第5話 生計
ボルドリア市はエーテルランド王国と隣国シダルツ公国の国境線上に位置する自由自治都市である。市街地以外の領土は無いが、交易・商工業により市民は豊か。税収だけで街の統治は賄えていた。
クロノ、ナハト、ハリオストラの三人がやって来たのはそんな街であった。市門は咎められる事も無く難なく通りすぎ、今は街中の適当な食堂に入って腹ごしらをえしていた。夜には酒場にもなるのだろう、大きな食堂であった。テーブルは半分がた埋まっている。
「……ところでさっき、通りの掲示板に私達の人相書き付きの手配書が貼られてましたよ」
「「……っ!?」」
先に食事を終えて一息ついているハリオストラがいきなりとんでもない事を言い出したので、まだ食べていたクロノとナハトは思わずむせそうになった。
「ヤ、ヤバイんじゃない……?」
「い、良いんですか? こんな所で堂々とご飯食べちゃってて……」
「大丈夫ですよ。このボルドリアは中立都市、エーテルランドと犯罪者や亡命者の引き渡し協定はありません。もっとも私達を捕まえた功績を手土産に、エーテルランドからの恩賞や仕官を目論む輩が居ないとも限りませんので、そこは警戒しないといけませんが……」
「差し迫った危険は無いって訳ね……ちょっと安心したわ。けど、そうなるとぉ……」
自然に消えていったクロノの言葉を引き継ぐようにナハトが言った。
「……これからどうするか、ですよね。こういう場合、やっぱり元の世界に帰る方法を探す……ってのが王道じゃないですか?」
「いやぁ、私はちょっと思うんだけどさ……あんな世界にまた戻った所で、大した未来あるとも思えないし、逆にこのままこの世界で生きていくってのも悪くないかなぁ……とかも考え始めちゃってんだよねぇ」
「永住するパターンですか……クロノさんは元の世界に家族や友達や待ってる人とか居ないんですか?」
「そりゃあ居ない訳じゃないけどさ……けど、人間、家族や友達とだっていつかは別れて、自分の人生歩んでく訳じゃない。その時その時で親しい人や頼りになる人はあれね……ナハトはどうしたい?」
「僕は帰りたいです。まだそこまで達観してないですから」
そこは年齢もあるのだろう。二人のやり取りを聞いていたハリオストラは言った。
「……どうするにしても、しばらくはこの世界で生きていかないといけませんから、やる事は一つしかありません」
「「何……?」」
「お金を稼ぐ事です。お城を出た時点ではまだ暖かかった私の懐具合も次第に涼しくなって参りました。恐らく私達三人が、健康で文化的な最低限度の生活を送っていきたいと思えば、約一月後には私の財布は空っぽになります」
◇ ◇ ◇
……という訳で三人は仕事を得にギルドへとやって来た。掲示板には無数の仕事や求人の貼り紙がしてあるが、クロノとナハトは呆然と立ち尽くしてしまった。読めないのだ。
「参ったなぁ……字がまるで解らない……」
「あぁ……そうでした、そうでした……」
ハリオストラは気付いて、まずクロノの目を手で覆い、何やら呪文のような言葉を囁いた。
手がよけられるとクロノの視界は一変していた。それまでは虫の這った痕ぐらいに無意味なものにしか見えなかった模様が、全て意味のある言葉として読み取れるようになっていたのだった! ハリオストラはナハトにも同じようにしてあげた。
「凄いねぇ! 助かったよ」
「まずは読み書きから始めなきゃいけないのかと思った所でしたが……ありがとうございました」
「いえいえ……ただし、私から一定距離以上離れてしまうと魔法の効果が無くなりますのでご注意くださいね」
そうそう都合の良いものでもないようだ。
「なるほど、そんな制限があるんですね……じゃあ三人一緒に出来る仕事を探さなきゃあな……」
「読む必要無い仕事なら良いんじゃない? 私あっちで飲食店のバイトしてたから、それ系の探すわ。一定距離って、この建物の中ぐらいなら大丈夫なんでしょう?」
「それぐらいでしたら何の問題もありませんよ」
「じゃ、私ちょっと探してくるから……ありがとね」
そう言うとクロノは手を振って行ってしまった。その背中を見送りながらナハトはつぶやく。
「……クロノさん適応早いなぁ……あの人たぶん何だかんだ一人でもこの世界生きていけそう……さて、僕はどうしようかな」
「ナハトさんは、前に居られた世界では、何かお仕事はされていなかったのですか?」
「してませんよ。○学生ですもん。法律で子供が働く事は禁じられてましたから……」
「そうでしたか……それは何とも厳しい世界だったんでんすねぇ……」
「はあ……?」
「……ですが、その前の世界の常識はもうお捨てになって大丈夫ですよ。ここでは子供も立派な労働力ですから」
「な、何て厳しい世界なんだ……」
「はあ……?」
「気を取り直して……ハリオストラさん、僕みたいなガキンチョでも出来る仕事ってありますか?」
「別に何だって出来ますよ。あなたが行きたいと思った方へ進めば、道は自ずから開けます……と本来なら言いたい所なのですが、年長者としては助言を求めてきた若者へ行く道を指し示してあげるのが人の道……じゃあナハトさん、冒険者しますか」
「えぇぇ……っ!?」
よりによって一番向いてなさそうな仕事だ……とナハトは思った。
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