第136話 巨人の進撃 二
小田原城──
小田原城とは北方に五重の城壁を備えた対・巨人用に特化された軍事施設であり、かつて帝の祖のそのまた祖の時代より、長きに渡って巨人どもに対抗し、クサナギ大陸関東以南を守り続けてきた歴史と伝統のある城だ。
この城の代表たる司令官は代々『北条ソウウン』の名を継ぎ、五人のエースにはそれぞれ色つきの特殊衣装と装備が与えられる。
巨人に対抗するという目的でこの城に詰める人々にとって、色のついた衣装を身にまとうエースたちは憧れであり、半ば神格化、スター化、アイドル化していた。
そして小田原城もまた、過去……これも帝の祖の祖の時代に活躍した都のマッドサイエンティストにより、対巨人用決戦兵器として設計されている。
北条の心が一つになることによって全高五十メートルほどの超大型鎧として起動する機動人型兵器小田原城こそがこの城の本来の姿。
ただし、これを兵器として起動するには北条の名を持った五人のエースの心が一つになる必要があり、人型になって動き出すと中の人が大変な目に遭い、巨人を留めるべき小田原城が二足歩行で動き出す都合上、守備が手薄になるので、まず起動されない兵器であった。
ゲーム
なお、『五人のエース』『エースのみ色付き』などは帝都にいる帝都
歴史としては北条ジャーと小田原ロボが先にあり、あとから帝の祖の活躍する時代が来て、そして帝の祖の活躍を演劇にするための歌劇団ができ、蒸気甲冑開発、エース周りについての設計、ということになっている。
そのように古い歴史を持ち、数百年間巨人の脅威からクサナギ大陸を守護し続けてきた小田原城──
それが今、存亡の危機にあった。
「
小田原城指令室に響き渡るのは、悲鳴のような報告であった。
宇宙戦艦のブリッジを模した指令室であった。
帝の祖の前の時代にはよく宇宙人が襲来していた時期があるので各所に宇宙関係の開発物がある。それは今より約八百年ほど前なので、現代のクサナギ大陸が戦国時代モチーフとするならば、おおむね平安時代モチーフの時代。大エイリアン時代であった。
その時の名残で様々なオーパーツ的技術が開発され、その時代のものの一例としては北海道スペース五稜郭などもある。
この小田原城もまたそういう時代の名残であり、オペレーターたちが身にまとう、銀色で光沢がある素材の宇宙和服もまた、その時代から伝わる伝統的な衣装であった。
奇妙に光る計器類の前に腰掛けたオペレーターたちが、ひっきりなしに更新される現状を報告する。
どれも絶望的な報せばかりであった。
「……小田原城千年の不壊神話が、崩れるか」
ブリッジの中央でつぶやくのは、真っ白い髭と髪をもこもこと生やした老人である。
彼こそが当代北条ソウウン。小田原城の代表者にして、巨人という脅威からクサナギ大陸を守り続ける領主大名。千年の不壊神話を持つ小田原城の神話の一端を担う元エースであり、現在も三十年に渡り巨人との戦いを指揮し続けた生きた伝説であった。
フロックコートにパイレーツハットをかぶり、パイプをふかしながらソウウンは沈黙する。
飛び交う絶望的な報せをそうして黙ってたたずみながら聞いている彼は、あらゆる状況でも揺るがぬ強さと、どのような状態でも冷静に判断を降す聡明さを他者に感じさせた。
「敵巨人、
新しい報告もまた絶望をさらに加速させるものであった。
ソウウンは思い返す。
つい先ほどまで、いつもの、平和な小田原城であった。
だというのに北条ジャーの一人が奇行種に大きなケガを負わされたのを合図にしたかのように、巨人どもが大挙して押し寄せたのだ。
ソウウンは決断せねばならなかった。
放棄か、抗戦か。
あるいは──小田原城を起動するか。
それは歴戦の老人をして胃の腑に重苦しい塊を落とすかのような緊張を覚えさせる、重い重い、重い決断であった。
放棄すれば小田原城の民は助かる。だが、クサナギ大陸の南へと巨人どもが進撃してしまい、大陸全体の危機につながろう。
抗戦こそが小田原城の存在意義と言える。だが、ここまで巨人どもが大挙して攻め寄せて来るということは、これまでの歴史を紐解いても一度もなかった。
そもそも小田原城は『唐突に南へ向けて進撃を始める数体の巨人』を関東平野に押しとどめるべくここにある。巨人が軍勢を成して進撃してくる状況はそもそも想定されていない。
想定する意味もないと言える。なぜなら、巨人どもが一塊の軍となって進撃を開始した時点で、人類は抵抗などできない。それほどの強さなのだから……
そして、他の選択肢としては──小田原城起動。
「…………」
ソウウンは押し黙ったまま、パイプをふかす。
小田原城は超兵器である。起動すれば、巨人の大軍を相手に抵抗できる可能性がある。
ただしそれは諸刃の剣でもあった。
小田原城を起動するためには北条ジャーの絆の力が必要だ。
この城が人型兵器として起動されたのは数百年前が最後。それ以来、この城を起動できるほどの才能を持った五人は集っていない。
