第12話 結婚はしてあげられんよ?

 その後俺たちは、ラウヌアの街に家を借りた。

 いつもの入り口から入り、壁沿いに少し歩いたところにある、三階建ての集合住宅の一階、三部屋ほどの小さな物件だ。


 幸い敷金礼金管理費などは取られなかったので、ミスズの持ち金を叩けば、百日分程度の家賃になるらしい。

 基本的な家具付きの、木賃宿に近い物件を選んだので、新しく買った家具などはない。


 木製の寝台があるだけで蒲団はないし、隙間風が酷かったが、長らく川原のテント生活だったミスズは、屋根があってバケモノが出ないというだけで満足していた。


「ここがウチらの再出発の場所やで! もう後がないんや。パイスイノイシンてヤツや!」

 そう言っている間にも、椅子の上に胡坐を組んだミスズは、抱えた手桶に赤い石をジャラジャラ出し続けた。


「ああ、背水の陣だな。確かに、もう後がない」

 俺はそれを受け取り、数えて千個単位で皮袋に入れる。

「しかし、必ず売れるはずだ」


「えらい自信やん?」

「薪が育つには時間がかかるだろう? だから大量に使ってると、遠くまで取りに行かなくてはならなくなる。だから値段も高くなる」

 

 ラウヌアの周囲に森がないのは、畑にしたからという理由もあるが、木を伐り過ぎたからでもあるだろう。どちらが鶏で、どちらが卵なのかは分からないが。

「だいいち、薪はエコじゃないからな」

 赤い石の原理は不明だが、薪を燃やしてモクモク煙を出すよりマシだろう。…多分。


「エコ? エコってなんなん?」

「知らんのか? エコロジー。自然を大切にしよう、みたいな…」

「へぇ、そんな言葉あるんや。ウチはもしかしたら、エコノミックアニマルのことかなーとか思うたわ」


「いやいや、今どきエコでエコノミックアニマルは出てこないぞ?」

「そうなん? 新聞とかに出とらんかった?」

 この子は本当に、俺の知っている日本から来たのだろうか?


「それはそうと、結局、家賃はぜんぶミスズさんに出させてしまったな」

「気にせんといてや。魔法石売るの、おっちゃんが言い出したんやから、半分はおっちゃんの手柄やし。…それに、ウチのこと守ってくれるんやったら、なんぼでも養のうたるわ」


