第17話 スゴいな、魔法。

「あーりがーとさーん」

 変な調子で言った後、ミスズはもたれていた壁面から腰を浮かして続けた。

「…せやおっちゃん、ちょいやりやすぅしといたるな」


 爆発モードの赤い石を、敵に向かってばら撒いた。


ババババン!


 身を裂く爆発、熱と光と音。土煙がならず者集団を包む。

 そこに、両手剣を捨てて身軽になった俺が突進する。

 辛うじて視界を保った者も、反撃の態勢に移る前にサップで殴り倒した。


 男女関係なく、目の前に現れた顔を殴る、殴る、殴る。

 仮にミスズがこの中に紛れていたとしたら、脊髄反射で殴っていたかもしれない。

休んでいてもらって正解だ。


「ああ、あの野郎、頭がおかしい。笑いながら殴ってくるぞ!」

 その言葉で気付いたが、いつの間にか、俺は笑顔になっていたようだ。

ならず者たちは、さぞかし恐ろしかったことだろう。


 やはり俺は、殴り合いが好きなのだ。

 剣を捨てたのは至近距離だと取り回しに難があるから…と言いたいが、実際は怖かったからだ。他人の頭に容赦なく真剣を振り下ろすのが常識のような世界だが、生憎俺はまだ慣れていない。


 いや、慣れることなどあるのだろうか。

「おっちゃーん、がんばれー」

 気の抜けた声で声援を送るミスズ。


「あの女もやっちま、ぶあぁあ…!」

 言い終わらないうちに、赤い石をぶつけられて、ならず者は吹き飛んだ。

「コラコラ、こっち来たらアカン。当たり所悪かったら死ぬさかいな、大人しゅうおっちゃんにブン殴られたほうがマシやぞ。んはは!」


 三分後、立っているのは俺とミスズだけになっていた。

「おっちゃんお疲れ~、ちょいケガしてるや~ん。青い石~」

 殴り合いにあてられたのか、妙なテンションで俺の傷に回復の青い石をぶつけるミスズ。


「サンキュ…ミスズさん…」

 荒い息を吐きながら、起き上がろうとしている奴を、もぐら叩きのように蹴って回る。

「もうちょっと…寝てろ!」

 

「おっちゃん、こいつらどうする?」

「互助会に突き出そう」

 幸いならず者がロープを持っていたので、倒れているうちに手首を揃えさせて縛る。

 束ねた十本のロープを、俺は自分の剣の鞘に巻きつけた。


「こいつら、なんでロープ持ってたんやろ?」

「お宝か何かをまとめるためだろうが…」

「何かって、何よ?」

「考えたくないな」


 青い石で水をぶっ掛けると、ならず者たちは目を覚ました。

「未亡人の一部はこいつらが作ったのだと知ったら、エーリカが黙っちゃいないだろうな」

 エーリカの恐ろしさを知っているのか、ならず者たちがざわざわする。


「ひぃふぅみぃ…十人も居るけど、どうやって運ぶん?」

「風バイクで引っぱろう」

 言い切った俺は、それ以降をならず者に向けて言った。

「お前ら、倒れても容赦なく引きずるからな、死にたくなかったらちゃんと走れよ?」


 言い捨てると、返答を待たずに風バイクを起動させる。往路と異なり、ミスズと背中合わせで”乗車”して、ならず者たちを引っ張る。

「オラオラ走れ!」


 都合がいいことに、ロープを巻きつけた俺の剣は、手を離しても風のカプセルの内側に引っかかった。そのくせ、投げた魔法石は通り抜ける。

「スゴいな、魔法。なんて都合がいいんだ!」


 何度目かの感慨を抱きつつ、風バイクを走らせる。

 言ったとおり、十人が抵抗しようと倒れる者が出ようと、容赦なくグイグイ引きずった。

 引きずったのは風バイクだが。


 傷が深くなれば青い石を投げて回復させる。

 傷が治るから死にはしないが、痛いことには違いない。

 死なないと言うより死ねないので、慣れることなくいつまでも痛い。

 これは中々の拷問だ。


「ほらな、おっちゃん。あの洞窟やけどな、なんや知らんけどビビってまうんやて。ウチがビビりなわけやないんやで!」

 自分が怖がりでないことを証明すべく、頑張って洞窟解説本を読みこんだミスズが、背中合わせの俺に言った。


 余所見をしても、多少道を外れそうになる程度で、風バイクはぶつかったりしない。

「…なんだって? 簡単に言ってくれないか?」

 頭の中で咀嚼したが、まったく意味が分からなかった。


「せやから、あすこの洞窟、バケモンはそんなに強ないけど、なんや知らん怖い感じがするんやて。得心したわ」

「ああ、それであんなに怖がっていたのか」


 俺には怖さがわからなかったが、何だか怖い感じがするというのはオカルト的な話なのだろうか?

