恐山学園都市荒夜連

第146話 恐山学園都市荒夜連 一

 恐山おそれざん学園都市荒夜連こうやれん──


 ボールに妖魔を封じ込めて、それを使役して戦うイタコたちを養成するための施設だ。


 この学園都市の成立には、当時の東北の状況と、一人の天才が大きくかかわっている。


 かつて東北地方で『百鬼夜行の乱』というものが起こった。

 これは妖怪どもが人間たちを追い出して東北地方を自分たちのものにしようとして起こった乱であり、当時の大名家の連合によってどうにか収められた。


 妖怪というのは関東平野以南において『妖魔』と呼ばれる存在とほぼ同一のものなのだが、地域性なのか、『妖魔』とは細かな差異がある。

 妖怪の多くはというのか、それぞれに個性や癖があったり、奇妙に『生きている感じ』があったり……

 妖魔の多くは人の言葉をしゃべらず、また、知性も獣並みと言われているのだが、東北地方における妖怪はしゃべる者が多数派であり、ただ単に『人を害する存在』と画一化して語りにくい、様々な個性があった。


 一例として『やたら人を中に入れようとするし、中に入れた人は一生出ることができないのだが、出ようとさえ思わなければ快適に暮らせるマヨイガ』、『家に勝手に住みつくのだけれど、家にいる間は家人に害を成さず、それどころか家人の幸福のために能力を使う座敷童』などが存在する。


 妖魔というものがそもそも『人類の敵と認定された結果、神威かむい生命体になったもの』なので、ある程度の知性や力を持つ者が、妖魔になる前のように思考・行動をすることも多い。

 妖怪はどうにもそういう類であるのではないか、と思う者もいる。


 ゆえにこそ、そういった妖怪どもに同情し、妖怪どもを愛した者もいた。


 荒夜連創始者がうち一人、マサキもまた、『妖怪どもを愛した者』であった。


 マサキという少女は敗北し恐山のに追いやられた妖怪どもを憐れみ、どうにか彼らが安住の地を得られないかと考えた。

 彼女はそういった意思と、才能があった。


 術式開発の天才──そう呼び称されるマサキは、様々な術式を開発する。

 荒夜連が今日こんにち、メイン装備として使っている『妖魔を捕らえるボール』、その中の結界である『疑似極楽衆生しゅじょう一切安寧あんねい曼荼羅まんだら』などもマサキの開発であった。


 とにかく妖怪・妖魔にも願いがあり、譲れないものがあり、彼らは人間との生存競争に敗れはしたけれど、恐山のに永遠に閉じ込めておくにはあまりにもかわいそうだ──そういう考えのもと、マサキは妖怪たちの安住の地を生み出そうと奮闘したのである。


 その、妖魔を捕らえ使役する術具などが出来上がり、妖魔が人間同士の戦いに利用されることになったのは、マサキとしては計算外、予定外であった。


 彼女の願いは


 百鬼夜行の乱によって人間に敗れた妖怪ども。

 それらが封じ込められたのが恐山だが……


 クサナギ大陸有数の霊場である恐山は、極楽や地獄への門がたまに開く。

 つまるところ、神威生命体であるがゆえに殺し切ることが難しい妖怪たちを、恐山で開く『あの世』への門を利用して、というのが、百鬼夜行の乱のあとの、妖怪どもへの扱いだったのだ。


 しかし妖怪へ同情的なマサキは、『そんな酷い仕打ちをされるのはかわいそうだ』と思った。

 とはいえ東北地方に妖怪たちが安心して暮らせる土地はなく、妖怪の安住の地を認めさせるために必要な武力もマサキの手にはなかった。


 だからこそ、と彼女は考える。

 その方法の一つとして生み出されたのが疑似極楽衆生しゅじょう一切安寧あんねい曼荼羅まんだらなどだったのだ。


 この天才性は、マサキの意図せぬ方向で評価され、彼女が妖怪たちの安寧のために作り上げた術式は、人同士の争いのために使われるようになった。


 そういった流れの中で、術式開発の天才・マサキは次なる『妖怪救済』のためのアプローチを考える。


 疑似極楽衆生しゅじょう一切安寧あんねい曼荼羅まんだらで地獄をまるごと極楽にするのは、術式の出力が足りない。

 さりとて妖怪たちを地獄から出しても、彼らにはこのクサナギ大陸に住む場所がない。


 なのでマサキの次のアプローチはこうだった。


 


 妖怪と人という二者に別れているから争いが起こり、棲家の奪い合いが起こる。

 であればそれら二つを同一存在に統合すれば、争いなど起こりようがない──


 狂った思い付きであった。

 だが、マサキにはその思い付きを実現する能力があり、そして、出来上がったばかりの荒夜連ビハインダー・ユニオンはマサキにさらなる力を開発するように求めていた。


 そこでマサキは、『妖怪を使役するのではなく、妖怪の力をその身に宿すことでさらなる力を得ることができます』と発表。

 そうして、まずは荒夜連を妖怪人間たちの学園にし、それを足がかりに東北中を妖怪人間の地域にしようと思った。


 ……の、だが、さすがに『人間に妖怪を融合させます』というのはおぞましすぎたので、マサキはその術式の開発を承認されなかった。


 ここで表向きは引き下がったマサキであったが、彼女はこのたびのやりとり、そして、今まで自分の術式が兵器転用され続けてきたことから、を得るに至っていた。


『人間、嫌い』。


 マサキは妖怪を愛していた。愛していた。

 普通の妖怪好きは、人間が好きなのは前提として、人間を害するほどでないならば、妖怪を好ましく思う、という程度のものだ。


 だがマサキ、気付いてしまった。


 妖怪たちを救うためならば、と。


 彼女の優先順位は無意識のうちに始めから妖怪を人間より重んじており、数々の技術転用と、今回の融合案の否決が、彼女自身知らなかった『人間と妖怪、どちらを重んじているのか』という疑問に答えを出してしまった。


 ……あるいは、自分の開発した技術が、目的とまったく逆のことに当たり前のように転用され、誰もがそれを自然であると思い込んでいるみたいなことを繰り返された結果、最初は『普通』だった人間のことを『嫌い』になってしまったのかもしれないが──


 ともあれマサキは、妖怪との融合を断行した。

 その最初の被検体は、自分であった。


 融合を選んだ妖怪こそ東北百鬼夜行の乱における幹部の一人。

 連合大将ぬらりひょんの下で動き、多くの人間を狩った──


 雪女。


 そうして雪女と融合したマサキは、得た力を用いて東北地方に再び百鬼夜行を起こすべく活動を開始した。

 が、当時の荒夜連が総力を挙げてこれの討伐に成功。

 しかしマサキはすでに妖怪となっていたため倒し切れず、恐山の──すなわち地獄に封じ込められることとなった。


 ……だが。


 恐山はクサナギ大陸有数の霊場。

 


 マサキは地獄と恐山がつながるたびに、どうにか外に出て人妖融合を成し、妖怪たちの楽園を作ろうと活動する。


 その封印を守ることこそ、荒夜連の使命となった。

 そうして長らく、マサキは地獄から出ることができず、門が開くたびにちょっかいをかけてくる程度のことしかできない状態にされていた、が……

 ……しかし、現代。


 


 ゆえにこそ荒夜連の乙女たちは全力でもってマサキを地獄に叩き返すべく戦い続けているのだった。

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