第15話 異世界のリアルを感じて、俺は息を飲んだ

「ちょ、まっ!」

 無言で剣を振るエーリカ。格闘ゲームのキャンセル技のように、剣の戻りが見えない。かわした直後に同じ方向から次の攻撃が来る。


 剣を抜く暇もない。

「なんでそうなるんだ!」

 無理な姿勢から抜いた剣は、見事に往なされて床に転がる。


 エーリカはゆっくりと木剣を俺の目の前に突きつけた。

「…参った」

 両手を挙げて降参し、床に座り込んだ俺に、ミスズが飛びついてきた。


「大丈夫かおっちゃん!」

 エーリカを睨む。

「ほら見てみい、やっぱコイツ、アカン女や! いきなり来るんはずっこいやろが!」


「…いや、ずるくはないぞ、ミスズさん。バケモンは襲ってくる前に予告してはくれないってことだ」

 ミスズの頭を撫でて落ち着かせたあと、エーリカに向いて問いかける。

「そうだろう?」


「はい。シオン様は四級…というところでしょうか。それで宜しければ登録いたします。不服であれば再試験を行いますが…?」

 エーリカの右手が、すうっと左腰に向かう。


 さっきはそれに気付かなかったが、気付いたからといって、どうにかなるものでもない。初撃はかわせても、その後は同じ展開になること必至だ。

「いや、それで構わない。…エーリカさんは強いんだな」


 登録係が試験官を兼任するのだから、これほど正確な評価もない。

「恐れ入ります。シオン様も、いずれ強くなられるでしょう」

「そ、そうか。ありがとう、心に留め置いて励みとしよう」

 エーリカはすっと眼を細めた。

 元相棒も、あちらの世界ではなかなかできる女だったが、戦いが日常のこの世界はレベルが違う。木剣で真剣、腰が入っていなかったとは言え両手剣をしのぐなど、よほどの実力差がなければ無理だ。


「シオン様、老婆心ながら申し上げます。両手剣は強い武器ですが、洞窟探検の際は、狭い通路ばかりでございます。そのような場所に限って、素早いバケモノが居るものです。そういったわけで、取り回しのよい片手剣もお持ちいただいたほうがようございます」


「そうだな。忠告ありがとう」

「なんやぁこの女! めっちゃ上から来るやん?」

「ミスズさん、よしよし」


 俺は、腕を振り回して暴れるミスズの胴に腕を回し、背中を撫でて落ち着かせる。

「それでは、登録料として五百アプリ申し受けます」

「五百! 採集の方は百やったやんけ! 五倍はボリすぎやろ!」


「狩猟と採集では危険度が違いますので。それと、登録料と申しましたが、供託金に近いものですので、生きて退会された際はお返しいたします」

 気になる文言に引っかかる。


「…生きて?」

「お亡くなりになっての退会は、互助会主催のお葬式を挙げさせていただきますので、その費用といたします」


 そう言ってエーリカが示した先のボードには、黒地に金色で名前らしき文字が書かれた、蒲鉾板位の大きさの板がたくさん貼り付けられている。

「あれが互助会在籍中に亡くなった会員の名前なのか?」


「はい。あの中にも、わたくしが登録した方々がいらっしゃいます」

 ふっと遠い目をするエーリカ。

 異世界のリアルを感じて、俺は息を飲んだ。


「…あの札の仲間入りしないように、せいぜい頑張るよ」

「…互助会入っとかな、後々危ないみたいやし。まぁしゃあないな」

 俺の顔を窺ったミスズは、黄色を五個、渋々カウンターに置いた。


「依頼に関しての注意点を申し上げます。四級免許の方は、四級以下の依頼しか受けられません。そして、入れる範囲は洞窟は浅層のみ、地上は地図の緑色の部分。地図は互助会規約解説書に掲載されております」


