第4話 逃亡中

 ナハト少年は夢を見ていた……。夢の中で彼は、何かやわらくて温かいものに包まれていた。具体的な形ある何かではない。あえて言うとすれば「大いなる安心感」とでもいったものの象徴のような……だがそれだけではないような気もする……そんな何か……


「うぅ~ん……?」


 彼は目覚めた。最初に認識したのは……前後をやわらかい何かに挟まれている事……人の肌の感触……すべすべしていて気持ちが良い……心なしか良い匂いもする……それから視界いっぱいの、ただ一面の肌色……


「あ……お目覚めになりましたか?」

「……?」


 声がしたのでナハトは顔を動かして自分の状況を確認する。何と、その肌色のものとは宮廷魔導師ハリオストラの乳房であった。彼は彼女の胸の谷間に顔を埋めて寝ていたのだった。


「なぁんだ……おっぱいだったのかぁ……」


 逆側にはクロノが、ナハトの後頭部に胸を押し付けるような形で横になっている。彼女の方はまだ眠っているようだ。つまりナハトは二人の爆乳に頭を挟まれていたのである。羨ましくてならないと思われるかも知れないが、幸か不幸かナハトはまだ性に目覚めてはいなかった。ちなみに三人が横になっていたのは干し草の上。


 ……そこはある農家の納屋であった。昨夜、あの城を脱出した三人は夜陰に紛れてかなり遠い所にまで移動、たどり着いた村の農家に食事と一夜の寝床を求めたのだった……。


 ……という訳で幸福な時間(?)はおしまい。日は既に高く昇っている。今は午前十時くらいか……。これからどうするか、どうやって安全な所まで逃げるか考えねばならない……。


 ◇ ◇ ◇


「……あのお姫様やお城の兵隊達、どうしたかなぁ? 朝になって私達が居なくなってるのに気付いて……」 


 クロノはふとつぶやく。ちなみに今三人は隣国(現在戦争中のガロディア帝国とは別の中立国)へと向かう街道を歩いていた。逃亡中の身の上でそんな目立つ場所をウロついていて大丈夫なのかと思われるかも知れないが、あの後、納屋を貸してくれた農家に朝ご飯をもらって腹ごしらえし、ついでに旅人らしく見える目立たない衣服も調達してきてもらったのだ。もちろんタダではない、ハリオストラがまとまったお金を持っていたのである。


「……今ごろ必死で私達を探してるかな? それとも生け贄の儀式無しで戦い始めちゃったかな……?」

「分かりませんね……しかしいずれにせよフェリザベータ様なら何とか上手くなさるでしょう」

「へえ……信用してるんだね」

「ええ、私、姫様の家庭教師でもありましたので、御幼少の頃より魔法やその他王族として必要な色々な知識や技能を教えて参りました……」

「そんなご関係だったのに、僕らのせいで……申し訳ありませんでした」

「……いえいえ、あの御方は今や身も心も立派に国の舵取りをやっていけます。もう私が居なくても大丈夫でしょう…………それに、こちらの理由の方が深刻なのですが、廷臣達の一部には『私が教育係から寵臣の立場に収まって、姫様を操って国を好きにしようとしている』などと言っている連中もありまして……」

「へぇ~……疑心暗鬼か、嫉妬かな……イヤなもんだね」

「……そんなこんなで窮屈な宮廷暮らしに嫌気が差していた所だったのです。良い機会でしたよ。……あ、ほら。そんな事を話している間に見えてきましたよ、国境の街ボルドリアです」


 ハリオストラが指差した方に目をやるクロノとナハト……見ると、行く手に城壁に囲まれた街が見えてきた。

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