ゆえにまず、『起動は可能なのか?』という問題。
さらに戦略的な問題。
小田原城を人型兵器として起動できたとしよう。
すると、この場で巨人を押しとどめている五重──すでに四重に減っているが──の城壁を含む、城という防衛設備がなくなってしまう。
城モードは攻撃力と機動力こそ人型モードに及ぶべくもないが、南へ向かう巨人を押しとどめるという用途であれば、人型モードをはるかにしのぐ堅牢さを持っている。
ゆえに『攻撃力をとるか、防御力をとるか』という問題。
防御力をとる──すなわち籠城し、援軍を待つ場合。
小田原城からのエマージェンシーコールは帝にさえ出陣を促すことができる。なぜなら、クサナギ大陸の危機だからだ。
剣士・騎兵の機動力で大急ぎで駆けつけてもらえれば、小田原城が落ちるまでに援軍は間に合うだろう。
だがソウウン司令官は、先日、帝都を襲った騒乱があったことも聞き及んでいる。
今の政治情勢、まだ帝都の復興が完全とは言えないこの時期に、果たして帝を動かして、クサナギ大陸は平穏無事に済むのか? という『政治的な』問題。
……何より。
政治的な問題を原因とし、理由をつけて救援を渋られるのではないかという、可能性。
そうなれば、籠城はすなわち墓に自ら入る行為に等しくなる──
「
悲鳴のような報告がオペレーターから挙がる。
ソウウン司令、決断の時が迫っていた。
あまりの責任の重さにパイレーツハットを脱ぎ、白髪のカツラを外し、頭の汗を拭く。
(……小田原城を起動するということは、ケガを負ったあいつに無理をさせ、多くの者が暮らしていたこの城下をめちゃくちゃにするということ。それよりも、救援を要請し籠城した方が、被害が少なくて済む、か。本当に救援が来れば……我らが滅ぼされる前に救援が間に合えば、だが)
実のところ当代ソウウン、『英雄的な活躍をして巨人どもを殺しまくる功績をあげて司令官になった』というタイプではなく、『生来の臆病さから生き残ってしまい、結果として歴戦の勇士になり、司令官にまでなってしまった』というタイプである。
ゆえにこういった時に彼が選ぶのは、安全策、消極策になりがちであった。
これまでは、生き残ることで数々を成してきた。ゆえにこそ正解だったと言える。
だが……
(この未曾有の危機を前に、本当に、打って出なくてもいいのか?)
不安が、どうにもこびりつく。
ここで帝への救援を依頼してしまえば、何かが致命的におかしくなる──そんな、予想とも言えない直感が、臆病で慎重ゆえに生き延びてきた彼の脳裏にべったりと塗りこめられているのだ。
「司令!」
オペレーターの声はもう、完全に悲鳴であった。
時間がない。
(……状況は、私が覚悟を決める時間も、誰かと検討を重ねる時間も、許してはくれない、か)
パイプをふかす。
ソウウン司令は──恐らく、人生で初めて、覚悟を決めた。
同期の中で才能がない方だった。
エースの一人に選ばれたこともある。だがそれは、本人からすれば『たまたま』だった。たまたま、エースに欠員が出て、たまたま、その時にエースに選ばれてもまあ文句は出ないだろうというぐらいの実績があるのが自分であった。
英雄的な者はみな死んだ。天才たちも生き残れなかった。そういう地獄のような時代があった。
その時代を生き延び、司令官になり、あとはもう、これ以上ヒリつくような緊張感を覚えることもないだろうと半ば安心していたが──
今、この時。
あの地獄以上の地獄が、訪れている。
(私は凡人であった。才能はなく、勉学・訓練に励もうとも、すぐに限界が見えた。それでも、司令をやっている。……ふさわしいからではない。私しかいなかったからだ)
ソウウンはカツラとパイレーツハットを床に落とす。
(ふさわしくない立場になってしまったものだ。だが──私しかいないのであれば、私が決断し、行動せねばならん。そして、責任を負わねばならん)
ソウウンの目が開かれる。
そして彼は、決断した。
「……総員──」
だが、その決断に割り込むように、
「司令! え、援軍です!」
「──何?」
オペレーターの一人が、歓喜と困惑が入り交じった声をあげた。
「映像、映します!」
宇宙船のブリッジを模した指令室、その空中に映像が投影された。
そこは、
すでに半壊したその壁には、見るも無惨でおぞましいほどに巨人たちがたかっていた。
エースならぬ予備員までもが動員されて戦っている──否、戦っていたのだろう。ケガをし、あるいは死した戦士たちが、巨人塩にまみれて転がっている。
だが、そのような阿鼻叫喚地獄絵図の一部……
巨人たちを近寄らせない、嵐が吹き荒れていた。
金属
その中央にいるのは、
「…………竜?」
竜の角を掘り込んだ、鮮やかで光沢のある仮面を被った……
剣士。
黒い人型の何かを従えた剣士が、抜かれそうな
この剣士。
剣士ではない。
言うまでもなく、
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