第144話 黄金の都の大武丸 二

 クサナギ大陸で流通しているのは金属貨幣であり、その材質は銅、銀、金である。

 価値は高い順に金、銀、銅になるわけで、なぜ金が高い貨幣になるかと言えば、金というものの希少性と、その物質としての安定性に由来している。


 黄金の都、平泉──


 ここでは『藤原黄金林檎』によってすべてのものが黄金と化す。


 この都一つあるだけで金の貴金属としての価値は暴落する──


 かと思いきや、そうでもない。


「いやァ、助かったヨ! うっかり寝ぼけちまってさァ!」


 黄金と化した大武丸おおたけまるの言葉である。


『藤原黄金林檎』による黄金化には一つ欠点があり、その黄金化はということだ。

 あくまでも黄金林檎の波動によって黄金となっているだけなので、波動の弱い場所で神威を注いでやると、藤原黄金林檎の影響によって黄金となったものは、元の材質に戻るのである。


 というわけで氷邑ひむら梅雪ばいせつ

 黄金と化した大武丸を引きずって黄金林檎から遠ざけ、サトコたちが脱落した箇所で元に戻すことに成功した。


 結果、疲労困憊である。


 黄金というのは安定した物質である。

 そして、


 それをさして力もない梅雪が引きずって持ってくるのだ。

 いかにドワーフが小柄な種族とはいえ、人間サイズの黄金では風で巻いて運ぶこともできず──正確には『動かすこと』は可能だが、『欠損しないように動かすこと』がかなり難しいので、シナツのスキルで補助しつつ、力いっぱい押して運ぶしかなかったのである。


「……俺の到着がもう少し遅れていたら、貴様、地面と癒着して一塊の黄金となっていただろう。そうしたらさすがに引きずって来ることもできなかったのだぞ」


 黄金の葉を茂らせる街路樹の根元に腰掛けながら、梅雪は恨みがましく言う。


 このあたりは黄金の都入口付近であり、街路樹が挟んだ通りには、布の上に小間物細工を並べた露天商がいっぱいに並んでいた。

 それぞれ扱っているものは『黄金林檎の黄金』を取り扱ったアクセサリーなどであり、本物の金と違って貴金属としての価値はないが、どれも素人目に見ても一様にレベルが高いことはわかるだろう。


 梅雪は御三家の後継者としていいものを見る訓練を受けているのでさらに深く理解できる。

 あの一つ一つが、帝内地域などでは一等地でビロードの布を敷いた飾り棚などに丁寧に陳列され、購入しようと思えばきっちりした身なりの店員が礼儀正しく接客してくれるような、そういう位階の品物である。


 もっとも、そういう店で使われているのは本物の黄金。平泉藤原黄金林檎の波動を受けて作られる黄金は、基本的にはので、材料費ということで扱いに差は出るだろうが……


 いわゆる『一流の職人』クラスの者が、露店で自分の作品を売っている。

 それこそがこの平泉が『黄金の都』だの『細工師の聖地』だの言われている証明になるだろう。


 そしてそんな場所で一目置かれるレベルの細工師・大武丸。

 死にかけていたところを助けられたというのに、悪びれた様子もなく「わかってるってェ!」と明るく言うのみである。

 どうにもオオタケマルども、責任感というのが欠如していると判断せざるを得ない。


「で、サァ」


 ここで大武丸、命の危機を救われた分際で『まあそんな話はどうだっていいからおいておいて』みたいにやりだす。

 用事があった相手なのでついうっかり助けてしまったが、もしかしたら失敗だったかもしれないと思い始める梅雪であった。


 だが、その想いは、次の一言で否定される。


「キミの刀、ウチに拵えを作らせてくんない?」


 ぎらついていた。

 大嶽丸のゴーグルの下の瞳がきらめき、梅雪の左腰にある刀──凍蛇いてはばをじっとりと見つめていた。


 顔と雰囲気が『はいと言うまで逃がさない』という感じだ。


 ゆえに梅雪、つい、笑う。


「ああ、そのつもりだ。……大嶽丸おおたけまるからの紹介状もあるのでな」

「うん? 大岳丸おおたけまる? たけがなんで刀の拵えを紹介?」

「そう、大嶽丸だが……いや待て、今のオオタケマルはどのオオタケマルだ? 俺が言っているのは刀鍛冶の大嶽丸だが」

「……あーあーあー、帝内の方のかァ。いやこりゃまた懐かしい大嶽丸が出て来たねェ!」

「どうでもいいがややこしいので誰か改名しろ」


 ちなみに大嶽丸と大武丸と大岳丸、名前も同じだが見た目も同じである。

 太く低く分厚い体型。赤と黒が混じった短い二本角。目のあたりにはゴーグルをつけ、髪の毛はひどく癖のある黒髪を強引に一つ結びにしている。

 服装は、一応違う。

 ただし全員鍛冶用と思しきエプロンをつけており、その下の服が、ざぶざぶランドの大嶽丸だと水着で、目の前の大武丸はサラシであった。


 あと梅雪、『中の人』の知識になかった事実にも気付く。


(というかオオタケマルども……声まで一緒なのか……)


