第16話 …あぁ酷い目に遭った…
風バイクに乗って、一番レベルが低い洞窟に向かう。テント住まいだった頃に街との往復で何度か乗ったので、俺もずいぶん慣れた。
風バイクとは、言うなれば風のカプセルである。
風の密度は、カプセル表面は高く、そこから離れるに従って低くなる。
この密度の違いによって、何かにぶつかってもやんわりと受け止めるため、俺たちが乗っている中心部にダメージを及ぼすことなく、ぬるりとかわすことができるのだ。
「風バイク、最初は怖かったが、慣れると快適なものだな」
慣れると快適どころか、“移動が楽なのは助かるが、立ったままなのは疲れる”とか思い始める。まったく人の欲望に果てはないな。
なお、これを風バイクと名づけたのは当然俺だが、本当なら子供の頃に好きだった“仮免ライダー”のバイク、“バサータ”にしたかったのだ。
どこかの言葉で“風”という意味らしいので、ちょうど良いとは思うが、なんとなく気恥ずかしかったので止めた。
「せやろ? 外の音が聞こえんのはアレやけど、中はめっちゃ静かやし、中で話してることも、多分外には聞こえんと思うわ」
この静粛性から考えれば、風バイクというより風車と呼ぶべきか。
なお、読み方は“かざぐるま”ではなく“かぜぐるま”である。
「なんでこんなものを作れると思ったんだ?」
「最初は困ったで。魔法が使えるんはじきに分かったけど、宵越の方は神様ぜんぜん教えてくれんし、石がジャラジャラ出るだけやし。まぁ、緑で怪我したり赤で火傷したり青で治したり、色々やってる内に。…まぁ偶然やね」
「ははは、ミスズさんも慣れか」
「ヒマと石だけは、ようさんあったさかいなー」
風バイクが切れたので、一度緑の石を補充した。それがもう一度切れそうになった頃、ちょうど洞窟前の広場に着いた。
ここの洞窟は土饅頭のような小高い丘の下にある。
丘には天辺以外は殆ど木が生えていないので、禿頭に剣山が載ったような感じだ。
ガイドブックによると、剣山部分の中央には古代人の墓があるらしいが、詳細は不明。古墳のようなものだろうか?
最低ランクの洞窟らしく、内部は一層で、比較的単純な構造となっているため、数時間で踏破できる。
出現するバケモノはヨートーク、チョーダなど。
広場には、仲間との待ち合わせなのか、ここで仲間を見繕うつもりなのか、十人くらいの男女がたむろしていた。
「あー、けっこギリギリやったな」
「まぁ、途中でちょい道間違えたしな」
「おっちゃんがなんじゃかんじゃ話しかけてくるからやろがい」
「贅沢な話だが、立ちっぱなしというのもしんどいな」
「ホンマ贅沢やな。歩かんでエエこと感謝し」
中身のない話をしながら、洞窟の入り口に向かう。
「おいおい、無視するなよおふたりさん」
たむろしていた連中のうち、髪を立てた男が歩み寄ってきた。
「別に無視はしとらんわ。用事がないだけや」
「見た感じ、ふたりで潜るつもりのようだが?」
髪立て男は、ミスズの棘を完全スルーして切り込んできた。
「洞窟は初めてなので、今日は浅いところを探ろうと思っている。四級なんだが、ふたりでは危ないか?」
「あー、四級か。悪くないねぇ。ここの最奥部まで行くならちょうどかな?」
振り返って、仲間たちのほうに歩き出す。最後に左手を挙げて髪立て男は言った。
「頑張ってねぇ~」
あの男が言ったことは解説本と齟齬はないので、嘘ではないようだ。
洞窟の入り口をくぐると、明らかに空気が変わった。カビと埃と腐臭の混じった、慣れの必要な臭いである。確かにこんな場所では食欲は湧きそうにない。
「…なぁおっちゃん、あいつらなんやろな?」
「…ミスズさんも怪しいと思うか?」
まぁ、怪しいと思わないわけがない怪しさだったわけだが。
「伊達に何年もひとり暮らししてないで」
「流石だな。ここを出るときは気をつけておこう」
さっきの連中について話しながら、俺たちは奥に進んだ。
地面は踏み固められ、ある程度平坦になっているが、壁面は倒れ込むと怪我をしそうなほどボコボコしている。
人が掘ったものではない、火山の風穴のような、いかにも洞窟という雰囲気の穴だ。
「ここが最低レベルの洞窟て、ホンマかいな?」
「かなりおどろおどろしいな。地面も歩きにくいし…」
その辺りに落ちていた棒に、赤い石をくっつけて光らせているので、灯かりはあるが、壁面の凹凸のせいで視界は良好とは言えない。
考えてみれば、バケモノが居る洞窟にホイホイ入ってしまったわけだが、こんなところ、治癒魔法がなければ絶対に来ない。
ミスズは治癒魔法が不得手らしいが、ないよりはるかにマシだ。
地球でも、医療技術が進歩していなかった時代の戦争など、内臓が傷ついたらまず助からないし、毒ならもっと簡単に死ねる。
まったく魔法さまさまだな。
「っつきゃあ!」
ドン!
