第140話 巨人の進撃 六
「っ、ううう……!」
小田原城、改め
五つの座席が三角形のような形で配置されたその場所、もっとも高い位置にある座席に着いた者がうめき声を上げる。
「リーダー!?」
「リーダー! やっぱりケガが……」
「問題ない。行くぞ」
全身を締め付けるような、それでいて針でも突き刺すような……
そういう苦痛に耐えながら、司令官ソウウンの孫でもあるエースチームのリーダーは、いつものように冷静な声で仲間たちに告げる。
黄金龍……
その何がパイロットたちに苦痛を与えるかと言えば、この兵器、その動力がパイロットの
大陸有数の剣士が五人集まり、その想いを一つにし神威の色を揃え、そうして死力を振り絞らないと、小田原城は動くこともままならない。
危機を救う兵器は、そもそも、大陸滅亡級の危機によって五人が心を完全に一つにせねば動くことさえできないものでもあったのだ。
パイロットスーツに身を包んだ五名、うち四名は、巨人に叩き落とされ一時は意識不明の重体であったリーダーを気遣うも、その決意に心を打たれ、それ以上心配するようなことは言わない。
ただ、心は一つである。
『リーダーがもつあいだに、巨人どもを駆逐する!』
普段は決して一枚岩とまではいかない、個性の強いエースたち。
その心は今、まさに一つとなっていた。
黄金龍が動く。
その視界から見た巨人どもは、やや小さい、醜い化け物でしかなかった。
槍を薙ぎ払うと、あっさりと引き裂かれ、塩となって消えていく。
だが誰一人として力に溺れる者はいなかった。
小田原以南に入ろうとする巨人どもを力強く駆逐していく。
そうして前方へ進もうとした時、黄金龍全体をとてつもない震動が襲う。
「左脚に小型巨人が殺到!」
「くそ、城壁がない部分を狙われたか!」
「巨人どもにそんな知恵あるかよ!」
黄金龍が穂先を地面に突き刺すようにし、脚にまとわりつく巨人どもを刺し貫く。
彼らは対巨人戦闘の玄人であり、黄金龍は対巨人特化の人型兵器。
しかし、このサイズの人型兵器を動かす経験が五人にはなく、そこが隙となって巨人どもにつけ込まれている。
「足元が、くそ!」
「はははっ! 貴重な経験だな! あの忌々しい巨人がまさか、『足元でうろちょろ』だなんて!」
「言ってる場合か!」
軽口を叩きながら前進していく黄金龍。
しかし、小型巨人どもが邪魔でその進むペースは落ちていた。
だが……
「おい、そこのデカブツ!」
黄金龍左肩から声。
外部映像を投影すれば、そこには、耳の尖った黒い人物がいた。
「
「聞いたことがある。初代ソウウンの時代、ソウウンが危機に陥るたびに現れた天狗忍者集団──『
「物知りだなお前!?」
「なんでもいいから話を聞け!」
もちろんこの人物、異界の騎士ルウである。
ルウは『なんで初対面のデカブツ相手でまでツッコミに回らないとならんのだ……』というような不満そうな顔を一瞬したあと、
「足元の警戒がおろそかのようだ。私が担当しよう。貴様らは前だけ見て進め!」
「わかった! 助力感謝するぞ、風魔!」
「いや、私はフウマとかいうのではないが!?」
ルウの声を半ば無視するように、黄金龍が前進していく。
その足元にルウが随伴。攻め寄せる黄金龍の視界より下にいる巨人どもを狩っていく。
「なあおい! 俺たちはどこを目指してるんだ!?」
「
「おお、つまり!?」
「そこをめちゃくちゃにすれば、巨人そのものを根絶できる可能性がある。この状況ではそれを狙うしかない」
「なるほど、わかった! めちゃくちゃにしてやる!」
叫びをあげて黄金龍、さらに前進。
槍を振るって巨人どもを蹴散らしながら、前へ、前へ、前へ。
しかしルウも黄金龍も、もちろん
後ろには小田原城を失い、避難する、城で過ごしていた民がいるというのに──
それらはコラテラル・ダメージとして処理されるのか?
そうではない。
小田原城に戦士は、エース五名と城そのもののみならず。
小田原城対巨人戦士団。
色のつかない衣装と噴霧器を装備しているとはいえ、彼らは名もなきモブではない。
一人一人がクサナギ大陸の平和のため、巨人どもを狩るために鍛え上げた猛者ども。
エースたちには及ばないのは確かに事実だろう。だが……
司令官が、命を懸けろと下知をした。
小田原城の者どもは、司令官の愛の深さを知っている。優しさを知っている。
司令官になってから気苦労が多すぎてすっかり禿げ上がってしまったのを知っている。
酒を飲むと泣き上戸になり、死んでいった同胞たちの名を順番に呼ぶ姿を知っている。
だからこそ、その司令官の『命を懸けろ』という下知で奮起するのだ。
そのようなこと、絶対に命じたくなかったのがわかるゆえに。
そのような下知を降す並々ならぬ決意がうかがえるゆえに──
戦士団は、城壁となり、民と大陸を守る。
その気概、巨人がひるみ、歩調を遅めるほどであった。
その気炎、黄金龍のコックピットにいてなお感じるほどに熱い。
ゆえにエースたちは振り返らず進む。この一戦こそが歴史で初めての小田原城防衛戦。攻めかかる巨人ども、なんのその。防衛すべき小田原城を進めて敵の根城を叩けば勝利。
ゆえに
仲間の熱に背を焦がされるようにしながら、前へ、前へ、前へ──!
