三河ぽんぽこパーク

第132話 三河ぽんぽこパーク 一

 氷邑ひむら湾を抜けて梅雪ばいせつらがたどり着いた場所は、三河みかわぽんぽこパークであった。


 ここら一帯はもともとアミューズメント施設というわけではないのだが、純粋な獣人たちが群生している土地として、一種の独立国家めいた場所となっている。

 しかし獣人たちも人間たちから敵視されてはかなわないので、入国審査などはなく、来た人間はだいたい歓迎するようにしている。


 その時に観光案内などされたりお土産をもらったりした者たちが噂を広げ、そうして形成されたのが『たぬき獣人たちがやたらもてなしてくる独立観光地域、三河ぽんぽこパーク』であった。


 なお、現在、三河ぽんぽこパークは周辺大名も認める獣人の独立群生国家であることには変わりないので、ここで狼藉をした人間は以降となる。

 俗に『狸に化かされた』などの隠語でこの行方不明者のことは語られるのだが、そういう怪談もあって治安はかなりいい。


「ようこそおいでくださいました人間のみなさん。たぬきです」


 狸ではないです。

 三河ぽんぽこパークはの独立国家なので、中にいるのは獣人である。

 というか野生の狸は言葉を操ることができない。


 が、人間から見ると、野生の狸と純粋な狸獣人とはほぼ違いがないように見えるのも事実である。

 常に二足歩行しているか、それとも四足歩行しているかぐらいの違いしか観測できないのだ。

 これが獣人同士だと一目でわかるというのだから、人種の違いによる差異というのは、言葉で表現できるよりはるかに不可思議な要素を孕んでいるのだろう。


 氷邑梅雪は渋面になる。


(……三河ぽんぽこパーク……剣桜鬼譚けんおうきたんにおいても、ここだけやたらメルヘンでファンシーだったが……雰囲気が浮きすぎていて謎の不気味さがある……)


 ここの狸(狸ではない)たちは人懐っこく、のろまで、ふわふわしており、行動全部コミカルという感じなのだが……

 リアルに生きている獣人だと考えると、ここまでファンシーな連中がファンシーなまま実在するというのは、一種の怪談のようにも感じられた。


(というか三河で狸ということは、モデルは徳川家康のはず……実際、この地域の代表者は竹千代たけちよという名の狸獣人だし……歴史通りなら天下をとるということではないか)


 まあ史実と剣桜鬼譚とは関係がない。


 たとえば史実において織田信長と徳川家康(松平姓時代)は同盟関係だが、サイバネティックネオアヅチにいるノブナガ・オダとここの狸どもとは、別に同盟関係ではない。

 あと現実戦国時代との大きめの差異と言えば、北海道がまるごと五稜郭ごりょうかくになっており、指揮官がトシゾウ・ヒジカタ艦長(五稜郭は青函量子トンネルを抜けた先にある宇宙要塞である)だったりするので、地域ごとに雰囲気が違いすぎるのは仕様ではある。

 あと豊臣秀吉モチーフのキャラはネオアヅチでガイノイド(女性型アンドロイド)として存在したりもする。


 閑話休題それはさておき


「みなさんがこのぽんぽこパークで安全に過ごせるよう、このたぬきが責任をもって案内させていただきます。どうぞよろしくお願いします」


 ということで、狸(狸ではない)についていくことになった。


 二足歩行、恐らく全裸(純粋な獣人は毛が動物並みなのでそれを以て衣服の代わりとすることも多い)の狸獣人に先導されるままについていく。


 梅雪および同行者は特に異論もなくそうした。

 ここはそういうものであり、狸の案内に従わず勝手なことをすると『狸に化かされる』からだ。

 まあ、そうなったらそうなったで別にいいという気持ちはもちろんありつつ、わざわざ自分から問題を起こすのも面倒だし、そうする意味もなく、なおかつ目的の途中だから必要のないトラブルを背負うのも避けたい……などなど理由があり、大人しくしているというわけだった。


 加えて、狸ども(狸ではない)の姿や行動が奇妙に毒気を抜くというのもまた事実であった。


 梅雪は周囲に目を巡らせる。


 そこは田畑が整備された田舎の田園風景といった有様であり、あちこちに狸獣人がおり、土地の整備や作業などをしている。

 現在は新米の収穫時期なので、狸が鎌など持って稲を刈ったり、束ねた稲を結んで積み上げたり、脱穀したりといった作業をしていた。

 秋特有の黄金色に色づく景色の中で、本来は害獣の一種とも言える狸が農作業に精を出している姿は見ている者の頭に強制的にファンシーを注入する独特な世界観がある。


 しかも狸獣人ども、みな一様に声がかわいい。


 幼い子供みたいな声の狸どもが声をかけあい農作業をしている。そのモフモフな姿はしばらくここで滞在でもしようものなら骨抜きにされて『ここに住む!』とか言い出しかねない特殊な魔力があった。


 しばらく歩いて行くと、三河名産のウナギ漁をしている場所の横を通る。


 手足の短い狸獣人どもが川に仕掛けた罠からウナギを取り出し、桶にダバダバ入れているところであった。

 さすがにこのあたりの特産品漁ということでみな手際がいいのだけれど、中には新人なのか粗忽なだけかわからない狸もおり、ぬめぬめのウナギに絡まれて「あああ……たぬきはもうだめです……」などと人生を諦めている様子が見られた。

 面白いというか頭が変になりそうなのは、周囲の狸が助ければ一瞬で助かる状況だというのに、一人の狸が諦めると、周囲も頭を抱えて諦めてしまうところだろう。

 ついつい行って手助けしたくなる様子がなんとも……


(なんだろう、なんらかの精神に作用する道術でも仕掛けられているのか……?)