 だとしたらそっちのほうが怖い気がするのだが。


 ちょうどラウヌアとの中間点辺りまで戻ったとき、緑の石が切れた。

「…ん?」

 補充しようとしたミスズが、前方に土煙が立っているのを発見した。


「んん…? おっちゃん、あれ」

 振り返って眼を凝らすと、馬車や荷車を引き連れた武装集団が、こちらに向かっているのだということが分かった。


「おっちゃん、あれエーリカとちゃう?」

 まさしくエーリカが、こちらに向かって走っていた。

 受付のときと同じ服を着て、武装集団の先頭を走っている。一見、武装集団に追われているようにも見えるが、普通に考えれば全員互助会なのだろう。


「エーリカが居るということは、あれは互助会の集団か?」

 ミスズが“フン”と鼻を鳴らした。

 緑の石の補充を躊躇っている間に、集団は指呼の間に近づいた。


 エーリカが右手を水平に挙げると、武装集団はその場に止まった。

 エーリカだけはそのまま俺たちに歩み寄る。

「シオン様、ミスズ様、これはどういう…」


 エーリカの声には、明らかに動揺が含まれていた。

「エ…!」

「た、助けてくれ受付さん!」 


「そうだぜ、こいつらが俺たちを殺そうとしてるんだ!」

 手を挙げて挨拶しようとしたが、ならず者にかき消されてしまった。

「ちょ…!」


「見てくれよエーリカ、仲間がボロボロだ!」

「ひでぇよ! 痛ぇよ! 助けてくれよ!」

 不味いことになったと思った。事情を知らなければ、どう見ても悪人は俺たちの方だ。


「ち、違うんだエーリカさん!」

「ロープを解いてくれぇ! 殺されるぅ!」

 人数は十対二である。論争になれば勝てないだろう。


 こういう状況を予測していなかったのは、迂闊としか言えない。

 ミスズさんを帰してあげるはずだったのに、こんな事ならあの場で。

 …いや、まだ遅くはない…!


「なぁ、受付さん! このふたりをなんとかしてくれよ!」

「………」

 俺の心が、最悪の方向に揺れようとした、そのとき。


「お黙りなさい! この痴れ者どもが!」

 エーリカの声が、空気を切り裂いた。

 あれだけ騒いでいたならず者たちが、シンと静まり返った。


「あなた方の不法行為は、すべて明白になっています。だからこそ、あなた方を捕縛するために向かっていたのです。これまで悪行の限りを尽くし、自由に生きたのですから、せめて断罪のときくらいは潔くなさい!」


 そう言い捨てて振り返ると、引き連れてきた武装集団に向けて、エーリカは頭を下げた。

「お願いします」

 エーリカについて来た集団は、ならず者を繋いだロープを俺から受け取ると、きびきびと縛り上げて、荷物のように荷車に積み始めた。


 その間に、俺は経緯を説明した。

「…いやー助かったよエーリカさん。やつらが俺たちのせいにし始めたときは、本当にどうしようかと思った」


「申し訳ないことでございます。まさか四級のシオン様が、一番簡単な洞窟に行かれるとは思っても見ませんでしたので、説明を失念しておりました」

「それくらい想像して説明せぇや。仕事やろんぐ…」

 慌ててミスズの口をふさぐ。


「解説本には五級以下推奨と書かれていたが、初心者で、しかもふたりだから、加減が分からなかったのだ。とりあえず今日は一番楽な洞窟に行って、その手ごたえで明日の行き先を決めようと思ってな」


「…そういうことでしたか。あの者たちは、以前からあの洞窟で不法行為を行っている疑いがありましたので、泳がせてあったのですが、本日やっと証拠固めができましたので、捕縛にむかうところでした」


「他に誰もいなかったのは、そういうことだったのか」

「まあ、新たな被害も出ませんでしたから、互助会としても良し。シオン様も経験を積めて良しということで、なにとぞ…」


「はは、は…」

 俺は力なく笑うことしかできなかった。

「それでは失礼いたします」

 言うと、エーリカは風のように街の方角に走り去った。


「…知ってるで。ああいうん、インギンブレーっていうんやろ?」

「無礼とまでは言わんが、…そんな言葉、よく知ってるな?」

「やっぱあの女、好かんわ! イーッ!」

 ミスズは顔を大きな×にして、悪態とともにエーリカを見送った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る