 相変わらずの突飛なミスズの言葉に、まったくヒモのようだと、俺は嘆息した。

 しかし、その次の言葉は、さらにぶっ飛んでいた。

「…けどな、結婚はしてあげられんよ?」


「けけけ?」

 俺は言葉を詰まらせた。

「結婚?」


「うん」

 頬を染め、いつになく乙女な顔を向けるミスズに戸惑う。

「ウチな、むこうにコンニャクシャおって。結婚、申し込まれててん」


「そ…」

 からくり人形のような動きになりながら、俺はなんとか言葉を搾り出した。

「それは、…帰りたいだろうな」


 帰りたい、絶対に死にたくないと言っていたのは、そういうことだったのかと得心した。

「うん…。帰りたい」

「…帰してやる! きっと俺がミスズさんを帰してやる!」


「んはは。あんがと」

 照れくさそうに笑うミスズ。

「けど、ウチだけやないで? おっちゃんも帰るんやで?」


「あ、ああ、もちろんだ」

 俺は、少なくともミスズだけは元の世界に帰してやろうと。

 そして、もしも自分も戻れたなら、絶対にその幸せ者の顔を拝んでやろうと、心に刻んだのだった。


「…しかし凄いものだな。その、魔法力の溜まり方というか、赤い石を作るスピードは…」

「それがなぁ、前はこんなにすぐに作れんかったから、ウチも驚いてんねん。なんや知らん、おっちゃんが来てからシャッとできるし、魔法力の溜まりもエエんよ」


 リズムよくグーパーする度に、“ヒュッ”という、空気がミスズの手のひらに集まるような音がして、五、六個の魔法石がこぼれ出る。

 確かにこの速さなら、あらかじめ作って皮袋に入れておくような手間はいらない。必要になったときに作れば、充分間に合う。


「よく眠れるようになって、寝不足が解消されたからだろうか?」

「そうかも知れんし、呼ばれた人と一緒におるからかも知れん」

「呼ばれた人とか言うなよ、ミスズさん。それはただの推測だ」


 苦笑いに、少量の照れ臭さが含まれた複雑な気分。

「んはは。けどまぁ、石がザクザクできるのはエエことやろ?」

 笑った後、ふと何事かに気付いた表情のミスズ。


「ところでおっちゃん?」

「なんだ?」

「溜まった分の魔法力を全部赤い石にするんはエエとして、今まで白い石にしてたんを魔法力に戻したほうがエエやろか?」


 白い石とは、頭に戻せる無属性の魔法石のことである。

 ミスズは、それを魔法力に戻してまで赤い石を作るべきかどうかを聞いているのだ。

「とりあえず、そこまでの必要はないのではないか?」


「ウチもそう思うわ。もったいないさかいな。それに、ジャンジャン石出してると、ギュンギュン魔法力増えてる感じするし、ちょっとやそっとじゃ枯れへんで!」


 ミスズが言うには、ジャンジャン使っていると魔法力の上限が上がり、溜まる速度も早くなるらしい。

 要するに、財布は大きくなっても、同じ時間でいっぱいになるのだそうだ。


「ははは、それは頼もしいな。溜まっている分で足りなくなるようなことがあれば、そのとき考えよう」

「ほな、そういうことで」


 ニコニコしながら石を出すミスズを見ながら、俺は不安に駆られる。

「…ミスズさんは石を出して、金稼ぎと魔法力アップができるが、俺はどんどん置いていかれる気分だ。まさか大の男が、ずっと石を数えているわけにもいかないだろうし、なにか俺にできる仕事はないだろうか?」


 一瞬手を止めたミスズだったが、ゆっくりと元の動きに戻しながら口を開いた。

「…そりゃまぁ、確かにそうやな。呼んだ人に会うたときに、“ずっと石を数えてました”って言うわけにもいかんもんな」


 なんて嫌な未来予想なんだと顔をしかめる俺をよそに、眼を閉じて腕を組み、しばし考え込むミスズ。

「…お金稼ぎなぁ。あんまし考えたこともなかったさかい、よう知らんのやけど」


 と前置きしたミスズは、人差し指を立てて続けた。

「この街でよくある仕事と言えば、まず、畑の警備やな」


「ああ、街の外の広い畑か。剣を持ったやつがあちこちに居たな」

「せや。仕事の時間は日没から夜明けまで。昼間は帰って寝てもエエし、その辺でゴロ寝しててもエエ」


「その辺でゴロ寝する理由は? 帰ればよくないか?」

「それはな、やっつけたバケモンはやったモンのモンやからや」

「なんだって? …つまり、警備中に出てきたバケモンをやっつけたら、ご褒美とか割り増し料金が貰えるってことか?」


 早口言葉のようなことを言われたので、確認のために平たくする。

「うんにゃ。割り増しとは違うけど、この辺りにはバケモンがようさん居てるから、そいつらぶち殺して皮とか剥いだら売れるんや。せやから、あそこでゴロ寝してる連中は、作物狙いで昼間に出てくるバケモンを待ってるわけやね」


「ミスズさん…、女の子がぶち殺すとか言っちゃダメだ」

「んはは。おっちゃん意外と硬いんやなぁ」

「…あれ、俺はなんでそんなことを言った?」


 口を衝いて出てしまった言葉に戸惑う。

「はぁ?」

 ミスズが不思議に思ったのは当然であるが、俺自身不思議に思っているのだから説明できない。


「いや、話を続けてくれ…」

「んぁ、ああ。えっと、畑の警備の話やったな。この辺りの畑の持ち主が、全員で揃って互助会に頼んでるさかい、畑はめっちゃ広いんや。せやけど、仲間もいっぱい居るから割と安全やし、一晩で百アプリ以上は堅いらしいで」


「ふむふむ。それいいな、候補に入れておこう。…他には?」

「あとは洞窟探検やな」

「洞窟探検などというものもあるのか! 少年心が浮き立つ言葉だ」


 “洞窟”も“探検”も、男に刺さるパワーワードである。

 それがセットになっているとくれば、身を乗り出さずには居られない。

「少女心はそれほどときめかん言葉やけどなぁ」


 ミスズはやれやれといった風に首を振り、後を続けた。

「洞窟やからな? 防空壕みたいなちゃちいモンやのうて、バケモン居るし、どこまで続いてるか分からんヤツとかあるんやからな?」


 ミスズの注意も聞き流し、俺はウキウキしながら手を挙げた。

「しかしミスズさん! そういう穴は、いったん目ぼしい物を取り尽くしてしまえば、後はただの暗くて汚くて危ない場所でしかないのではないか?」

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