「リーダー! リーダー!?」
「……ああ、なんだ。すまない、よく、聞こえなかった」
「無理すんじゃねぇ! 命懸けなのはいいとしても死ぬな! ぶっ殺すぞ!?」
「無茶を言うんじゃあない。……ああ、わかっている。死なないさ。巨人どもをこの手で駆逐するまでは……!」
しかし眼前に立ちふさがるは雲霞のごとき大軍である。
巨人どもがひしめき合う姿、その人と似て、しかし決して人とは違う姿もあいまって、ひどく生理的嫌悪感を催すものであった。
絶望的状況──
だが、黄金龍に搭乗した五人は、その絶望の中に希望を見た。
「リーダー、あれ!」
メンバーの一人が指さし、該当の場所を映像で映す。
そこにあったのは……
「…………心臓?」
そうとしか呼べないモノであった。
だが、それが心臓とは異なる何かであることは、誰もが理解できた。
まず、外にある。
次に、浮いている。
何よりその心臓としか思えない赤黒い肉の塊からは、数十本、あるいは百本以上もの、肉色の触手が出て、うごめいており……
その触手の先端には、巨人どもがつながっている。
どくんどくんと心臓から『何か』が巨人に送り込まれ、しばらくすると、触手から巨人が切り離されて、こちらに走って向かってくる。
……そう、その心臓、巨人どもよりはるかに巨大である。
恐らく全長にして五十メートルはくだらないだろう。
それだけの巨大物体。それが、なぜか、今、ここに近寄るまで、まったく観測できなかった。
ゆえにこそ、確信する。
「アレだ。アレが──巨人どもを生み出す元凶!」
「リーダー!」
「ああ、わかってる。……一気にやるぞ!」
リーダーが座席コンソール横にあるレバーを握る。
「みんな、力を! ……巨人を倒して──生きて帰るために、力を貸してくれ!」
メンバーに呼びかける。
四者四様の返事があるとほぼ同時、レバーを握る手から黄金龍全体に、黄金色の神威が流れ込んでいく。
「ぐうう……!」
「う、お、これ、キツいな!」
「
「ああ。これで最後だ。最後に、最高に格好いい北条を見せてやる!」
レバーを上げる。
瞬間、もともと黄金色に輝いていた黄金龍の全身がさらにまばゆく輝く。
黄金龍がその超巨大槍を天に掲げる。
すると頭上の雲が裂け、空から黄金の輝きが──黄金の龍が、降り注ぎ、一体化していく。
北条代々の魂を宿した
それを今、矛へ変えて、黄金の輝きをますますきらめかせる。
槍が輝き、肥大化していく。
「
ハンマーを振り下ろすがごとく、高く高く槍を掲げ──
「──
──横薙ぎにする。
同時に放たれるは超巨大な黄金の斬撃。
それらは巨人どもを触れただけで塩に変えながら、『心臓』に向けて進んでいく。
まぎれもなく北条総代の一撃。代々の北条が成そうとし、しかし成し遂げることができなかった『巨人の駆逐』。
小田原城で巨人どもと戦い続けた人々の力、願い、希望そのものが神威と化したような一撃によって、今、巨人どもが最期の──
「く、だめだ……! 足りない……!」
放たれた直後、とてつもない虚脱感の中で、リーダーは気付いた。
足りない。
あの密度の巨人の軍勢を消し去り切って、その先の『心臓』を切り裂くには、少しだけ足りない。
あの一撃は途中で止まる。
万全であれば。うっかりケガなどしなければ。そういう、ほんのわずかの『普段より弱っている部分』のせいで、足りない──
──だが。
対巨人の主役は歴史上、彼らであったが……
今、この戦場の主役は、彼らではない。
「興が乗った」
その斬撃の先にいた少年が、笑いを含んだつぶやきを漏らす。
巨人どもを目の前に、黄金の斬撃を背後に、受け入れるように両手を広げ、右手の刀を落とす。
少年は、
「使うつもりはなかったが、これで興が乗らぬは男ではない。よって、残る巨人ども──」
氷邑梅雪は──
──
黄金の神威の斬撃を背後から受け、それを吸収。
髪も瞳も黄金となり、全身に鱗のような鎧を纏い、左手に槍を手にした梅雪、喉を鳴らすように笑い──
「──この俺が蹂躙してやる」
巨人の命運を決めた。
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