第137話 巨人の進撃 三

 氷邑ひむら梅雪ばいせつがそれなりの速度で接近したころ、すでに小田原城は鉄火場であった。


 北条ジャーが倒され、巨人塩が回収されている──その半ば、遠方から土煙と震動を立てながら、巨人どもが大挙して小田原城へと襲い掛かっていたのである。


 巨人。

 平均、というか中央値はおおむね全長十五メートルほどの、人型の生き物である。


 衣服を身に着ける習慣はなく、雌雄があるのかどうかは性器が確認できないのでわからない。

 ただし、骨格や胸のふくらみなどが女性らしきもの、男性らしきものがいる。


 また、多くの巨人は十五メートルほどの全長なのだが、中にはことさら小柄であったり(とはいえ三メートルを下回ることはない)、逆に他の巨人の倍以上も大きかったりする者もいる。


 その機動力はほぼ人間同様であり、走る、ジャンプする、しゃがむなどの動作もやってのける。

 だが思考能力らしきものは動きからは感じ取れない。武術的な動きをすることもなく、飛び道具を撃たれても、撃たれた弾丸には反応するが、『飛び道具が放たれたということは、こちらを狙っている射手がいるということだ』という理解をしてはいなさそうな様子である。


 肉体はさほど頑強ではない。とはいえ小田原城に配備された大砲などであればたやすく貫通できるという程度であり、一般人が殴ったり、あるいは熚永ひつながクラスまでいかない通常の弓矢攻撃であれば大した痛痒もなかろう。


 痛みを感じているかどうかは不明。

 痛がる様子を見せるものもといった程度であり、全体的には、槍が刺さろうが、あるいは腕が千切れようが、気付いていない様子であるものばかりであった。


 その体つき、でかい、が、。筋骨隆々とはほど遠い、『特に鍛えていない普通の中年を脱がしてみました』といった、生々しいイヤな姿である。


 ……とまあ、巨人の特徴を並べてみたが。


(この俺にとって重要なことは、ただ一つ)


 氷邑梅雪──


 氏政城壁ウォール・ウジマサの上に立ち、巨人どもを見下ろす。


 その両手にはそれぞれ刀が握られている。

 右手には最近愛用している無銘の業物。

 左手には──世界呑せかいのみ凍蛇いてはば

 未だ白木の柄の短刀。梅雪のために打たれた名刀であった。


 その長さ、刃渡りはおおむね一尺三十cmほどと短い。

 柄も片手で持つことを想定されている長さであり、以前に検めたところ、なかごも長いわけでも短いわけでもなく、刃渡りなりといったところであった。


 特徴的な刃紋は遠目に見れば白波の立つ海を思わせる。

 だが、近場で見れば、細かい牙が無数に立った蛇のあぎとといった印象。


 その素材、なんと氷邑家重代宝刀銀舞志奈津ぎんまいのしなつと同様のものを用いられている。

 これは、銀舞志奈津修理用に氷邑家が保存していた『古代の素材』であり、現在は手に入らない非常に希少なものであった。


 この鉱石で打たれた剣、少なくとも現在まで、折れず、曲がらず、錆びず、切れ味を落とすことさえなかった。

 とはいえ重代宝刀である。万が一のために用意されていた修理用の鉱石を、父・銀雪ぎんせつは息子の刀のために放出したのであった。


 一歩間違えば梅雪のではない誰かの刀の素材になっていた(この素材を用いて刀を打っている段階で、大嶽丸おおたけまるはその刀が誰の手に入るのかを想定していなかった)ことを思えば、大層な賭けであった。


 ともあれ凍蛇、その素材ゆえにほんのりと冷気を帯びている。


 梅雪の手の中にある凍蛇は冴え冴えとした青い輝きを放ち、戦場の狂乱の熱気が立ち上る氏政城壁上で、涼し気な気配を放っている。


 梅雪は左右二刀の感触を感じ、城壁下の怒号に耳を澄ませるように閉じてた目を、開く。


「巨人の──つまり、ということ。……ああ、本当に、俺たちのためにあるような獲物だなァ?」


 片頬を吊り上げるように笑い、仮面を被る。

 それはかつて、帝都騒乱のみぎり尾庭おにわ博嗣ひろつぐより奪った面頬──を、元に氷邑家の資金力で作られた、梅雪用の仮面であった。

 かつてはボロボロの木材でしかなかったこの仮面。今はうるしの光沢もまばゆい一点もの。軽く、丈夫で、おさがりでないので顔にフィットし外れにくく、あと風呂も入っていない山賊の持ち物ではないので清潔である。


