第3話 脱出

「……どうして、こんな事に……」


 クロノは頭を抱えながら言った。傍らには少年もいる。

 ここは城の地下の牢屋。二人は明日の朝に生け贄として捧げられるまで、ここに閉じ込められているのだった。オマケに「こんなのマンガでしか見た事が無い」というようなゴツい鉄の手錠と鉄球付きの足枷もはめられている。

 ちなみに、さすがに今は衣服が与えられていた。服というよりは、ほとんどボロボロの布切れと言った方が良いようなシロモノだ。クロノの豊満な肉体にはやや布面積が少なすぎるようで、ほとんど水着か下着同然……すなわち、本当に必要最低限の部位しか覆い隠せていない。全裸よりはマシといった所……いや、半端に隠されている分、ある意味全裸よりエロチックかも知れない。


「……あの、ちょっと僕、思ったんですけど……」


 少年(幸か不幸か、まだ女性の体というものに興味が無いようである)が口を開いた。


「……何? ひょっとしてこっから脱出する手立てでも思い付いた?」

「いや、そういうのではないです、ごめんなさい……でね、思ったんですけど、こういう召喚って普通、一人だけ異世界に飛ばされるのが、スタンスっていうか、トレンドっていうか、スタンダードなパターンだと思いませんか?」

「何で突然横文字使いまくってくんのよ……けどまあ確かにそうね。……て事はさ、召喚された時、私とアンタはすぐ隣同士に立ってたでしょう。つまり、召喚されたのはどっちか一人だけで、もう一人は巻き添え食ったって事じゃない……!?」

「その可能性はかなり高いと思うんですよね」

「じゃあ、あの姫様が言ってたイケニエってのは、どっちか一人だけって事だ!」

「そう!つまりどっちかは死ななくて良いって事になるんです!」

「……呼ばれたの、アンタなんじゃない?」

「どうしてそう思うんですか?」

「何となくよ」


 クロノは断言した。少年は反論する。


「根拠も無く決め付けるなんて酷いじゃないですか。お姉さんの方かも知れないのに」

「何でよ?」

「年齢的に……とか……?」

「何よそれ!? アンタだってほぼ根拠無しに近いじゃん!きっとアンタよ、死ぬのは!」

「お姉さんですよ!」

「……」

「……」


 ……この場でそんな言い争いをしても事態は何も進展しない。無駄に気力と体力を消耗するだけである。二人ともすぐにその事を悟って黙った。


「そういえば……」


 クロノはふと気付いて少年に言った。


「……まだお互いの名前も知らなかったわよね。私は黒野クロノ、アンタは?」

「そういえば混乱続きで自己紹介なんてしてる場合じゃなかったですもんね……僕は月野ナハトと言います、よろしく」

「ねえナハト、どっちが本当に呼ばれたのかは一旦置いといて、ここは手を組まない? 二人で協力すれば、何とかここから脱出出来るかも知れない……」

「そうですねクロノさん。それが良いですよ……で、どうします?」

「私が急に体調悪くなったような演技をするから、アンタは大声で助けを呼んで。見張りの兵隊が駆け付けて来るはずよ」

「大事な生け贄の身の上に儀式前に何かあったら大変ですもんね……それで?」

「何とか武器を奪って……人質に取って……それから、逃走用の馬車か何か用意させて……」

「そんなに上手くいくかなぁ……?」

「そんなのやってみなきゃ判んないでしょ。このまま黙って殺されるのを待ってるよりずっとマシよ」


 そんな事を話し合っていると、何やら足音が近付いてきた。二人は慌てる。


「……何っ!? まだ何もしてないんだけど」

「……あ!ひょっとして儀式の時間が早まったとかじゃないですか?」

「そんなぁ!? もう本当に終わりなのぉ!?」

「落ち着いてくださいクロノさん、予想を言っただけです……」


 だがその足音は複数人ではなく一人だけのようであった。それもどうも兵隊のようではなさそうだ。では誰だろう……足音は二人の牢の前で止まった。女性の声がした。


「……起きておられますか?」


 こんな状況で眠れる訳が無い……。それはともかく、辺りは薄暗くてその姿ははっきり見えなかったが、そこに居たのはどうやら先ほど二人を召喚した宮廷魔導師のハリオストラと呼ばれた女性のようであった。


「な、何よ?」

「お助けに参りました」

「えぇっ!?」

「どういう事?」


 訳が解らないといった様子の二人に、ハリオストラは懐から鍵を取り出して、牢の扉を開けながら話し始めた。


「……いやあ、姫様のご命令とはいえ、自分で召喚しておいて何なんですがね、私も内心では疑問に思ってはいたのです。いくら神様のお告げとはいえ、戦いに勝つために罪も無い人の命を奪うなんて、やっぱり気が引けますよ。それに神憑りになった神官殿が口にされる『御神託』というのも、実質的にはほぼ意味無いようなものですし……」

「「そうだったの!?」」

「……要は集団暗示というか、一種のパフォーマンスですね。もちろんその意味は認めますけど……。ですが、要は皆がその気になりさえすれば何だって構わないんですよ。わざわざ残酷なショーをやる必要はありません。それで、お二人をそっと逃がして差し上げようと……」

「そ、それは有り難いけど……でもアンタはどうなるの? 私達を逃がした事が姫様達にバレたらマズいんじゃない?」

「そうですねぇ……では、このままお二人とご一緒に雲隠れといきましょうか……実は私、こう見えてもう150年以上も宮廷魔導師としてエーテルランド王宮にお仕えさせていただいておりましたが、そろそろ自由の空気が恋しくなって来ていた所だったのです。フェリザベータ姫様とも御幼少の頃からのお付き合いで、本来は悪い御方ではございませんが、良い機会です。おいとまさせていただきましょう」


 そう言って、どこか吹っ切れた笑みを浮かべるハリオストラ。見た目はどう見ても20~30代にしか見えないが、本当は何歳なのだろうか……?


「さあ、行きしょう。見張りの兵達は魔法で眠らせておきましたから、しばらくは目覚めません。その間に出来るだけこの城から遠くへ逃げましょう」

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