side8-3 ミツコ、エースになるってよ 下

「しかし実際問題新しいエースは必要で、火撃隊のエースと考えると、神威強化ブーストができる必要性はあります」


 ゴタゴタした忖度そんたく事務を『帝への直訴』というパワーで桃井もものいがどうにかしたあと……


 ミツコは個室のあるカフェに連れ込まれ、桃井と面談する羽目になっていた。


 ミツコにとっての桃井は確かに同じ組に所属する直属の上司であり、なおかつミツコは火撃隊予備員なので、幾度か蒸気甲冑操作・整備などで指導を受けたこともある相手だ。


 実は劇団員全員にとはいえ蒸気甲冑が配備されているわけではない。

 予備員のことをモブ扱いするような氷邑ひむら家の御令息も存在するのだが、実のところ、蒸気甲冑の搭乗者に選ばれるというだけでだいぶエリートである。

 多くの団員はそもそも蒸気甲冑に触る機会さえもないのが現状だ。


 それは、歌劇団の団員の多くが平民出身の神威の少ない者ばかりだから、という理由であり……


「以前から思っていたことがあります。と」


 カフェの個室で緑茶とあんみつなど給仕サーブされており、これは桃井のおごりなのだが、話題が極度に政治的すぎて、ミツコは手をつけるところまで心が進まない有様であった。


 実は、火撃隊員と歌劇団員を兼ねる必要はないのではないか? というのはずっと言われていることではあった。


 そりゃそうなのだ。『普段は芸能人。でも、緊急時には車両に乗り込んで自衛隊として働きます』などと現代日本で言ったら『上の人何考えてるの?』と大荒れ、大炎上である。


 しかしこの世界において、そもそも歌劇団員が軍人のような訓練をするのは、発端が『帝の祖の活躍を演じるならば、帝の祖の時代に生きた英雄たちのような強さがなくてはならぬ』というものなので、火撃隊と歌劇団は


 それに現在のエース、しかもエースチームのリーダーが異を唱えるようなことを言う……


 つい先日、エースの一人が帝に謀反をぶちかました情勢と合わせて、非常に危険な発言であった。


 そんなミツコの緊張を察したのか、桃井は「ああ、ごめんなさい」と微笑を浮かべる。


「……今回のことで、帝からお言葉をいただく機会が増えてね。その中で、帝ご自身がおっしゃっていたことでもあるのよ。熚永ひつながアカリの活動は、本人の以上に、が、より深刻な結果をもたらしたのではないか。『武力』と『人気』は分けるべきではないか──とね」


 人気も武力もある者は、いつどのような時代でも革命の旗手になりかねない。

 なので劇団トップスタァという人気と、火撃隊エースという武力は分けてしまった方が政治的にいいのではないか──という話だ。


「……しかし、伝統的に、スタァがエースも兼ねるということをしてきたわけで、なかなか、そうはいかなかった。だから、今回、熚永がやったことはある意味でチャンスで、今、この空気の中で二つを分けてしまおうっていう話が出ているの」

「あの〜、その話を、なぜ私に……?」

「あなた、のエースの第一号になってみない?」

「……」


 ミツコは劇団員である。


 歌劇団の中にはもちろん、目立ちたい、表現したい、ようするにという意思で劇団員になった者が多い。

 そもそも、最近の火撃隊の活動は、『複数機で出動して空から攻撃してお尋ね者を撃破し、そのまま帰還する』というパフォーマンス色の強い活動ばかりだった。

 なので『演者としてトップスタァになりたい。』みたいなスタンスの者は多い。


 一方で少数だが、『火撃隊として帝都を守りたい。そのために仕方なく演劇をやる』というスタンスの者も、いないわけではない。


 まあ、ミツコは劇団員をやりたい方なので、『劇団員やめて専属軍人にならない?』みたいな誘いは勘弁してくれって感じなのだが……


 それ以上に、いち劇団員として、思うことがある。


……」

「……理由を聞かせてもらえる?」

「いえ、その〜……なんていうか、『エース』と『スタァ』って、なんだかんだもう、なんですよね」

「……」

「政治的な話はよくわかりませんけど……今から二つに分けてもなんていうか……感じがする、と言いますか。エースで、かつスタァだから、格好いいっていうか」

「……なるほど」

「い、いやその、帝のおっしゃることに反論っていうわけじゃないですよ!? ただ……両方が一つだから頑張ってきたのに、いきなり二つにされたら……人も出るんじゃないかなぁ、って……あははは」


