第11話 “見つけました”だったんだ!

 入浴後、魔法石が俺に使えるかどうか試したところ、使えるには使えるが、火加減の調節は一切できないことがわかった。

 俺が使えないなら、多分街の人々にも調節はできないだろう。


「ウチが使うんなら、“ゆっくり燃えろ”とか“爆発せえ”とか、使うときに決めたらええんやけど、魔法使えんモンは、最初に決めた使い方でしか使えんのやな」

「そもそも、魔法石を作ることはミスズさんにしかできないのだから、魔法を使えるとしても、火加減調節ができるとは思えないな」


「ああ!」

 パチンと手を打つ。

「それもそうやな。ウチ凄いやん!」

 今更か。


「逆転の発想だ。使うとき決められんのなら、客が最も使いやすい設定に、ミスズさんが決めておいたらいいだろう?」

「それはそうやけど、それが難いやん。なんにしといたらええのん?」

「それは、アレだよ…」

 設定について口にしようとした俺を、ミスズが制した。


「おっちゃんちょい待ち! シカバネや!」

「しかばね? 動死体みたいなものか?」

 この世界は中世ヨーロッパ風だから、基本土葬だろう。

墓穴は手掘りだろうから、それほど深くは埋められていないと想像できる。

動死体は普通にいそうだ。

 トニカクとかならまだしも、人間の死体というのは気が滅入る。


「動死体? なに言うてんの、シカバネ言うたやん。鹿や、鹿!」

「…鹿?」

 俺が疑問を口にした瞬間、藪の中から大き目の塊が飛び出してきた。

それはまさに鹿だった。

 しかし、俺が知っている鹿と違い、後足が螺旋状になっていた。


「…これが、シカバネ?」

シカバネに対して剣を構える。

「…シカバネ…って、鹿発条だって? なんで日本…」

 気が逸れたのに気付かれたのか、シカバネが大きな角を翳して突っ込んできた。

考える暇くらい与えて欲しいぜ。


「おい、ちょっと待てよ!」

 剣を構えなおして、シカバネ目掛けてまっすぐ突き込む。

 正確にシカバネの心臓を貫いたものの、野生動物は心臓が止まっても少しの間は動くということを忘れていた。


 シカバネは剣が刺さったまま突進を続け、俺は角を頭に食らってしまい、相打ちで昏倒した。

「…ううむ、痛てて」

 気がついたとき、ミスズが俺の顔を覗き込んでいた。

 どうやら青い石を使ってくれたようだ。


「大丈夫かいな、おっちゃん? これで治らんかったら、街の治療師に行くしかないで?」

「ありがとう、どうやら大丈夫らしい。…あれ? 何か重要なことに気がついた気がするんだが、ミスズさん知らないか?」

「そんなん知るかいな!」

「だよな…」


 翌日、俺たちは街に行って広場で魔法石の使い方を披露し、大量の試供品をばらまいた。

 設定した使い方は“ゆっくり燃える”である。

 鍋に食材と一緒に入れれば、あとは放置しておくだけで煮込み料理ができるし、時間はかかるが百リットル程度の風呂も沸かせる。


 暴発などしていないことを祈りつつ、数日後にもう一度訪れてみたところ、俺たちはいきなり、薪の取り扱い業者数人に詰め寄られた。


「ゴルァ! ウチの商売の邪魔してんじゃねぇ!」

「はぁ? 別にウチらは薪売ってるわけやないし、ぜんぜん違うもんやし」


「ウチの商品と使い途がカチ合ってんだよ!」

「だからなんや? 営業努力くらいせぇや、ベロベロバー!」


「こ、こんな危なそうなモン、ばらまいてんじゃねぇ!」

「危ないってどこがや? 事故でも起こったんか? いつ? どこで? 何時何分何秒?」


「お、起こってねぇけどよ、便利すぎんだろ…」

「へぇえ、便利なもん売ったら怒られるん? 怖ぁ。バーリア!」


 薪業者とミスズのやり取りを聞いていて、俺は“やはりこの子は、小学生時代にこっちに来たんだなぁ”と、噴出しそうになった。

 しかし、いざというときにはミスズを護れるよう、注意は欠かしてはいない。


「あれ…?」

 そのとき俺は、ものすごい違和感を覚えた。

 今ミスズは、この国の人間と話している。

 つまりサルトーレスの言葉で会話している筈なのに、どうして話し相手の言葉まで俺に分かるのだろう?


 もしかしたらミスズは、俺にこの国の言葉を覚えさせるため、最初からこちらの言葉を喋っていたのか?

 いや、ミスズはずっと日本語で話していたはずだ。

 なぜなら、こちらの言葉は最初は分からなかった。

 そうだ。”あの女”が言った言葉も、最初は分からなかった。


「…分かったぞ! “見つけました”だったんだ!」

 と、俺からミスズに。


「ああ? なにを見つけやがったんでぇ木偶の坊がぁ!」

 と、薪業者から俺に。


「うっさいな! いきなり大声出すなや! えんがちょ!」

 と、ミスズから薪業者に。

 会話の三すくみ状態になってしまった。


「あーっ! せっかく新しい事実が判明したってのに!」

 俺は叫んで、ミスズを小脇に抱えて走り出した。


 路地に走り込んでミスズを下ろす。

「急にどないしたんや、なにを見つけたんやおっちゃん?」

「なぜかさっき、急にこっちの言葉が分かるようになったんだよ。こっちに来る直前に見た女は、“見つけました”と言ったんだ!」


「そういうたら、さっきも薪屋とこっちの言葉で話してたな。けど、なんでそんなことが急に分かったん?」

「…それが、急に分かったから分かったとしか言えない。さっきのミスズさんと薪屋の話もちゃんと分かった」


「なんやそれ! ウチがこっちの言葉覚えんのに、どんだけかかったと思うてんねん?」

「ど、どれだけかかったんだ?」

「ん…まぁ忘れてしもたけどもな」

「んが」

 忘れたのかよ! 