 いたく混乱する。


 氷邑梅雪──

 こういうファンシーな世界観と相性が悪く、ただただ居心地が悪い。


「なんじゃこれは」


 同行している七星ななほしおりあたりもファンシーと相性が悪いのか、げんなりした顔で狸どもの愛らしい日常生活を見ていた。

 なお本人たちは気付いていないが、梅雪も織も『相手の発言の裏側を勝手に想像する』というクセがある。なので直球でメルヘンをぶつけられると、何かの罠かと思ってしまい、メルヘンを素直に受け止めることができないのだ。


 一方で同行者の中で相性がよさそうなのもおり、サトコなどは狸どもに混じって話など聞いたり、ウナギに絡まった狸を助けて礼拝されていたりする。

 狸どもが額を地面について頭の上に両手を上げ──ようとして腕が短いので上がらず、耳を抑えるに留まる姿が、礼拝の仕草らしかった。


(なんだ? 罠か?)


 梅雪はすべてに裏が見えて仕方がなく、狸どもが愛らしい仕草をするたび、『とりあえず斬っておくべきだろうか』と根拠もない焦燥感が募っていくのだった。


 しかし剣桜鬼譚準拠だと、ここの狸獣人ども、ただメルヘンでファンシーなだけである。

 裏などない。一切。


 戦国時代をモチーフにした、裏切り、策謀、戦争、凌辱、殺し合いなどが日常の剣桜鬼譚において、純度100%のファンシー。それがこの三河ぽんぽこパークである。

 なおこの地域は支配もできるし、指揮官ユニットとして竹千代狸が存在するので、普通に戦争もする。


「……早く抜けるぞ。ここは、あまりにもおかしい」

「同感じゃ」


 梅雪と織が歩調を早めようとする中──


「大変です! ああ、たぬきはもうだめです……」


 進路上で数十の狸たちが一塊の毛玉となって頭を抱えている姿を目撃してしまう。

 ダイブしたらさぞかし気持ちよさそうな狸塊となった一角である。梅雪は無視したかった。


 しかしウナギの襲撃(ただ絡みつかれただけ)から狸を助けた流れで、サトコが話を聞きに行ってしまう。


 もうここで混ざって暮らせよ毛玉同士……みたいなことを梅雪が思っている中、話が進んでいく。


「実は……川の上流に意地悪な人が住みついたのです……たぬきはもうだめです……」


 サトコが状況をヒアリングしていく。


 そうしてまとめた結果、こういうことが起こっているらしかった。


「川の上流に天狗エルフが住みついて、川の流れをせき止めてるんだって」

「そうか。知らんな」

「助けてあげたら神格化した狸の妖魔の情報をもらえるって」

「…………」


 実はこのイベント、剣桜鬼譚に存在する。

 三河ぽんぽこパークは人間からは一定の距離をとられたファンシー世界ではあるものの、天狗やらドワーフやらがやたらとやってきて川の上流を支配し、狸どもを困らせるのだ。

 なおイベントをこなしていくと最終的に『川の上流に意地悪なドラゴンが住みついて……』みたいなことが起こり、それを倒すと戦わずに三河の支配権が手に入り、狸を戦争に連れ込めるようになる。

 強さはイベントをこなしてまで獲得するほどではないのだが、イベント報酬がいろいろと美味しいし、全国統一するにはこの狸どもの住まう三河も支配地域にする必要があるので、戦うよりはイベントこなそう、ぐらいの感じでこなされる。


(ゲームだと『上流の警備をあつくしろよ』と笑えたが、現実だと『上流を警備しろォ!』と怒鳴りたくなるな……)


 ファンシーなものが不気味に感じる梅雪としては無視してさっさと進みたい。

 が、サトコの故郷を救う旅路で、サトコの戦力増強を阻むのもおかしな話だ。


『お前の故郷はもう全部俺が解決するからさっさと行こう』と言ってしまう手もあるが、梅雪は己の目的のために己で努力する者を好む。その覚悟を邪魔するというのは、梅雪の好みに反した。


 ゆえに……


「……さっさと片付けて進むぞ。上流を支配する天狗だったか? この俺が鏖殺おうさつしてやる」


 たぬきどもがワァッと喚声をあげる。


 もふもふどもが歓迎するように梅雪に寄ってくる。

 それを前に梅雪、抜刀。


「まとわりつくな毛玉どもォ! 斬り殺すぞ!?」


 ファンシーがあわあわしながら距離をとる。


 こうして梅雪は、ファンシー世界で天狗と戦う羽目になったのだった。

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