第134話 一方そのころ 二

 氷邑ひむら領都屋敷──


 アシュリーは地下牢に囚われ、檻を揺らしたり、歯をむき出しにして威嚇するなどの行為を繰り返していた。


「納得いかない! 納得いかない! なんで私がお留守番!?」


 アシュリーのここ最近の主張はこのようなものである。

 つまり、旅立つ梅雪に置いて行かれたのをかなりイヤイヤしているのであった。


 ちなみにアシュリーを置いていったのには複数の理由がある。


 一つ、騎兵を連れて騎兵車にでも乗ろうものなら一発で貴人であることがバレてしまうが、そういう旅ではないので、目立つ騎兵を連れていくのは避けたかった。


 二つ、アシュリーも家臣として実力向上をさせる必要があるのだが、メカニックであるアシュリーは旅に連れて色々経験させるよりも、設備や資材や資料が潤沢な氷邑邸でお勉強とか機械の整備とかさせた方が強くなれるので、そっちを選んだ。


 三つ、アシュリーという戦力がいないと、機工甲冑を整備されている忍軍のパフォーマンスが単純に落ちる。なので氷邑家全体としてアシュリーを不在にさせるわけにはいかない事情があった。


 その他細々とした理由が数十あり、アシュリーは置いて行かれることになった。

 梅雪は家臣には言葉を尽くす方なのでこのあたりのこと語って聞かせたが、メカ以外のことに対しては八歳児相当の知力しかないアシュリーは、梅雪の言っていることが一割もわからず、とにかく『やだやだ!』し、脱走など企てているところである。


 しかし脱走しようとしても氷邑家総出で止めに来る……


 隠密なのでどうにか抜けられないかと思っていろいろするのだが、なぜか脱出経路を読まれてそこに兵が配置されており、一部隊が見つけるとあとは小学生サッカー状態で全部隊が寄ってくるので、物量差で圧殺されてしまうのであった。


 まあこれが相手を殺していい勝負ならばもっとやりようはあるのだが、さすがにそこまでの覚悟はキマッていないので、お互いにケガがないよう気遣いながら戦った結果、毎日夕方から夜にかけて牢屋でお夕飯を食べる日々を過ごしているというわけだった。


「あきらめない……私はあきらめない……絶対に梅雪様についていく……ついていって……うどん、ハンバーガー、ウナギ……」


 大嶽丸おおたけまるざぶざぶランドの時同様、『自分はメンバーに入ってるんだろうなあ』と勝手に思っていた(初手で『お前は連れて行かない』と言われていたのに)アシュリーは、梅雪が向かう先のグルメ情報などを調べていたのだ。

 それらに舌鼓したづつみを打つのを楽しみにしていたのに、このままでは……


「お土産に期待するしかなくなっちゃう……!」


 美味しい食べ物はロケーションまで含めての美味しさなのに!

 牢屋で食べるいつものご飯がなんだか美味しくないように、お土産でもらう食べ物は、地元で食べるのとは何か違うに決まっていた。そんなのは受け入れられない。もう、うどんの口なのに!


 夕飯の白飯御膳をかきこみながらアシュリーは考える。


 もう梅雪が旅立ってかなりの日が経つ。

 騎兵の長距離走破能力であれば多少遅れても追いつく自信があったし、ので、たくさんのお土産を持って追いつくこともできるだろう。


 だがあまり離されると単純に追いつけても合流できなくなる。


「……なんかしばらく帰ってこないみたいだし……なんで置いてくんだろ……」


 急に悲しくなってきたアシュリーは涙を流し始める。

 長ければ三年とかいう情報が不意に頭の中に蘇ってきた。


 梅雪はいろいろと説明したのだが、理路整然とした説明では解決できない問題もこの世には大量にある。

 そしてそもそも、梅雪が筋道立てて説明すること、八歳児には普通に高度で理解できない。相手の知性を大人並みに想定して話してしまうのは梅雪の悪癖であった。


 アシュリーにはただ一言、『ついて来い』と言うべきであったのだ。

 八歳の女の子が懐いているお兄ちゃんとしばらく離れ離れになる寂しさを、梅雪はうまく想定できなかった。


 だが……

 梅雪の女ども、めそめそ泣いているだけでは終わらない。


「ふっふっふ……」


 牢屋に不意に響く笑い声。

 アシュリーが格子の向こうに目を向けると、そこにいたのは……


「お困りのようなんだよ。手を貸すんだよ」

「そ、その独特なしゃべり方は……!?」

「え、私のしゃべり方、独特……?」


 ショックを受けた表情でたたずむその人物……


 いや、


 銀髪を七つ結びにするという独特な髪型で、袖が長いが丈が短い独特な真っ白い着物を着た、独特なしゃべり方のそいつは──

 神器剣アメノハバキリ。


 あまりにも蒸気塔から脱走するので『脱走はやめてくれ。出たいなら言ってくれ。護衛つけて出させるから』とついに帝から泣きつかれたことにより自由を手に入れた、脱走の常習犯であった。