「もしも探検の範囲外に出てしまった場合はどうなる?」

「罰則などはございませんが、万一の場合、故意、過失問わず救助が出ることはありませんので、その場合はご自分でなんとかなさるか、諦めて餌か肥料になられるか…」


 おいおい、怖いからそこで溜めるな。

「いずれかをご決断ください。それから、依頼に失敗すると強制的に一級下げられてしまい、三十日間再試験はできません。その他詳しくは…」


「互助会規約解説書やろ? はよ出してや」

「互助会規約解説書、二十アプリでございます」

「まだカネ取るんかい!」


「こちらも、ご主人を洞窟探検で亡くされた…」

「未亡人の方々の生活費な! 分かってるわ!」

 ミスズは橙を二個、ばしんとカウンターに叩きつけた。


「そちらは少しだけカラーページもございますので、ご満足いただけるかと」

 俺たちが互助会を出る際、そう言ってエーリカは頭を下げた。

「ムキー! やっぱりあの女好かんわ!」


 地団駄踏みながら大通りを歩くミスズ。

「この大魔術師ミスズ様を子供扱いするかね?」

「まぁ言ってやるな。向こうも仕事なんだし」


「はぁあ? おっちゃんもおっちゃんやぞ! ちょっと綺麗な女やからて、デレデレしくさって!」

「デレデレなどしていないぞ。綺麗な人だとは思うが、関係ない。彼女の強さに敬意を表しただけだ」


 言葉を切って、俺はミスズに向き直った。

「それに、敬意ならミスズさんにも表しているつもりだが?」

 動きが止まり、大きな眼をきょろんと丸くするミスズ。ぽっと顔を赤くする。


「さ、さよか? …うへへへへぃ」

 ニヤけそうになる顔を両手で包み、気持ち悪い声を漏らしながら、ミスズはくねくねした。それをチョロ可愛いなと思った俺も、同じくらいチョロいのかも知れない。


 武器屋への道すがら、歩きながら洞窟解説書をミスズに読み聞かせることにしたが、当のミスズは未だに、幾分ご機嫌斜めだ。

「持っていくもの。武器と防具」

「当たり前やな。何しにいくつもりやねん。遠足か」


「松明などの灯かり」

「赤い石があるから要らんわ。松明なんぞ消えるし煙出るし、最悪や」


「火を通さなくていい食べ物。臭いがもれないように注意」

「洞窟なんちゅう空気の悪いとこで、メシ食う馬鹿が居るかいな」


「ところで、採集依頼というのは、あらかじめ依頼品を集めておいて受けてもいいのか? そうすれば失敗することもないが…」

「そんな悠長なコトしとれるか。依頼は早いもん勝ちやぞ」


「…ミスズさん、俺に当たるなよ」

「むーん」

 その後、エーリカの忠告通り、武器屋に寄って片手剣を買った。


 宝石どころか四角い穴も空いていない安物だったが、エーリカの言いなりになるのが気に入らなかったのか、ずっとミスズの機嫌は良くなかった。

 機嫌悪くなりついでに、防具の店にも寄った。

スーツと革靴で剣を振り回すわけにはいかないので、革の鎧と革の長靴を買った。


「…まぁ、裸の上に鎧を着るわけにはいかんから、結局スーツの上に着ることになるのか」

「なんか言うたか?」

「いや、なんでもない」


 革靴は下取りしてもらったが、あちらの世界の技術で仕立てられた、こちらの世界にとってはオーパーツとも言える品なので、結構高く売れた。

 ちなみに、どこで買ったものかとしつこく問い詰められたので、首都の最新流行だと答えて逃げた。首都の名前を知らないので、更に問われたら危ないところだった。


「必要なモンや言うても、えらい散財や。ウチらの滅亡まであと三十日分、あと三十日分しかないねん!」

 三十日分というのは借家の家賃のことであろう。


 赤い石は売れているようだが、現金もとい現アプリはまだ手元に入っていない。

 俺が来てからミスズの貯金は減る一方なのだ。

「洞窟で稼がんと、おまんまの食い上げやで、おっちゃん!」

「お、おー!」

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