。詠み人俺。


「…まぁエエけど」

 ミスズは諦めたようにため息をついた。俺の話を聞いてみることにしたようだ。

「ほんで、なにを考えたんやって?」

 

「魔法石を使った商品を、色々と考えてみたのだ」

「ほー、例えばどんなん?」


「風呂を沸かすための赤い石があるだろう? あれに入浴剤として薬草をまぶしておいて、決まった量の水に放り込んだら、自動的にいい感じの薬湯ができるというのはどうだ?」

「おお、おもろいやん!」


 膝に衝いていた頬杖から、顔を持ち上げるミスズ。

「これのいいところは、使い方を限定することによって、薪業者と争わなくて済むということだな。あいつらには似た商品すら作れないからな」


「薪屋とかどうでもエエけど、敵を作らんのはエエな。薬草なら任しといてや。伊達に長いこと薬草取りやってへんで」

「いいぞいいぞミスズさん!」


「他には? なぁおっちゃん、他にはないのんか?」

 胡坐の膝を揺らしながら催促するミスズ。

「乗ってきたな? 考えてあるぞ。風バイクを商品化する!」


「風バイク? せやかてアレは…」

「使い方にコツがいる。だろ? 考えてあるとも。例えばホウキに座席が付いたような物を作る。これは街の道具屋か何かに頼むことにする。これの利点は、今までは人間に石を使っていたから、人数分の石が必要だったが、風バイクそのものに使うので一個で済む」


 ”風バイク”の簡単なイラストを示して説明する。

「おっちゃん、結構絵ぇ上手いな。ウチも魔女はホウキが尻に食い込まんのかなぁって心配してたわ」


「座席はなくてもいいが、あれば使い方が分かりやすいと思ってな」

「うんにゃ。座席は要るやろ」

「では有りでいこう。座席有りなら、簡単なハンドルもつける」


 かくして、当初は質素だった風バイク設計図は、暴走と悪乗りを繰り返した結果、アメリカンバイクのように高い位置にハンドルを配し、楽な姿勢でのクルージングを可能とするスタイルに。更に簡易な背もたれ付きのピリオンシートを備えており、二人乗り可能。

 シートも柔らかく、長距離乗車しても尻が痛くなりにくいものとなった。


「カタチはコレでいいとして、問題はここからだ」

「問題て、なによ?」

「緑の石を入れるところを作って、そこに入れると勝手にエンジンがかかるようにする。もちろん、緑の石は風バイク専用で作る」


一通りの説明をした俺は、肝心なことを聞いていないことに気付いた。

「“水に入れたらゆっくり燃える”という決め事ができるなら、“ホウキの穴に入れたら風バイクになる”という決め事もできるだろう?」


「ん、まぁ、できると思うけど。どうせなら穴の中に、分かりやすくて特別なモンを入れといたほうがエエな」

「分かりやすくて特別なもの?」


「例えばおっちゃんのネクタイとかな。そんなんこの世界にないやん? それを細切れにしてホウキ穴の底に貼っといて、緑の石が触ったらエンジンかかるっていうのどうや? 作りやすいし暴発もせんし、エエこと尽くめや」


「…なるほど、化学繊維なんてこの世界にはないだろうが、これをか?」

「いやなん?」

はっと気付いたように、声を低めるミスズ。

「あぁ、好きやんにもろたモンとかか?」


「いや、これは百円ショップで自分で買ったものだから、そんなんじゃない」

 言葉を切って、俺は胸の辺りを撫でた。

「単にこの辺りが寂しくなるなと思っただけだ」


「それ百円で買えるんか?」

「消費税ついて百十円だ」

 百円ショップを知らないのかと、少し不思議に思ったが、ご家庭の事情もあるだろうと思い拘らないことにした。


「しおひぜい? アカン、漢字が出てけぇへんから説明いらんで」

「帰ればすぐに分かるようなことだから、楽しみにしておけ」

「んはは、そうするわ」


「じゃあ早速…」

 発注しようと言いかけた俺をミスズが制した。

「ちょい待ち。残念やけど、互助会と武器屋の払いでカネが尽きてんねん。職人に頼むにしても、前金とか言われたら首が回らんなるから、もう暫く金稼いでからにしよ」


「試作品の一台くらいはいいだろう?」

「まぁ、それくらいならなんとか…」

「むぅ…。すまないな」


 子供に金の苦労をさせる親父のようで、俺は情けなくなった。

「ほらほら、しょんぼりしとらんと、他にはないのんか?」

 しかも子供に気を使わせるなど、情けないにもほどがある。


「お、おう。あるぞ。弓矢ってこっちの世界にもあるだろう?」

「もちろんあるで」

「矢の先に魔法石をつけておいて、敵に矢が当たれば、色々起こると言うのはどうだろう? 投げるより射程が長くなって便利だぞ」


「ああ、それもエエな。決め事が簡単にできそうや」

「落としたくらいで発動していては使い物にならないから、けっこう強く当たったら、ってことにしておかなくてはな」


「かんしゃく玉くらい、がいにぶち当てたらってことでエエな」

「ああ、かんしゃく玉な。それでいこう。熱と爆発の赤い石、毒消しと毒増しの黄色石、電気と麻痺の紫色石、泥を出す茶色石。…他になにがある?」


「水出しと傷治しの青、緑は風と真空切りでいこか。慣れたら便利やけど、緑はけっこうエグいで。ウチも使い方分かってなかったときは、けっこう怪我したモンや」

「真空切りか。確かカマイタチみたいなものだったか」


「他には? もうないのん?」

「本当はさっきのが最後だったんだが、かんしゃく玉で思いついた。弓矢用だけでなく、手で投げる用の魔法石も作ってみよう。野球のボールくらいの大きさで作れば、投げやすいからかなり飛ぶし、威力も高められる」


「遠くに居るヤツに先制攻撃でけるやん。女が投げることも考えて、ちょい小さめにしよ」

「ではそれでいこう」言った後で、俺は力が抜けて頭をたれた。「…と言っても、石を作るのはミスズさんなんだよな…」


「ほな、おっちゃんは風バイクのホウキとか、かんしゃく玉作ってや」

「おお、そうだな。その辺りの発注等は俺がやる。ミスズさんはいい加減働きすぎだから、石を作ったら休んでくれ」


「うん。おっちゃんは肉体労働、ウチは頭脳労働やからな。ほんでから、もうネタはないのん?」

 なかなか欲しがるが、知識欲が旺盛ということなのか。

 成績は良かったらしいし、本来は勉強好きな子供だったのだろう。


「あるにはある。これはミスズさん次第なんだが、ふたつ以上の効果を持った石を、くっつけて作ることはできるか? 例えば、風の緑と爆発の赤をくっつければ、弓もいらないし、投げる必要さえなくなる」


「あ、あぁ、せやな。さっきのかんしゃく玉が無駄になってまうけど…なかなか面倒な注文しよんなぁ」

 そう言ってミスズは、変顔をしながら握ったこぶしをモニョモニョさせていたが、残念そうに頸を横に振った。


「アカンかった」

手を広げると、赤と緑がくっついた石が出たが、すぐに割れた。

「なんかシャクやし、ちょっと宿題にさせてもらうわ」

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