第141話 巨人の進撃 七

 氷邑ひむら梅雪ばいせつは、確信した。


 黄金龍ゴルディオン・ドラゴンの必殺の一撃を背に受ける直前──


 左手に握った凍蛇いてはばが震えた。

 何かを訴えるように、震えた。


 梅雪は、そのメッセージを確かに感じ取る。


「なるほど、なるほど。……お前は、であったか」


 背後から迫り来るとてつもない神威。

 だが、足りない。あれは巨人のみを斬る神威。巨人の駆逐を願った人々の命の轍を通り進む、小田原城で生きた人々の願いそのもの──


 しかし、足りないのだ。

 あの神威では足りない。もう一段、加速させてやる必要がある。


 ゆえに、


 両手を広げたまま、右手の刀を落とす。


 そして、左手の刀へと呼びかけた。


あぎとを開け、世界呑せかいのみ凍蛇」


 瞬間、梅雪の背に黄金龍の一撃が──


 


 ぶつかる寸前、凍蛇から発した大蛇のような神威が、大きく口を開き、その一撃を呑み込んだ。

 蛇はそのまま梅雪の全身に絡みつき、体を変化させていく。


 神威を鎧に。

 そして、槍に。


 黄金の輝きを発する、槍を構えた


 巨人を倒すという願いを込めた神威を受け取った梅雪、きらめくまま、槍を──槍に変化した世界呑凍蛇を薙ぎ払う。


 槍の穂先から放たれたきらめきが巨人を切り裂き、あたり一帯の巨人が『どさり』と音を立てながら、瞬時に塩になって落ちて行く。


「……。お前は紛れもなく、この俺だけの刀だ、凍蛇。さて……」


 ひゅんひゅんと片手で槍を回す。

 槍術の訓練はしていない、こともなかった。だが、剣術よりはるかにその練度は劣る。

 だというのに今の梅雪、槍を手にしているだけでどう動けばいいのか自然とわかる。それは長年槍の技を磨き、修めた者特有の、熟達の領域であった。


 梅雪、槍の具合を確かめるように回し……


 ぴたりと穂先を前に突き出すように構え、


「……鏖殺おうさつといこうかァ!」


 フッと姿が掻き消える。

 黄金の軌跡がきらめいた。


 どさりどさりと巨人どもが塩になって崩れ落ち、ただの一瞬でひしめきあっていた巨人どもの中に道ができる。


 梅雪、その道を真っ直ぐ突き進む。

 穂先の向こうに見えるのは『心臓』。ゲームではそのデザインさえ出てこなかったが、間違いなくあれこそが巨人どもを生み出している『苗床』である。


 そしてその意匠……


 大辺おおべの崇めていた海神かいしん

 ルウの故郷である異世界。

 そして平安時代に該当する時期にクサナギ大陸を騒がせた宇宙。


 ありとあらゆる場所やモノから侵略を受けているクサナギ大陸である。あの『心臓』、そのおぞましい肉色の表皮に、うねる生理的嫌悪を催す触手。ヒトの亜種のようなおぞましき化け物を生み出すその能力──


