第145話 一方そのころ 四

「待って待って待ってもう無理ゲロ吐く無理無理」


 その優美なる声の持ち主こそ夕山神名火命ゆうやまかむなびのみこと


 御年十二歳にして四半世紀どころか半世紀も年齢が離れた男からさえ妻にと望まれ、先ごろ起こった帝都騒乱においては狼藉者のうちおおむね半数以上の犯行動機ともなったお姫様オブお姫様である。


 そのお姫様、現在──


 ──関東平野を爆走中であった。


「路面が悪い路面が悪い。揺れるって! 半端じゃないよコレ! どうしてこの人急いでるの!?」

梅雪ばいせつを追ってるからなんだよ?」


 もちろん自分の足で走っているわけではなく、アシュリーのく騎兵車に乗っている。

 同乗者は以下の二人。


 まずはこの爆走の発起人とも言える少女。

 銀髪を七つ結びにし、袖が長く丈が短い白い着物を着た、見た目年齢十歳未満の女の子。

 ただしその実年齢は数百歳。一度ロックオンしたら所持しなくても勝手に持ち主と定めた相手のところに押しかける呪いの武器と評判。

『あらゆる神の加護スキルを無効化する』神器剣アメノハバキリ。


 そしてもう一人。

 夕山が行くならどこへでも行く。夕山の護衛をライフワークとし、ケガの療養もそこそこにまた救護室を抜け出して随伴。メガネをかけリクルートスーツ風和服に身を包んだククリナイフ使い。

 よく『真面目そう』と思われるが最近色ボケが発覚し始めたこの女性こそ、夕山神名火命筆頭護衛。ムラクモ。


 そして騎兵車を曳いているので外にいるアシュリーと、人数に含めないとアシュリーが拗ねるのでカウントする時は人数に含められる──


 そこに夕山を含めた合計五名(うち一名は機工甲冑)、氷邑梅雪を目指して関東平野を爆走中であった。


 帝都最新鋭トレンドの旅装である、ワイシャツの上に着物を着て袴をはき、マフラーなどつけ傘にカバン(いい身分の人は従者随伴が当然なので、従者が持つ用の硬くて重い四角いカバン)といった装備の夕山、駅のホームなどにいれば『大正の乙女』などのタイトルで絵画にでもされそうなほど様になっている。


「いえあの急いでる理由は知ってるっていうか、この『なんでそんなに急いでるの?』っていうのはRTA走者へのコメントみたいな……」

「……?」


 通じないのに現代スラングを使う異世界転生者でもあり、たいていは身分と顔面パワーで『なるほど、さすが夕山様でございます』みたいな対応を引き出すのだが、それが通じない相手にはきょとんとされるのであった。


 そしてこの場にいるメンバー、半数が通じない。


 特にアメノハバキリ、夕山のことを遠い親戚みたいなものと思っている様子があり、夕山はハバキリと話すたびに『うわーこっちにあんまり関心がない親戚の子みたいな対応……!』と前世を思い出して一人で胃を痛めていた。


 この旅、帝にアメノハバキリが泣きついたところから始まっている。


 アメノハバキリが泣きついたというか、アメノハバキリの『許可くれなきゃ勝手に行く』という脅迫に帝が夕山に泣きついてきた結果、『もう行かせるしかないよ』みたいな結論になり、相談されたから情報共有が済んでいたのもあって、夕山も同行をゴリ押したという背景があった。


 歩くのなんか無理無理カタツムリなので、騎兵車を出してもらうのはありがたい。

 しかし騎兵車を出してもらって旅をすると、騎兵車に乗っているだけでも長距離の旅は体力的にキツいのだった。


 夕山神名火命、梅雪から見るとどうして生きているのか不思議なほど体力がない。

 別に病気ということもないのだがとにかく体力が育たない、呪いみたいなものを帯びているのであった。なお、この呪いは比喩表現であり『こいつを倒せば急成長できる』みたいな相手はこの世にいないので、夕山は一生このままだ。