 とは言え、いきなり街に行って覚えるようなことはできなかっただろうし、ミスズというガイドが居た俺の場合とは比べられないな。

「けど、見つけたっちゅうのは、おっちゃんを見つけたってことやろ?」

 憧憬のまなざしで俺を見つめるミスズ。

「ちゅーことは、やっぱりおっちゃんは、こっちに呼ばれた人なんやな!」

 

「…だとしても、必要だから呼ばれたのだろうに、俺は未だになにもできていない。今やろうとしている魔法石販売も、呼ばれた目的からしたら恐らくズレている」

「なに言うてんの。手ぶらじゃ戦えんし、戦うんやったら準備いるやん? 準備にはお金がかかるやん? お金はなんぼあっても困らんやん? ほらな、なんの問題もあらへんわ」


 眼からウロコが落ちるとはこのことか。

「はは…。ミスズさんは凄いな」

「あ、今鼻で笑ったやろ?」

「違うよ。感心してるんだ。ミスズさんは本当に凄いよ」


 “ミスズさん”と、“さん”付けで呼ぶのは、最初は“一応この世界では先輩だし”という礼儀であったし、続けていたのは惰性のようなものだった。

 しかし今は、誰にも頼らず生きてきた少女に、掛け値なしの尊敬の念を抱き、心から敬称を付けようと思えるのだった。


 結局、魔法石の販売価格は、熱量換算で薪より一割程度高く設定した。

 薪より高くしたのは、魔法石が便利すぎるため、同程度かそれ以下の価格だと、薪業者と軋轢を生むことが眼に見えているからだ。


 というか、既に第一回戦は行われてしまったので、これ以上こじれないように、という願いを込めてのことである。

 そういったわけで、これについては薪業者と文書を交わすことにしたが、曲がりなりにも、文書が効力を持つ社会でよかった。


 ちなみに熱量換算は、同じ量の水を沸騰させるという方法で行ったが、外から炙る薪と、中から熱する魔法石では熱効率が違う。

 これはちょっとずるかったかもしれない。

 

「おっちゃん! いちいち街行ったり、ここ戻ったりすんのしんどいから、街に家を借りようや!」

 ふたりして川原で魚を捌いていると、ミスズがいきなり立ち上がって叫んだ。

 魚を握りつぶさん勢いで、鼻息も荒い。


「ちょっと待て、まだ魔石が売れたわけじゃないのに、そんなに先走ってもいいものだろうか?」

 長く続いていた会社が、新規事業に投資しすぎて倒産するのはよくあることだ。

「売ろう言うたんはおっちゃんやん」


 呆れ口調で答えを返したミスズは、途中から諭すような口調になった。

「大丈夫やて、絶対売れるって。自信持ちーな」

「結論を急ぐなミスズさん。魚や薬草の持込みを続けるのなら、ここに居たほうが都合がいいと思うが、これもやめるのか?」

 自分が下処理していた魚を、ミスズの前に示した。


「んー…」

 少し考えたミスズは、吐き出すように続けた。

「干物売っててもたいしたゼニにならんから貯まらんし、おっちゃん呼んだ人にも会えんやろ。こんなじゃ帰るんがいつになるか分からんやん。もう止めや。やめやめ」

 そう言いながらも、ミスズは俺から受け取った魚を手早く開いた。


「まぁ、そう言われればそうだな」

「安い家ならしばらくは大丈夫やから、その間になんとかしよーや」

「ミスズさんの意志が固いなら反対はしないが…」

「おっちゃんも、ガタイに似合わんと気にしぃやなぁ?」

 腰に手を当てて、大げさにため息をつくミスズ。


「呼んだ人こっちから探し回っても、見つけられるとは限らんやん」

 人差し指を立てて、俺に迫る。

「考え方を変えてみ? 変な二人組が妙なもん売ってるって有名なったら、向こうから来てくれるわ」


 ミスズが言っていることは分かる。

 分かるのに納得できないという気持ちの悪い状態なのだ。

「…すまんな。向こうではとりあえず殴り合うような生活をしていたのに、最近の弱気な言動は、自分でも変だと思っている。気にしても仕方のないことは気にする必要はないと分かってはいるが、つい…」


「うーん、全然分からんな」

 ミスズは考え込むように、顎に曲げた人差し指を当てていたが、思いついたようにピンと立てた。


「…ああ! 急に言葉が分かるようになったのと、関係あるんやろかな?」

「うむ。関係あるのかも知れんが、ないのかも知れん」

「弱気やなぁ」

 以前なら、薪業者との文書交付についても、こちらに非がなければ力尽くで黙らせていただろうに。やはりこちらに来てからの自分はおかしい。

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