 桃井が抹茶を飲む。

 そのあいだの沈黙は、ミツコにとってとてつもなく重苦しいものだった。


 手とか震えている。手汗もヤバい。

 桃井さん行きつけっぽいこの個室カフェ、明らかに茶器がいいやつなので、こんな手で触って落としでもしたらどのぐらい払えばいいかわからないからお茶も飲めない。


 喉が渇くような、そのくせ全身からじっとりした汗が滲み出るような、ほんの十秒もない沈黙がゆっくりとミツコの心臓を締め付けていく。


 ようやく、桃井がお茶を置いた。


「実はね、

「え!? 罠にかけられた!?」

「罠……」

「アッ、いえ、その、えと……す、すいません……」

「……確かに罠でした。誠実ではない話運びをしてしまったこと、謝罪します」

「奢ってくれる人に頭まで下げられたらお金払わなきゃいけない気分になるからやめてください!」

「あの、なんでそんなに貧乏っぽい感じなの……? まさかお給料が誰かに中抜きされてる……?」


 帝都歌劇団はプロなので、お給料が出る。

 基本は役に給料がつく感じなので収入には個人差があるものの、予備員にまでなっているミツコの基本給、実は結構なものであった。

 まあ芝居が大根なので役の方の収入が笑うしかないレベルで少ないが……


「いえ、あの……お金は全部お母さんに渡してるので……」

「…………………………なんで?」

「持ってると変なもの買っちゃうから……」

「……服とか化粧とか、どうしてるの?」

「特にないです」

「『特にないです』!?」


 桃井の理解の範囲外の生物が唐突に目の前に出現していた。


 ちなみにミツコの現在の格好は帝都でよく見る庶民向けブランドの服であり、ゲーム剣桜鬼譚けんおうきたんを知る者から言えば『街背景の後ろの方で通行してる姿が描かれてるモブの服』である。

 帝都は全体的に大正浪漫なイメージなので、卒業式みたいな袴着物姿だ。色はオレンジと言えばオレンジだし、赤と言えば赤みたいな半端なものであり、柄もない。


「え、め、メイクをしていない……!?」

「はあ」


 桃井がぎょっとしているのは、ミツコの肌が綺麗だからであった。

 

 一方桃井、最近あちこちに引っ張り出されて寝不足で、熚永とかいうアホクソのせいで火撃隊の悪いイメージが広まって誹謗中傷などもあり、肌質が悪く目のクマが消えないので、ナチュラルに見えるが結構厚めに化粧をしている。