 ゲーム剣桜鬼譚けんおうきたんにはキャラクターボイスがない。

 だがこうして現実でしゃべらせてみると……妙に甲高い声、そしてしゃべり方のイントネーションまで同じなのだ。まぎらわしいことこの上ない。


 さて細工師の方の大武丸、さっきからずっと凍蛇を見ている。

 なんだか息も荒くなっている……


 梅雪はつい、不審者から幼い我が子を庇うように、大武丸の視線から凍蛇を庇っていた。

 だが大武丸からは逃げられない。回り込まれてしまう。


「いいねェいいねェいいねェ! なんだいその子は!? なんなんだいその子は!? うっひょー! 素晴らしい色気だヨ! いや、熟れた女ってわけじゃァないねェ!? 蕾だ! 幼い少女特有の背徳的な色気があるヨ! 是非ともウチに花嫁衣裳を織らせておくれヨ!」

「そうか。俺は貴様が口を開くごとに凍蛇を任せていいか不安が増しているところだが……」

「えええええええええ!? そりゃないヨ! この通り! ウチにやらせておくれ!」


 そう言って大武丸、土下座する。


 なんの要求もしていないのに地面に頭突きする勢いで土下座を始められると、土下座ソムリエの梅雪でさえちょっとひいてしまう。

 見事な土下座というか、ついていけない勢いのある土下座という感じだ。形と勢いこそ素晴らしいものの、相手を見ない、独りよがりな土下座であった。満足にはほど遠い、が……


「まあ、そこまで頼み込むのであれば、許してやらんこともない」


 拾い物、あるいはいきなり振ってわいた土下座が、黄金化した大武丸を運んで疲れた体に染みわたるのもまた事実。

 少しだけ元気を取り戻した梅雪は顎を上げて見下すようにしながら、そのようなことをつぶやいていた。


 すると大武丸、土下座状態のままシャカシャカシャカ! と虫を思わせる動きで梅雪との距離を詰め、凍蛇に顔を寄せふんふんとニオイを嗅ぐようにする。


「アアアアア……いいネェ……! すごいよこの子は……! ヘェ、なるほどネェ……」

「……気持ちが悪い」

「イヤァ、もう、ウチが拵えを作るもんネ! ダメって言ってもダメだからネ! ヨッシャァ! じゃ、預かるヨ!」

「……預かるのか」

「そりゃアそうでショ。寸法測ったり似合う色を選んだりしないとだし、木材も特別に……まァ、最低一月ひとつきは預かりたいネェ」

「……」


 まあ工程を聞くに確かにそれだけかかりそうな感じだが、この変態に凍蛇を預けていいものかどうかの不安はやはり残る。

 しかしこの旅の重要な目的の一つは、凍蛇に柄や鞘、鍔などをつけてもらうことである。目的が最上の形で達成されようとしているのに、それを阻むのもどうなんだという話であった。