 なお脱走して来る先はだいたい氷邑家なので、最近は氷邑家と帝との連絡が緊密になっており、親戚のおじさんちぐらいのノリで泊まりに来ている。

 今日も泊まりに来ていた。


 ちなみに神器剣の目的は相変わらず『梅雪の剣になること』なのだが……

 このように置いていかれたところからもわかるように、相変わらず梅雪からは『邪魔』という扱いを受けている。


 結果、見た目年齢が近いアシュリーとよく遊ぶようになり、この二人と大江山の熊とで最近は仲良し三人組であった──

 熊としては『なんか最近やけに来るやつらがいるな……』ぐらいの認識ではあるが。


「アシュリーはこう思っているはずなんだよ。『納得いかない! 納得いかない! なんで私がお留守番!?』って」

「聞いてたの!?」

「最初から聞いてたんだよ。……私も同感なんだよ。どうしてヒラサカの姉さまが連れて行かれてるのに、私はお留守番なのか……しかも、梅雪の浮気の気配を感じるんだよ!」

「浮気……?」


 ハーレム作りを公言している男に浮気という概念はないので、アシュリーは首を傾げた。

 あとハバキリは別にヒロインレースに参加できていない。選外である。


 しかしハバキリ、袖の下で拳など握りしめて熱く語る。


「別なおんながそばにいる気配がするんだよ!」


 そりゃいるだろうけど……とアシュリーがどんどん困惑していく。


 梅雪、まだこしらえができていないので実戦での運用はしていない大嶽丸作名刀凍蛇いてはばがおり、それとは別に腰に差している業物がある。

 武士が複数の刀を持つのは普通のことなので、他の刀を所持したぐらいでは浮気ではないし、ハバキリはヒロインレースどころか所持刀レースにも参加できていない選外神剣なので、ここに嫉妬する権利がない。


 だがハバキリ、自分の今の位置など気にしない力強さがある。


「私は帝の祖にも使われたことがある由緒正しい剣なんだよ」

「最近ポジティブになったね」

形状ファッションだって使う人に合わせて変えるし……」

「その格好って帝の祖の趣味ってこと?」

「そうだよ」


 帝の祖は違うよと言いたそうであるが、とうに故人なので何も言う権利がなかった。


 ハバキリは熱く語る。


「ここまで拒絶されると逆に燃え上がるんだよ……なんとしても私を使わせてみせるって気持ちで、最近はいつも梅雪のことばっかり考えてるんだよ……これはもう、アレなんだよ。なんだっけ、アレ。人間のみんながこう、道を誤ったり、勝算の低い賭けに出たりする原因……」

「殺意?」

「そう、殺意なんだよ。……いや殺意じゃない気はするよ」


 八歳児と神造生物が鏡映しのように首をかしげ合う。


「……とにかく、追いかけて掴ませて見せるんだよ」

「でも……」

「アシュリー一人では無理でも……私がいれば?」

「役立たずがいてもなぁ……」

「役立たずじゃないんだよ!? 私への評価が全体的に低いの何!?」

「じゃあなんの役に立つの?」

「ふっふっふ。私がいれば脱出は確実なんだよ。見せてあげるよ、神剣の力……そう──」


 ハバキリは両拳を握りしめ、熱く語る。


「──帝とのコネの力を!」


 後日、帝より氷邑家へ嘆願書が来た。


 秘密の任務ゆえ詳細は広く知られるところではないが、その内容は……


『神剣アメノハバキリが梅雪殿を追いかけて脱走すると言ってきかないので、氷邑忍軍のアシュリーを護衛としてつけて、あとを追わせてあげてはいただけないでしょうか?』


 基本的に御三家は家臣であり、帝がこれにへりくだることはない。

 しかし意訳するとここまで下手に出ている意味合いになる手紙を見た銀雪ぎんせつは……


「……まぁ、これを引き出せたなら許してあげようか」


 アシュリー、神剣アメノハバキリとともに出発。

 脱走して追いかけていくコンビ、大嶽丸ざぶざぶランド以来の結成であった。

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