第127話 氷邑湾海魔残党掃討戦 一
『氷邑湾海魔残党掃討戦』。
嵐である。
あまりにも酷い嵐であった。
大雨は弾丸のごとく降り注ぎ、吹き付ける風は梅雪程度の重量であれば吹き飛ばして巻き上げるほどの強さ。シナツのスキルなくば実際にそうなっていたはずだ。
周囲の店の建材と思われるものや、船であったと思しき残骸が巻き上げられ、吹き飛ばされ、勢いを失ったものは湾上へと浮かんでいた。
氷邑梅雪の記憶の中には、穏やかであったころの氷邑湾の光景もある。
その時の氷邑湾は、湾岸に多くの出店が並び、穏やかな湾の上にはボートがたくさん浮かんでいた。
漁のための船が整然と並び、岩場の方へ目を向ければ、磯シャツ姿の
「『見る影もない』とはまさしくこのことだなァ? ……で、これは神事である。ゆえに俺一人でも構わんが……それでも小舟でこの湾を行く俺に突き従うのか? ──サトコ」
梅雪が見た先……
そこには青い毛玉があった。
梅雪はこの場に立つにあたり、シナツの力を用いて雨風をしのいでいる。
だがそれでもしのぎ切れぬ風の流れによって、サトコのふわふわした量の多い髪の毛が大変なことになっていた。
風に巻かれて逆立ったり巻きついたりする髪の毛は、遠目に見れば『氷邑湾に新たな妖怪!』という様子であろう。
イタコのサトコ。
梅雪の旅に同行するうちの一人である。
もちろん梅雪の旅の最終目的地点がサトコが救いたがっている
しかしそれは、梅雪に伴ってすべての危険へとともに挑まなければいけないということにはならない。
むしろ梅雪に救ってもらうヒロインとしてならば、危険を前には身を引いて、無事でも祈りながら安全な場所で待つべきであろう。
……実際、そのようなムーブをしている同行者もいるのだが。
しかしサトコ、己がヒロインであることなど望んでいない。
「おほおぉ……これは私の旅だからねぇ……逃げないよ。きちんと、立ち向かう」
主人公である。
梅雪にとってこの旅は、強い妖魔を倒して経験値を稼ぐ旅。
一方でサトコにとってこの旅は、梅雪という援軍を連れ帰り故郷を救う冒険。
ゆえに彼女は危険を前に下がらない。
梅雪の救援に甘えている立場であることは否定できない。だが、それは頼り切ることを是とするという意味ではない。
「……示すよ。プールの時は投擲術ばっかりだったけど……荒夜連の戦闘術の神髄を」
「ほう」
梅雪、このイベントを自分だけで解決するつもりであった。
経験値稼ぎという目的を思えば、道中のイベントは全部自分で解決するのが正しい。
しかし氷邑梅雪、
かつての梅雪であれば
帝都騒乱。大江山行。大嶽丸ざぶざぶランド。
それらを経て、他者の覚悟に感じ入るマインドを身に着けていた。
ゆえに、
「では、先駆けは貴様に任す。この俺に示してみせよ、貴様の力を」
「うん」
と、言いながらサトコが髪を掻きあげる。
その下から現れた彼女の衣装は──ソフトボールウェア風の和服。
白黒を基調とした色合いの、袖がふくらんだ、下がホットパンツ、肘、膝あたりにプロテクターをした姿であった。
履いているスニーカーのような下駄には『荒夜連』のロゴが縫いこまれている。
その背番号は18番。下級生にしてエースである。
彼女は指出しグローブをはめた手に、黒い球体を握りしめている。
「じゃあ──初仕事。きっちり降ろしてみせるよ」
イタコのサトコ、大嵐の氷邑湾に登板決定。
◆
シナツのスキルで船を進める。
漕ぎ手のいないボートが大嵐の湾を進み、その中央まで向かう。
まるでそのボートの周囲だけ嵐がないかのようなその様子は、遠目に見れば、神の御手に守られた、なんとも聖性高いものに見えるだろう。
梅雪がそうやって船を進めていると、湾の中央あたり、海中からあぶくが上がっているのが見えてきた。
「おひぃ~……ほんとに『なんか』いるんだねぇ」
感嘆符がいちいちアヘ声っぽいサトコの言葉に、梅雪は「ふん」と鼻を鳴らす。
「唐突な嵐など自然現象であるものかよ。
「で、アレを倒せば嵐は鎮まる?」
「そうだ」
断言するのはもちろん、梅雪にゲーム知識があるからだ。
このイベントはゲーム
主人公はだいたい最初に氷邑家を落として、氷邑家の領土を己の物にするわけだが……
このゲームには特産品開発という概念もあるので、その開発を進めていると遭遇するイベント。それが、『氷邑湾海魔残党掃討戦』である。
かつて、氷邑湾から『
それは梅雪の祖父である
その時に召喚された
そして海魔なので傷が癒えると陸地を海に還すべく活動を開始する。
この大嵐は正確に述べれば嵐ではない。陸を水浸しにしようとする攻撃なのである。
つまり志奈津の怒りとかなんも関係ない。
あの神主、神主だからといって神と交信できたり、起こっている現象に仕えている神が関係あるかなどを感じ取ったりはできない、ただの役人なのだ。
この大嵐の原因たる海魔は……
己の潜伏場所の周辺に人が出現したのを感じ取ったのだろう。行動を開始した。
梅雪らの乗る小舟の周囲にあぶくが立ち、次の瞬間、何かが海中からせり上がってくる。
それは、肉の柱とでも呼ぶべき太さを誇るゲソである。
小舟が粉々になり木片へとなっていく中……
空に逃れていた梅雪が、空を踏み笑う。
その腕の中にはお姫様抱っこ状態のサトコもいた。
「…………あひぃ~」
「何を呆けている? もう戦いは始まっているのだぞ。この俺に実力を示すのであろう? それとも、こうして腕の中で俺の活躍を見ていたいのか?」
サトコ、そこで「うーん」と悩む素振りを見せる。
かなり悩んでいた。が。
「……もう、ヘマはしないよ」
「言葉ではなんとでも言えるが?」
「行動で示せばいいんでしょ」
「そうだ。この俺に見せてみろ。貴様の力を。初撃回避と足場はおまけしてやろう。さあ、サトコ。登板せよ」
梅雪がサトコを投げ捨てる。
宙に投げ捨てられたサトコは「うわわわ」と慌てふためくが、しかし海に真っ逆さま──ということはなく、彼女の着地点、中空には見えない足場があった。
シナツの加護による、風の大地。
吹き飛ばされそうな嵐の中、少女が
そして、腰のベルトから、黒いボールを取り出し……
「行け──」
肩甲骨から持ち上げて、腕を回す。
半分と一回転ののち放たれたボールは、大嵐の中を真っ直ぐに海魔のいる場所にまで進み……
「──『異界の騎士』ルウ!」
黒いボールが上下に半ばから開くと、そこから漆黒の雷が迸り、人型を成す。
その人型は、しゃがみこんだような姿勢から立ち上がりつつ、声を発する。
「状況も聞こえた。手伝ってやってもいい。だが……」
人型──ルウは、両手に剣を出しつつ背後を振り返り、
「……どういう気持ちで戦えばいいんだ、私は!?」
さんざん戦いを邪魔されたあげく、ボールに封印されるという扱いを受けたルウ、困り果てた顔で戦場に立つ。
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