第138話 巨人の進撃 四
ソウウン司令は、映像の中で踊る銀髪の少年を見ていた。
そう、その動きは思わず『踊る』と言いたくなるほど流麗であり、冴え冴えと冷たく、そして、背筋が震えるほど──残酷であった。
二刀の少年が巨人の群れの中を回る。
そのたび舞い散る氷の飛沫のなんと美しいことか。彼が動いたあとには輝ける青い軌跡が走り、その軌跡に触れた巨人から凍り付いて砕けていく。
巨人どもが
だが、その穴を背後に立つのが二刀の少年。
巨人どもは走る。跳ぶ、這う。脚で、拳で、あるいはその巨大な掌でもって、少年を叩き潰そうとする。
笑ってしまうほどの体格差だ。いや、巨人の視点から見れば、人間はすべてが、少年のごとき小柄なる者にしか見えないだろう。人間は一切合切羽虫、よくて鼠のようなもの──それが連中と、普通の人間との力の差であった。
この巨人に対抗するために初代ソウウンが『高さ』に重点を置いた対巨人戦術を考案した。
それこそが噴射器をつけた戦士たち──城壁上から蒸気噴射で飛び、空を舞い、巨人の首を二刀で削ぎ取り狩っていく戦士たちなのである。
だが、あの地上に立つ少年は──
小柄な身にもかかわらず、巨人どもよりはるかに巨大に見えた。
「…………」
その日、当代ソウウンは思い出した。
蒸気噴射器もなく、ただ地上に立って巨人たちを狩っていた時代があったという。
その時に活躍した者たちの伝説を、思い出した。
今ほど文明が発達していなかった時代。あらゆる装備が現代より劣っていた時代。
それでも巨人を関東平野に押しとどめたのは、その時代の武人たち……剣士たちの意地と根性、すなわちなんとしてもこれより後ろに巨人を通さぬという決意である。
その時代の魂を、ソウウンは確かに少年の姿に見たのだ。
ゆえに、
「……何をしておるのだ、我らは」
司令官の席に拳を叩きつける。
その音に、オペレーターたちが視線を向けた。
ソウウンは、中空に投影された映像を──その中で流麗に巨人を
「……命を捨てるのは美徳ではない。窮地に陥り、ただ考えなしに『進め、攻めろ』と述べるのも美談ではない。だが……誰とも知らぬ子供に守られ、それでも動かぬのは、紛れもなく醜態である」
ソウウンが責めているのは、己であった。
先ほど──
ソウウンが決断しかけたこと、それは、『全軍離脱』であった。
小田原城はクサナギ大陸の盾であり、ここで暮らす者は子供の一人とて、クサナギ大陸のために殉じる覚悟を持つ、対巨人の尖兵である。
……というのがお題目というか、理想ではある。しかし、ここで生まれ、ここで過ごし、ここで育ったソウウンにとって、小田原城はただの前線基地ではなく、故郷である。
故郷は愛しい。
故郷で暮らす人々も愛しい。
ゆえにソウウン、故郷の人々を守るため、『小田原城を捨てて逃げよ』との下知を降しそうになっていた。
だが。
それは……
「どこの誰とも知らぬ子供の背に守られてまですべき決断ではない」
当代ソウウンは凡人である。
英雄的活躍と題して記憶を漁っても、思い出せる戦いはない。
だからこそ良き指揮官であった。人々に寄り添い、人々を愛する、等身大の司令であった。
ゆえにこそ、ソウウン……
「巨人を狩り、この大陸を守ろうという気概を説きながら、『そのために死んでくれ』と下知することができなかった! その下知をすることが怖くてたまらなかったッ……!」
部下に死を命じる指揮官。
これはまったく立派ではない。
愛されていたかった。責められたくなかった。責任をとりたくなかった。
だから、立派な指揮官でいたかった。
愛する故郷を失わせたなどと言われたくなかった。お前の命令のせいで大事な人が死んだなどとなじられるのは、想像しただけで耐えられなかった。
当代ソウウンは凡人である。
平時の任務で死者や怪我人が出るだけで心を痛め、責任に胃を重くする。そういう凡人である。
だが……
「司令!」
背後から声。
そこにいたのは、先ほどケガをしたエースメンバーの者であった。
未だ体がバラバラになりそうなほどの痛みを全身が襲っているはずである。
だが、武装している。
その目が、言っている。
『命を懸けても、人類を守らせろ』と。
ソウウンは頬をわずかに上げた。
それは長年渋面ばかりを浮かべていた彼が、久々に浮かべた笑顔であった。
「……伝声菅開け。全軍に通達する。……これより我ら、一丸となって──巨人どもを駆逐するために動く。
その宣言を受けて一瞬呆けていたオペレーターたちが、次の瞬間には慌てたように各所へ伝令を飛ばし始める。
騒ぎの中、ソウウンは背後──ケガをし、待機を命じられていたエースへと向き直った。
「我が孫よ」
「……はい」
エースは厳粛に、胸に手を当てて応じる。
ソウウンは近付き、孫の肩に手を乗せた。
「人類のため、命を懸けてくれ」
愛しき者に『死ね』と命じる。
一度だって耐えきれるとは思えなかった重圧であった。
「はい!」
全身が痛むだろう。体の一部がまだ動かないだろう。
それでも、孫は嬉しそうに応じた。
その様子の、なんと重々しいことか。述べた言葉を引っ込めることができるならばそうしたいとソウウンは思う。
だが、一度耐えた。
そして、耐えてから気付く。
この先の人生、どんどん、重くなっていくばかりだ。
一度でも『死ね』と命じたならば、どれほどなじられようと、責められようと、それ以外を生かすべく全力で居続けなければならない。
それは凡人でしかなかった当代ソウウンにとって、あまりにも地獄めいた未来であり……
そこに重さを感じてなお、その未来を歩む覚悟を決められるのは、天才でもなく、偉人でもなく、凡人である自分のみであろうと思った。
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