 間違いなく、『魔界』からの侵略生物。


 剣桜鬼譚けんおうきたんにおける触手要素を担当する世界観。

 梅雪の『中の人』が苦手とする、『ヒロインが触手の苗床にされる』という要素を担う化け物である。


『中の人』はもはやほぼ呑み込まれ、ただの知識タンクと化している。

 しかし強い嫌悪感は梅雪にも共有されていた。つまり──


「俺の目に映るという狼藉、許さんぞ三下ァ!」


 発見、即、殺す。


 梅雪の殺意は一瞬でクライマックスである。


 軌跡のみうかがえる速度で巨人どもの中を掘り進み、ほとんど一瞬と言える時間で『心臓』までたどり着く。

 いつごろからあるかはわからない。苗床となると死なないはずではあるが、救出した苗床ヒロインは二度と元に戻らない。ゆえにこそ消し飛ばしてやることこそが供養となる。


『心臓』を守るべく巨人どもが、明らかに敵意をもって梅雪に殺到する。

 しかし槍を回し、それらを一蹴。

 塩と化す巨人どもの中、黄金色の光を発しながら──


「この世からねェ!」


 黄金ゴルディオン突きスタブ


 突き出された穂先から黄金の光が奔流となって放たれる。

 それは心臓に降り注ぎ、次第にその影すら消し去って……


 光が、消えたあと。


 もはやそこには、巨人もなく、『心臓』も、跡形もなかった。


 梅雪は槍を回して脇に挟むようにしながら、「ふん」と鼻を鳴らし……


「触手好きなどという異常性癖、この俺の目の前でいつまでも生存できると思うなよ」


 一部界隈を敵に回した。



 事後処理の時間であった。


 巨人の駆逐が確認され、ソウウンが黄金龍ゴルディオン・ドラゴンのもとを訪れた時、そこに確かにいたはずの『助太刀をした少年』の姿はすっかりなかった。


 パイロットたちが『風魔ふうま』と呼ぶ天狗エルフの姿もなく、まるで、彼らは幻であったかのような……


 だが、確かに巨人は消え、パイロットたちは、黄金に輝く少年の後ろ姿を覚えている。


 そして……


「……さあて、どうしてくれようか」


 ソウウンは、ここから頭を悩ませる羽目になる。


 もとより巨人が踏み荒らして荒野にした関東平野。

 今は草も生えぬ荒野であることに加え、


 もとより巨人は倒すと塩になり、その塩は『巨人塩』という産地偽装の意思が一切ない名称でクサナギ大陸に広く流通していた。

 そうやって塩を回収していたのは、アガリによって防衛費を稼ぐためというのもある。だが、そもそも塩の回収をし始めた動機はと言えば、『塩をまいておくと土地がダメになるから』であった。


 いつか巨人を駆逐した時に、この平野を利用しようという目論見……夢が、あったのだ。

 この平野を農耕地にできればかなりの人数の食い扶持をまかなうことができる。また、山の多いクサナギ大陸においてこれだけの広さの平地は貴重だ。ソウウンには思いつかなくとも、もっと色々な利用法があることだろう。


 だが、これだけ塩が撒かれてしまっては、回収も追いつかないし、土地はしばらく使い物にならなくなるだろう……


「……先祖代々の宿願叶え、残ったのは塩の山、か。『つはものどもの夢の跡』とはいえ、少々ばっかり、真っ白に燃え尽きすぎてやいやせんか? なあ」

「……


 仲間たちによって担架に乗せられ、今から救護班のもとへ向かおうというエースが、苦笑する。


「俺たちは、これからどうしたらいいんでしょうね」

「……そいつを考えるのが、私の役目だ」


 祖父は微笑んで、孫の頭を撫でた。

 孫は笑って、そのまま落ちるように目を閉ざした。……とうに限界だったのだ。体も、心も。彼には休息が必要だろう。


 そこに、別なパイロットが話しかけてくる。


情報データによると──三河の狸たちに話を持ちかけてみるのは、一考に値するかと」

「ほぉ?」

「三河狸はそもそも、五稜郭が人類の最前線であった時代、宇宙から飛来した小人コロポックルが先祖と言われております。この小人たちは──」

「すまんが、手短にしてもらっていいだろうか」

「──自然を再生する加護を授かっているとか。狸たちをこの……穢土えどと化した関東平野に住まわせれば、百年ののちには自然が戻るのではないかと分析します」

「ふむ……」


 狸に自然を再生する加護がある──

 初耳というか、御伽話の一種と言える。


 獣人には種類ごとにそれぞれ違った加護があるという夢のある話もいくらか伝わってはいるが、どうにも根拠もなく、証拠もなく、ただ言われているだけ、という印象である。

『名家の子は生まれた時に先祖の声を聞き生まれつき使命を知る』とか、『前世で深く愛し合った者は今生でも結ばれる』とか、そういうたぐいの話でしかない。


 だが……


「まあ、使えぬ土地ではあるし、声をかけるだけかけてみるか……」

「そして狸たちを関東平野に住まわせる代わりに、我々が三河に受け入れてもらうのです。もはや根拠地も食い扶持もなくなってしまいますからね。うまくすれば、狸の耕した田畑を譲り受けることもできるやも」

「……なんというか、それは」

「これが『政治』ですよ、ソウウン司令。……お手伝いします。戦士としての役目が終わったものですから、僕も次の仕事を探さねばなりませんので」

「……やれやれ。英雄・傑物というやつは、こうなのだな。私はもう、何もしたくないぐらいだ」

「しかし、あなた以上の司令はいないと、僕は思いますよ」

「そういう言葉は、一番に孫から聞きたかった」

「失礼。では、引っ込めておきましょうか?」


 笑う。


 ソウウンも、笑う。


「吐いた言葉を引っ込められたなら、そんなにいいことはないわなぁ」


 吐いた言葉は、飲めない。

 結果として誰も死ななかった。だが、死んでこいと命令した責任は、果たさねばならない。


 だからソウウンは、司令を続ける。


 小田原城に住まう者たちが、次の役目を得るまで……

 若者たちの命を犠牲にしようとした対価を支払い終えるまで。


 当代ソウウンは、その座にあり続けるだろう──

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