第2話

 勝手口の軋む音だけが、静寂に包まれたログハウスに響く。伊吹と雪花は、お互い相手を不安にさせないため、恐怖を悟られまいと、固く口を閉ざしたまま部屋へと戻った。

しかし、共有する恐怖は、二人を否応なく近づける。

「雪花……一緒に寝よ……」

 伊吹は、普段の快活さから見えないほどの弱々しさを見せながら呟く。

「そうだね……一人じゃ不安だもんね」

 伊吹のベッドに、雪花がそっと潜り込む。暗闇の中、伊吹の腕が雪花の小さな体を包み込む。それは、暗黙の了解であり、互いを求める心の表れだった。

(伊吹、ぎゅってして……)

 雪花の小さな願いが、伊吹の心を溶かす。言葉はなくとも、その願いは深く理解された。伊吹は、雪花の体をさらに引き寄せ、優しく抱きしめた。

 重なり合う吐息、鼓動。それは、恐怖を凌駕する、温かく、甘い共鳴。二人の心は、静寂と闇の中、深く結びついていく。


 薄明かりの中、伊吹は浅い眠りに落ちていた。雪花の寝息は規則正しく、深い眠りを物語っていた。恐怖で疲弊しきった心身を、温かなベッドと互いの存在が優しく癒していた。まるで、嵐の前の静けさのように、平和な時間が流れていた。

 その時、静寂を破る轟音。鈍く重い衝撃音が、窓を叩き割り、ログハウス全体を揺るがした。それは、巨大な獣が突進してきたかのような、あるいは、誰かが斧で窓を叩き割ったかのような、恐ろしい音だった。

「な、何!?」

 伊吹は反射的に身を起こし、隣で眠る雪花を揺り起こす。突然起こされた雪花は、すぐには状況が掴めなかったようだが、伊吹の尋常じゃない様子に何かが起きたことを理解する。雪花の瞳には、恐怖の色が浮かび、唇はかすかに震えていた。暗闇の中、雪花の白い肌が青白く浮かび上がり、まるで幽霊のようだった。

「伊吹……怖い……」

 雪花の小さな手が、伊吹の腕にしがみつく。その冷たさに、伊吹は現実を突きつけられる。恐怖は、まだ終わっていなかったのだ。二人は恐怖に身を竦ませながらも、互いを見つめ合い、無言のうちに決意を固めた。まるで、お互いの存在だけが現実であるかのように、しっかりと手を握り合った。

 ゆっくりとベッドから降り、リビングへと向かう。床板がきしむ音さえ、不気味な静寂の中で異様なほどの大きさに響く。心臓の鼓動が耳元で高鳴り、息をするのも困難に感じるほどだった。額には冷たい汗がにじみ、手足は震えていた。

リビングのドアに手をかけ、ゆっくりと開ける。


 リビングのドアが開いた瞬間、伊吹と雪花は息を呑んだ。数時間前まで穏やかだった空間は、まるで嵐が吹き荒れた後のように荒れ果てていた。大きな窓ガラスは粉々に砕け散り、床には無数のガラスの破片が散乱している。重厚な原木のテーブルは、まるで玩具のようにひっくり返され、椅子は壁に叩きつけられたかのように無残な姿になっていた。

「きゃあああ!」

 雪花の悲鳴が、静寂を切り裂く。恐怖が頂点に達した瞬間だった。伊吹は反射的に雪花の口を塞ぎ、彼女を抱きかかえるようにして階段を駆け上がった。雪花の身体は小刻みに震え、その震えが伊吹の身体にも伝わってくる。二階の部屋に飛び込むと、伊吹はドアを内側から鍵をかけ、部屋の隅へと身を寄せた。

「大丈夫、雪花。もう大丈夫だから……」

 伊吹は雪花の背中を優しくさすりながら、必死に落ち着かせようとする。しかし、自身の心も恐怖で張り裂けそうだった。一体何が起こったのか、何が彼女たちを襲ったのか。思考が追いつかない。

 雪花の震えは止まらない。その瞳には、恐怖と不安が入り混じった複雑な感情が渦巻いていた。伊吹は、そんな雪花の頭を自分の胸に引き寄せ、優しく抱きしめた。

「怖いよね、雪花。私も怖いよ。でも、一緒にいれば大丈夫。私が守るから……」

 伊吹の言葉は、雪花の心にわずかな安らぎをもたらした。二人は身を寄せ合い、互いの体温で暖め合いながら、夜明けを待った。恐怖と不安で眠れぬまま、二人は震え続け、夜が明けるのを祈った。窓の外では、先程まで吹いていなかった風が一晩中吹き荒れていた。まるで、二人の恐怖を煽るかのように。

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