 ところが目の前にノーメイクつやつやがいる。

 桃井は何かを憎悪せざるを得なかった。


 しかし桃井、人間ができているので、劇団員のくせに身なりにまったく気を遣わない、やる気あんのかコイツ級の生物を見ても怒りを向けることはない。


「……なるほど。思えば私は、あなたを火撃隊員として指導したことはあっても、同じ花組の劇団員として指導したことはありませんでしたね」


 そもそもスタァの仕事に後進の指導は含まれていないのはある。

 仕事ではないが、プライベートという名目でやるやつだ。


「とりあえず、おしゃれのためのお金は残しなさい。お母さんにあずけずに」

「オシャレノタメノオカネ?」

「なんで『聞きなれない言語だな〜』みたいな反応なの!? 人に見られる仕事でしょ!?」


 人に見られる仕事なんだから劇団がそのへんを経費で出してやれ、というのが現代人の感覚であろうが、この世界は戦国モチーフであり、帝都は大正モチーフである。


「というか他の団員と会話とかしないの!? みんな気を遣ってるはずだけど!? そういう情報交換もできる寮住まいでしょ!?」

「へぇ〜……勉強になります」

「勉強になるな! もっと早くに学んでおいて!? ……ま、まさか、友達がいない……?」

「いえ、いますけど……あれ、いるのかな……私が友達と思ってるだけ……?」

「あの、そういった情報交換を知らない感じなの、本当に深刻な問題の可能性があるので冗談で済ませられないのだけれど」


 胃痛のタネがここにまた一つ増える桃井である。


 ちなみに真実は『メイクなどの話に興味なさすぎて、そばでされてる会話が一切頭に入っていなかった』というものであり、化粧品や服などを買うのに連れて行ってもらっていないのは、『暇があればひたすら練習をしてて誘う隙がないから』であった。


 ミツコはそれなりに愛されているし、そもそも花組は劇団屈指の調和を尊ぶ善人の巣窟なので、いじめはありません。

 そういうのは鳥組(家柄ハラスメント)とか雪組(パワハラ、アルハラ)の担当である。


「……とりあえず、このあと、時間あるかしら?」

「まだ毎日の練習をこなしていないので、帰ったら練習を……」

「聞いてちょうだいね、國府田さん」

「はい」

「演劇の練習だけしてても、演劇はうまくならないのよ」

「………………………………はい?」

「感性を育てたり、おしゃれに興味を持ったり、情報を仕入れたりしないとね、表現力がつかないの」

「もしかしてそれは……演劇の練習をしてるだけじゃ、演劇はうまくならないということ、ですか……?」

「そうね。演劇の練習だけしていても、演劇はうまくならないの」

「そんな……演劇の練習だけしてても、演劇がうまくならないだなんて……」


 衝撃的な事実であった。


『今まで私は……どうしてあんな時間を……』と悔いかけるほどである。


「いえ、でも……声の大きさは、きっと練習の成果として人に誇れますよね……」


 ミツコの声はヤマタノオロチを釣れる領域である。

 しかし桃井、優しい顔で「そうね」と答えるのみであった。それは、救われぬ道に進む幼馴染との別離を目前にし、しかしかける言葉が見つからない時のような、なんとも物悲しい顔であった。


 その顔を見て、ミツコはようやく、心で理解した。


 演劇の練習だけしていても──


 演劇は、うまくならない。


 桃井は、ようやく洗脳が解けて正気を取り戻したものの、洗脳中に行った悪事を全部覚えているがために罪の意識に苛まれている者にかけるような慎重さで、ミツコに語りかける。


「このあと時間あるかしら? 引き回すから、化粧品と、服と、それから、あなたぐらいの年齢の子がもっと興味を持つべき色んなお店に」

「…………あ、でも桃井さん、お忙しいんじゃ」

「こんな状態の団員を放っておいて仕事なんかできません」


 現在の桃井の仕事は、その大部分が火撃隊のイメージアップや帝都の暗い雰囲気を払拭するための公務である。

 そして公務の依頼人クライアントはだいたい帝である。


 ようするに帝の命令を蹴ってでも手を尽くさねばならない緊急事態扱いされたのが、ミツコであった。


 もうこうなってしまうと平伏するしかない。


「よろしくお願いします……」

「今日は密度の高い一日になりそうね」


 帝都火撃隊および歌劇団きっての苦労人は、このように苦労を背負い込みにいくので、いつまでも苦労人なのである。


 ただ、一日中ショッピングで帝都巡りを決意した桃井は、最近心を塞いでいた暗い気持ちと、引き摺り回される中でまとわりついて離れなくなった疲労感がわずかに安らぐのを感じていた。


 というわけで、ミツコ。


 エースもスタァもまだまだ遠く……


 本当にたどり着けるのかを含めて、本人さえも、全然知らない。


 ……まあ。

 成功が確信できないことは、あきらめる理由にはならないのだけれど。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

次回六章

間に合ったので明日から。


追記

ここまでで好きなキャラなどいたらコメントに書いてください。

side執筆の際の参考にします(必ず採用されるわけではありません)。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る