 梅雪はため息をついた。


「……わかった。大嶽丸の紹介と、一目で凍蛇の良さを見抜いたことに免じて、貴様に託すことにしよう。俺はその間……」

「ア! キミの身柄もあずかるヨ!」

「……なんだと?」

「だってキミの手と体に合わせないとデショ!? ウチの拵えは総合芸術トータルコーディネイトだからネェ。凍蛇ちゃんも、キミも、隅々まで測るヨ!」


 梅雪、ここでゴネてみようか考える。

 だがこの変態の熱量に気圧されているのも事実。

 何より、というのがわかるのだ。それが梅雪から『この変態を蹴り飛ばしてよそに行く』という選択肢を奪っていた。


 ため息をつく。


「……仕方ない、か」

「ヨォシ!」


 変態が土下座したまま両方の拳を握りしめたところで……


 梅雪はすっかり変態の勢いに呑まれていた同行者に声をかける。


「サトコ、そういうことだが」

「……あひぃ~……一月ひとつきかぁ~」


 サトコはもこもこした自分の髪を握ったり引っ張って伸ばしたりして、何かを考え込んでいる様子だった。

 だが、十秒もすると、結論が出たらしい。


「……私は先に行くね。ここまで来て、目の前で足踏みしてるのは……無理だよぉ」

「そうか。では、命じる。俺が行くまで決して死ぬな」

「……私は家臣じゃないんだけどなぁ」

「ことが終われば直臣にしてやってもいいと言ったはずだが? それとも貴様は、この俺の決定に逆らうのか?」

「……強引だよねぇ。でも……うん、わかったよ。ルウちゃんと二人で行ってくるね」


 なお東北に入ったあたりから連れ歩き状態のルウはサトコの背後に控えており、「うむ」となんだか『最初から仲間でしたよ』みたいな顔でうなずいていた。


「他の連中は──」


「わらわは梅雪が残るなら残るぞ。妻じゃから!」


 七星織が宣言し……


 ルウはもちろんサトコについていく。

 そして……


「──ヨモツヒラサカ、貴様はどうする?」


 神器の勾玉、ヨモツヒラサカ。

 その人間形態は金髪巻き毛であり、服装はぴっちり全身タイツ風和服であった。


 色は白。素材は光沢があるものだが、エナメルというよりはラバーを思わせる反射の仕方である。

 上半身はゆったりしているのだが、下半身がタイトかつハイレグ気味なレオタードという格好であり、しかし露出した部分は黒いぴっちりしたよくわからない素材の布で隠しているので、露出度は低い。

 サイハイブーツめいた白いヒールの高い靴を履いているせいで、元からメンバーの中では高い身長がますます高くなっていた。


 ヒラサカは厳しい顔でしばらく悩み……


 観念したように、口を開く。


「梅雪、すごく遺憾だけど、謝っておかないといけないことがあるのかしら」

「土下座」

「謝罪要求が早いのだけれど!? せめて話を聞いてからにしてほしいのだけど!?」

「話は土下座しながらでもできると思うが……」

「いいからまずは聞きなさい!」

「聞いてやるからさっさと話せ」

「……キリちゃん……アメノハバキリの気配が近付いてきているんだけど」

「土下座」

「ヒラサカのせいじゃないんだけど!? っていうか、ヒラサカもなんで近付いて来てるのか知らないんだけど!? むしろ善意の報告のつもりなんだけど!?」

「……なんなんだ貴様の妹は。捨てても捨てても戻ってきおって……呪いの装備か何かか?」

「あの子がこんなに粘着すると思わなかったんだけど。ヒラサカの知らないところで何かあった?」

「何もない。貴様の目の前でのやりとりのみだ」

「……まあそういうことだから、ヒラサカはキリちゃんを迎えに行こうと思ってるんだけど」

「ついでにお引き取り願え。貴様も一緒に帰っていいぞ」

「ヒラサカはサトコの旅を最後まで見届けるんだけど!」

「まあ好きにしろ。もう俺は知らん……」


 体力を使った後、濃い目の変態と会話した梅雪は疲れ果てていた。


「そういうわけだから、いったんここで解散して、サトコとは恐山で会おうっていうことになるんだけど……」


 ヒラサカが不安そうにサトコを見ている。

 その目には、サトコへの心配があった。

 サトコは手段を選ばないところがある。帝都騒乱の時にヒラサカを確保した手際など、まさにそうだ。いかに混乱の渦中にあったとはいえ、神器を盗みに帝の居城である蒸気塔に入り込むなど、命がいくつあっても足りないような蛮行である。

 だが、サトコは故郷のためならそれをするのだ。ゆえにこそ、ヒラサカは不安であった。


 ……しかし。

 サトコはもう、あの時のサトコとは違う。


「おっほぉ。安心してよ。きちんと生き残るから。……自分の命なんか目的のためならどうでもいいとか、目標のためならなんでもするとか……そういうのは、もうやめたんだぁ。きちんと考えて……、ね」

「……うん。その言葉を信じるのだわ」


「では」梅雪が仕切りを引き継ぐ。「俺と織は平泉で凍蛇の拵えが完成するのを待つ。勾玉はハバキリを追い返して恐山へ。……サトコ、一月ののち、必ず行く。それまでに妖魔を討伐してしまったら──まあ、土下座させてやる。俺の獲物を奪った罪を償え。いいな」


 それはつまり、『倒せるなら倒していい。とにかく生き残れ』ということで──


 サトコはその気遣いに、うなずいた。

 一筋の涙がこぼれるぐらい、なんだか奇妙に嬉しくて、うなずいたまま、しばらく顔を上げることができなかった。


 ……一月ののち、恐山。

 その時が、決戦となる。

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