「……姫様、やはり氷邑邸で休まれていた方がよろしかったのでは」


 ムラクモが至極冷静に進言する。

 この進言、旅の間、夕山が『ゲロ吐く』とか『もう無理』とか言い出すたびに必ずされているものである。

 つまりものすごい回数されているということで、そのたびに夕山、こう言い返している。


「いーや! 梅雪様に一言言わないといけないので、行く!」


 その一言とは……


「『旅行、長すぎィ!』って言わないと! どう考えても三年間もアシュリーちゃんほっとくのおかしいでしょ!? っていうか私もほっとかれるのダメでしょ!」


 梅雪の旅は最長三年の予定である。

 現在のところ思ったより順調に進んでいるのでまだ二月ふたつきほどしか経過していないものの、最長で三年放っておくかも……みたいな事態であることには間違いない。


「アシュリーちゃんの歳の三年、めちゃくちゃデカいからね!? それを三年!? ちょっとダメだって!」

「梅雪殿が出発する前におっしゃればよかったのでは……」

「だーかーらー! それは本当にそうだと思ってるんだってば!」


 梅雪出発が決定してから実際に出るまでの夕山、頭の中に『三年……三年!?』がずっとあって、うまく言葉にできなかったのだ。

 寝ても冷めてもご飯食べててもずっと頭の中には『三年……三年!?』というのが流れ続けており、そうしているうちに梅雪が出発してしまったと、そういうことなのだった。


 ようやく『三年の旅』の衝撃を受け入れられた時にはもう、梅雪はとっくに出発しており、そうして一言物申すタイミングを失ったというわけだった。


「まあ男の子だからね! 強くなるのも大事でしょう! それに夢中になっちゃうのもいいと思う! 好き! っていうか顔がいいとなんでも許せるよね!」

「姫様……」

「でも、それはそれとしてアシュリーちゃんを放っておくのはダメだと思う! お兄ちゃんとしても、夫としても! そのへんわかってないので言ってあげないといけないのです! っていうか正気だった人、誰かそのへん言ったらよかったのに! なんでみんな普通に送り出してるの!? 言いなよ、一言!」


 ちなみにアシュリーはついていくと言ったし、そもそも連れて行ってもらえるつもりでいたりしたのだが、梅雪の懇切丁寧な説得によって置いて行かれることになったのである。

 なおその懇切丁寧な説得の内容について、アシュリーには難しくて一割ぐらいしか理解できていない。

 難しいこと言ってるからダメなんだ……という程度の理解であった。


 なので夕山の発言は微妙に間違いである。


 ムラクモ、なだめるように口を開く。


「とはいえ梅雪殿は氷邑家の後継者ですし、あの出立は当主の銀雪ぎんせつ殿がお認めになったもので……」

「だから何!?」

「……『だから何』と申されると困りますが」


 武家はそういうものである。

 後継者が決断し、当主の承認を得た。で、あるならば『そうする』のは決定事項であり、余人が異を唱えられるものではない──というのがクサナギ大陸で生きる人の思う『常識』である。


 しかし夕山にはクサナギ大陸の常識が通用しない。


「いやだからね! 旅立つのはいいんだよ! 三年かかるのもまあ、いいの! でも、置いて行くのが駄目なんだって! だって絶対寂しいでしょ!?」

「しかしアシュリー殿は氷邑忍軍の頭領であり、氷邑邸にいることで果たすべきお役目が……」

「あのねぇムラクモ、!」

「……」

「メリットがあるとか、デメリットがあるとか、役目とか、家とか、わかる。多分私、わかってないと思うけど! わかるよ! でも、!?」

「なると思いますが……」

「私の世界ではなりません!」

「……私としましては、梅雪殿の言動の方に理を覚えてしまいます」

「うん、だからね、梅雪様のやったこと、いいと思う。、アシュリーちゃんを置いて行くの、ダメだと思う」

「ではどうしたら正解だったのでしょう」

「正解なんかありません! なのでこうして追いかけてます!」

「ええ……?」

「人間関係は大事なものの押し付け合いですから! お前はこう思った! いいと思う! でも私はこう思った! 喰らえ! って漫画とかシェアしあうの。そういうもの!」

「えーっとつまり、どういうことでしょうか?」

「梅雪様の行動は、梅雪様なりの正解。でも、私にとっての間違いだから、私の正解を押し付けに行くんだよ!」

「なるほど、わからないことがわかりました」

「うん、そういうのが大事! わからないことをわかってくれてありがとう!」


 前へ、前へ──


 かくして夕山たちは進んでいく。

 氷邑梅雪が黄金の都に着いたころのことであった。

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