巨人の進撃

第135話 巨人の進撃 一

 三河ぽんぽこパークを抜けてしばらく進むと、小田原城がそびえたっていた。


 氷邑ひむら梅雪ばいせつは小高い丘の上から小田原城を眺めている。

 昼休憩のさいに食べているのは、たぬきどもから献上された旅の糧食だ。ピクニックランチ──と言うほど大層なものではないが、干飯ほしいい、たぬきの山菜味噌、干した果実などもあり、質素な印象はない。


 最初の予定では三河から小田原までのあいだにどこかで宿場町に寄っていろいろと仕入れる予定だったが、狸どもの問題を解決したことで、観光地でもあるぽんぽこパークのお土産をもらえたのは嬉しい誤算であった。

 特に干した果物などはなかなか手に入らない。独特な甘酸っぱさは、御三家のお坊ちゃまとして豪勢な食生活をしてきた梅雪をして唸る美味さであった。


「……なるほど、あれが──か」


 クサナギ大陸に関東平野は存在しない。だが、関東平野が存在する。

 どういうことかと言えば、クサナギ大陸において、


 小田原城からこちらと向こうで完全に景色が違う。

 小田原城からこちら、梅雪が現在いる地域は、緑があり、木々が並び、丘や山などがそこらにある。

 だが、小田原城から向こうは荒涼とした草木一本ない平野が広がるのみである。


 というのも、関東平野、巨人が暮らしているのだ。


 この巨人というのは意思疎通不可能な野生動物であり、小田原城は巨人どもを監視し、小田原城から南に向かおうという巨人あらばこれを討伐する役割を持った前線基地なのである。


 梅雪が見ていると……


 一体の巨人が、小田原城に向けて駆け出した。


 基本的に巨人は関東平野をうろうろしているだけで刺激しない限り無害なのだが、たまに何を思ったか奇行に出る種というのがいる。

 そういったものが小田原城以南に入らないようにするために……


 小田原戦隊北条ジャーが出撃する。


 説明しよう。小田原戦隊北条ジャーとは、司令官ソウウンの指揮のもと戦う五色の衣装をそれぞれ身に纏った連中である。

 なお戦い方はジェットパックで空を舞いながら二本の刀で巨人のうなじを削ぎ斬るなどの動きをするらしい。


 ちなみにゲーム剣桜鬼譚けんおうきたんにおいて、ユニットとしては北条ジャーは出て来ない。

 北条ジャーが乗り込む最終兵器がユニットとして登場するのだが……


「……さて、クサナギ大陸東の海沿いを通って東北へ向かうためには、関東平野を越えねばならん。道々で狩るとして、巨人というのはいかにも適当だなァ?」


 殺してもいい人型が大量に出る。

 普通の生き物と妖魔とでは感覚的に『何か』が違い、シンコウを殺すことを目的とする梅雪は、生き物を殺す経験を積む必要を察しているところであった。

 それも道中でいくらかの妖魔を斬った経験あっての感覚だが。


 巨人は厳密に言えば妖魔ではない。

 妖魔とは『人類の敵だと世界に認められ、その肉体がすべて神威かむいになったモノ』を指すが、あの巨人どもはああいう生物である。


 平均身長おおよそ十五メートル。体重は奇妙に軽いらしいが直立し迫ってくる姿と、まき散らす破壊を見れば、ただのヒョロガリではなく、なんらかの神威的な加護を所持しているのだろうと予想できる。


 その破壊力は甚大。並みの剣士程度はハエのように叩き潰すことが可能。

 速度もある。十五メートルの巨体が二メートルもない人間同様の動きで走ったり跳んだりするのだ。


 種族特徴として徒党を組んで一気に攻めてくるということはない──と、言われてはいるけれど、普通に徒党を組んで一気に南下するイベントが発生するので、『普段は徒党を組まない』ぐらいに認識しておくべきだろう。


 その巨人の周囲を飛び回り、二刀で攻撃していた北条ジャーの五人だが……


「あ」


 梅雪、思わず声が出る。

 


 北条ジャーはどうにか巨人を撃退したものの、何やら騒然とした様子で小田原城へと戻っていく。

 巨人の死体はしばらくその場に留まっていたが、数分もすると急にドロリと表面が溶け崩れ、大量の塩へと変化して残った。

 小田原城から荷車を引いた一団が出てきて、その塩を回収していく。

 クサナギ大陸で広く流通している『巨人塩』の回収現場であった。


 このあとパッケージングなどされて全国各地に輸送される。

 そのアガリでもって小田原城は防備を固め、クサナギ大陸小田原以南を守っているのだ。


「…………


 北条ジャーの一人が巨人に敗北し、大けがを負う……

 


(……帝都騒乱は人為がかかわったが……ぽんぽこパークもそう、小田原城もそう……何やら、俺が行く先々で、イベントがで起こるなァ?)


 帝都騒乱──

 恐らくゲーム剣桜鬼譚のオープニング直前にあった、帝弑逆しいぎゃく事件である。

 そちらは梅雪の変化が理由で連鎖的に起きた(夕山の嫁入り発表がトリガーだったと思われる)ので、まあ、開催が早くなるのはある程度納得もする。


 大江山であったことは、帝都騒乱から連鎖的に始まったことだ。

 だが、大辺おおべがいたというイレギュラーから海神かいしんの使徒どもとの戦いにまで発展した。そこを思えば、なるほど、あの事件からすでに、何か梅雪の介入せぬ部分で世界がおかしくなり始めていたのかもしれない。


 氷邑湾、ぽんぽこパークに至っては、もう、神だの妖魔だのが、梅雪が来ることをトリガーにしたように、事件を起こし始めている──


(……まあ、志奈津神は俺に力を授けているから、俺の来訪に合わせて『海魔をどうにかしろ』と目論んだと言えなくもないが……ぽんぽこパークのイベント密度はなんなのだ? 以外に説明がつかんぞ)


 そして目の前で、小田原城を守るエース五人衆、北条ジャーの一人が巨人に叩き落とされるイベントが起こった。

 ゲームにおいてはそれを端緒に連鎖的にイベントが始まり、主人公が介入しないと小田原城が滅ぼされ、関東から巨人が南へと進撃してくることになる。

 巨人軍が通った場所はすべて巨人軍の領地になる。だ。

 この軍勢とぶつかると基本的にどの領地も戦闘にならずに滅ぼされる、自然災害同然のものなのである。


 巨人軍の進撃を止める手段は、主人公が出陣してこの軍勢を倒すことのみ。


 つまり……


「……おいおい、この俺が出なければ、クサナギ大陸存亡の危機、かァ?」


 ゲームと違って『そういう仕様だから無抵抗で滅ぼされます』ということはないだろう。

 だが、巨人の軍勢は強い。放置すれば時間はかかってもゲームと同じ状況になりかねない。


 すべての土地が平地にされてしまう──あらゆる生命がならされて。


 予定外に迫る大陸存亡の危機。

 梅雪は……


「……お前の使い心地を試す時が来たかもしれんな」


 干した果物をかじりながら、帯びた刀を思う。

 腰にある二振りの刀。


 一つは普段使いの業物。

 そしてもう一つ。白木の鞘に込められた──短刀。

 梅雪が片手で振れる長さ、片手で制御できる重さのその刀こそが、世界呑せかいのみ凍蛇いてはば。大嶽丸が梅雪のためとは知らずに打ち上げた、梅雪の名刀である。


 危地を前に心躍る。


 敗北など到底描くことはできなかった。ただ、勝利を前提に、刀の具合を確かめるにはと、梅雪は出陣を決意する。

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