突然叫んだミスズが、前方に向けて爆発モードの赤い石を投げた。
「お、おいミスズさん、どうしたんだ?」
「ななな、なんか居ったで?」
「ミスズさん、その“なんか”が人間だったらどうするんだ?」
爆心地に向かうと、何かの痕跡と少量のアプリが転がっていた。
幸い人間ではなかったようだ。
「ごめんな。気をつけるわっきゃあ!」
ドン! ドン! ドン!
再び赤い石を放り投げるミスズ。周囲でいくつもの爆発が広がる。
「ちょちょちょ! 何が居たんだよミスズさん?」
「分からん」
爆心地を回ると、痕跡とアプリが転がっている。
「おいおい、ちょっと落ち着け。赤い石は効率悪いから、前衛は俺に任せて魔法屋で魔法買ってくるって言ってなかったか?」
「ちゃんと当たってるやろ?」
「当たってるが、当たってるみたいだが!」
アプリが稼げるのは嬉しいが、激しくモヤモヤする。
「…何に当たってるんだよ?」
「そこぉ!」
ドン!
そんな調子で、ミスズの赤い石攻撃はその後も続き、アプリは稼げたものの、俺は活躍の機会を奪われっぱなしになった。
「そうか、分かったぞ。灯かりもなしで物陰に潜んでるやつは、バケモンか悪意のある洞窟探検者だから、人間だったとしても先制攻撃して問題なしってわけだな? そういうことだろう? ミスズさん!」
「なんやてぇ?」
恐怖のためか、ミスズはガンギマリな目つきになっていた。
ドン!
「違うのかよ! うわあぁ!」
「…あぁ酷い目に遭った…」
「ごめんて。ちゃんと治したったから、堪忍してや」
赤い石を前方に投げるということは、俺が爆発に直面するということだ。
至近距離で爆発を食らい続けた俺は、ケガは治してもらったものの、革鎧の下に着ていたスーツが丸コゲになってしまった。
「けど、なんでこんなに怖いんやろ? 合点がいかんわ」
「まぁ、初めての洞窟探検だからな。俺もスーツじゃダメだな。外にいた奴らみたいに、鎧の下に着る専用のヤツを買わなくては」
「また今度、アプリが貯まってからな」
会話を交わしながらも、周囲への注意は怠らない。
「一番簡単な洞窟で服がボロボロになるんやから、難しい洞窟へ行ったら、どないなるか分からんな」
「いやいや、キミがそれを言うかね?」
ベコちゃんのように舌を出すミスズ。か、可愛いじゃねぇか…。
「そこそこアプリも稼げたし、怖いし、今日はもう切り上げん?」
「そうだな。キミが言うならそうしようか」
入り口に戻るのは、爆発の痕跡を辿れば簡単だった。
「なんだか複雑な気分だが、楽でよかったと言うべきか。ううむ」
俺が先に洞窟から出ようとしたところに、入り口の影に隠れていた男が、思い切り剣を振り下ろした。
しかし、俺は出たと見せかけただけで、実際は出た瞬間に跳び退いていたため、その攻撃は空振りした。
「どきやがれ、この馬鹿が!」
空振りした姿のまま固まっているならず者を、鞘ぐるみの剣で力任せにぶん殴る。
ならず者は意味不明な叫びを上げて吹っ飛んだ。切れはしないが、かなり痛いだろう。
「んはは。やっぱりなんかあったな」
少し奥で立ち止まっていたミスズが笑った。
ならず者たちが、洞窟の入り口を半円形に取り囲む。
「不意打ちするようなヤツは、不意打ちが失敗した時点で諦めるべきだと思うが…。まぁ、諦めて逃げられても面倒だがな」
「ウチ頭脳労働やから、休んでてもええ?」
壁面にもたれて手を振るミスズ。
「ああ、ミスズさんは働きすぎだから、休んでいてくれ」
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