 この旅路において、梅雪は何度か、正体を隠さずに活躍してきた。


 たとえば旅の始まりの氷邑湾。

 そして三河ぽんぽこパーク。


 三河ぽんぽこパークは流れに巻き込まれるままそんなことを考える暇もなく、ただただメルヘン&ファンシーな狸王国から抜け出たい一心でそこまで頭が回っていなかったからだが……


 氷邑湾で顔をさらしたまま活躍し、神主に土下座させるシーンをのには理由があった。


 氷邑梅雪はその戦闘力を偽装し、無能道士であると周囲に思わせる欺瞞の計を行っている。

 だが一方で、銀雪の見る目が間違いで、梅雪を後継に推していることが銀雪の独断かつ間違いであると、


 ゆえに梅雪、政治・神事の方面においては、銀雪の顔を立てるぐらいには名を売るつもりであった。


 現在の梅雪が目指す自分の評判は、『道士であり剣士の才覚なく戦闘においては無能だが、政治や神事では』ぐらいのものであった。


 これはウメやアシュリーを始め、綺羅星がごとき部下ども、夕山の嫁入り、さらには七星織の嫁入りなどもあったため、『いくらなんでも無能道士というだけの男にこれだけ集まるのはおかしい』と思われるだろうことを危惧してのことでもある。

 ようするに『無能だが御三家の後継ではあるし、政治や神事はまったくの無能でもないゆえに、家柄込みでそれを見込んで帝や七星家が嫁を寄越した』ぐらいのカバーストーリーを作りたかったのである。


 それゆえ、多くの者が目撃するであろう『武的な活躍』──


 に陥りそうならば、顔を隠すことにしているのだった。


 そして、巨人の大軍が攻め寄せる大陸存亡の危機。


 


 氏政城壁ウォール・ウジマサの上に立つ梅雪──


 その目の前に、巨人が顔を出した。


 この氏政城壁ウォール・ウジマサ、巨人を押しとどめることを想定し設計されているので、その高さは二十メートルはある。

 しかし、その城壁の上に立つ梅雪の目の前に顔が来る巨体。巨人と呼ばれる生き物のだいたいが十五メートル級だというのを加味すれば、倍以上のサイズの、超大型巨人であった。


 そいつが梅雪のすぐ横に手をかけ、大型ゆえに緩慢に見える、しかし実際にはとてつもない速度で、城壁についていないほうの拳を振り被る。


 次の瞬間には真っ直ぐに拳が飛んでくるであろう、その時間。


 梅雪は笑い、その場にただ立ち、左腕の凍蛇に神威かむいを流した。


 名刀凍蛇。


 この刀の力、梅雪には、


 刀ゆえにユニットではない。目を凝らしてもステータスが見えるわけではない。

 だが、わかるのだ。刀がすべてを梅雪にさらしている感覚とでも言おうか。梅雪という存在を疑うということをまったくしないモノが、梅雪を導いている。自分を使えとざわめいている。そういう感覚があった。


 その感覚に導かれるまま神威を流せば──


 凍蛇の先端から、が放たれた。


 その蛇は超大型巨人の拳が迫るより速く、その巨人の頭部を丸呑みにする。


 頭部を呑まれた巨人はぴき、ぴき、と音を立てて首から凍り始め、数秒ののちに全身が一瞬で氷漬けになり、粉々に砕けて散った。


 梅雪は凍蛇を見る。


(ほとんど神威を流していないにもかかわらず、これだけの現象を起こすのか。……いや、ほとんど流していないどころか……。生命を、生物を、そこに流れる神威を喰らい、我がものとする刀、か)


 あまりにも、自分のための刀すぎて、笑いが込み上げて来る。


 梅雪は、その笑いを止めなかった。


 城壁上で、声を立てて笑う。


「くっくっく……はっはっは……ハァーハッハッハッハッハ! ──さあ、蹂躙だ」


 風をまといながら、城壁から降下する。


 小田原城攻防戦、クサナギ大陸の危機──


 氷邑梅雪、巨人どもの頭上から、義によって……


 否。


 趣味によって、助太刀いたす。

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