第120話 プール・パレード 終幕の三
音速を超えて、自身の存在をほとんど雷の
そして、これまで肉体で回し続けたすべての衝撃を込めたカウンターを放とうとしている、剣聖シンコウ。
ともにクサナギ大陸に並ぶ者のそういない強者同士。
それゆえに、普段であれば周囲を油断なく観察しつつ戦える二人であっても、今は互いに夢中であり……
割り込まんと加速する梅雪に気付けなかった、が。
その二人の衝突地点に割り込んだ梅雪、当然ながら一瞬も経たず死ぬところである。
……無論。
そのような間抜けな死に様を己に許す梅雪ではない。
「──
左から来る異界の騎士ルウ、その肉体、その剣、すべて神威製である。
ゆえに……
二振りの剣が梅雪を刺し貫くその瞬間、その神威を喰らう。
ほぼ同時、右から迫る剣聖の太刀を受け流し、その衝撃を体に回して加速。
狙うは、異界の騎士ルウ。
黒い雷、黄金の雷、そして冷たい風が衝突した爆心地から、周囲にすさまじい煙が放たれる。
水で満たされた空間で放たれた高エネルギーによって起こる水蒸気爆発である。
……ルウとシンコウの戦いを冷静に見る者あらば、そのおかしさに気付けただろう。
この二人の戦い、間違いなく、城を崩すが如き衝撃の応酬であった。だが……
スライダーがまったく壊れていなかったのだ。
それは剣聖があらゆる衝撃を吸収し己の力に転化していたゆえであった。が。
今、猛烈な破壊がスライダーを襲う。
絶大な破壊力があたりにまき散らされ、巨大建造物が壊れ、崩れていく。
同時、あたり一帯の水がエネルギーに耐えきれずに一瞬で蒸発した。
もうもうと立ち上る真っ白い水蒸気の中……
爆発により巻き上げられた水が雨のように降り注ぎ、煙を洗い流す。
そこに立っていたのは。
黒い騎士ルウ。
動きを停止させ、しかし肉体の原型を留めている剣聖シンコウ。
そして……
「……貴様ら、何を勝手に決着をつけようとしている? ……言ったはずだ。貴様は、この俺が殺すと!」
黒い神威を煙のように全身から立ち上らせる、髪も目も黒くした、氷邑梅雪。
その様子は誰の目から見ても明らかに異質であった。
だが、異界の騎士ルウの対応は変わらない。
「……残念ながら、『この俺が殺す』と言われた覚えはない」実際、梅雪がルウへ『万死に値する』と言葉にしたのは、ルウが目の前から去ったあとである。「それに、こちらこそ言ったはずだ。二度目はないと」
決着の瞬間を邪魔されたルウは明らかに苛立っていた。
それは目の前の女との至高の戦いに無粋な横槍を入れられたことに対する戦士としての怒り──も、ほんのわずかになら、なくはない。
だがその苛立ちの大部分は、このままだと本当に神に成ってしまうことへの焦りだった。
しかし梅雪、知ったこっちゃない。
「こちらこそ、二度目はない。貴様は! 今! ここで! この俺が! 殺す! ……聞き覚えがないのならば、ここで言ってやろう。この俺を雑魚のガキ扱いした罪! 万死に値する!」
「身の程を知れ、小僧が!」
ルウの振るう剣、最初に梅雪が対応したものより、数倍速い。
当然ながら優れた剣士が振るった剣特有の『面制圧』の威力も高い。
だが今の梅雪──
「おや?」
神威の剣で、相手の剣を受け止め……
わざとらしく驚いた顔を作ってやる余裕さえある。
「おやおやおや? どうしたのかな、異界の騎士? 確か……『二度目はない』と言っていたようだが? 二度目はないとはどういう意味だったのかな? 『私の剣は二度目は通じません』という意味か?」
「…………こいつ、この力は……!?」
「まあまあ、驚く前に、そもそも斬りかかる前に、一つ、貴様にはしなければならないことがあるだろう? 待ってやる。やってみろ」
「……何を言っている?」
「ハァ。毎回毎回、こうなる。毎回毎回、俺は、道理を知らぬ者にこうして道理を説く羽目になるのだが……平和な娯楽施設に唐突に訪れて、破壊と殺戮の限りを尽くす行為。当然ながら大罪である。であるので、被害者を代表して申し上げよう。土下座しろ。被害者に土下座しろ。『二度目はない』などと言っている場合ではない。まず、謝れ」
「……」
「俺を侮った罪に対する謝罪はついででいいぞ。……俺がここまで譲歩してやるのも珍しい。この慈悲の理由がわかるか?」
「興味はないが聞いておこう」
「もはや謝って許される段階を超えている。ゆえに、俺への慰謝料は貴様の首と決めている」
剣が合わさったまま、拮抗している。
梅雪の黒い神威の剣と、ルウの黒い神威の剣。この二つが刃を合わせたまま、押しても押しても、拮抗していた。
ルウの目から見て、明らかに梅雪の存在そのものが変化している。
だが、それでも……
「……では、私からも言わせてもらおうか」
「拝聴しよう」
「…………人の剣を奪い。人を神成りさせようと遊び。あまつさえ、つきそうだった決着に割って入る? ふざけるのも大概にしろよ異世界人ども! 最初から! 私の目的は剣のみ! 大人しく渡せばこじれなかった話を! さんざんこじらせたのは貴様らだろうが!」
「そうか。聞いて損したな。──侵略者の戯言であった」
「……」
「まあようするに、こうなる。言葉は通じなかった。ゆえに、死ね」
「貴様らが死ねェ!」
爆発する。
ただ動くだけで水蒸気を巻き上げ、衝撃で舞い上がった水が雨のように降り注ぐ中、音の数倍にも達したルウの速度が梅雪へと向けられた。
梅雪、この速度に対応できる。
身体そのものを神威化する奥義、
それは神威操作のみで身体能力を上げることができる肉体に己を変化させる裏技であり……
今の梅雪の組成、妖魔に近しい。
ルウが神成りに向かっているのならば……
梅雪は、魔に堕そうとしている。
互いに、上れば上るほど、堕ちれば堕ちるほど、強くなる。
「はっはっはっはァ! どうした異界の騎士ィ!? ずいぶんのろい剣ではないか! 調子でも悪いのかァ!?」
音の数倍の速度のルウに、梅雪、速度で追いすがる。
黒い神威の塊が二つ。並走しながら縦横無尽に動き回り斬り合う。
二者の通り過ぎたあとには剣撃の音が無数に響きわたり、同時に放たれた道術の衝撃があたりに絶え間なく爆風を吹かせた。
ルウが、明らかに苛立った声を発する。
「貴様らは! 本当に! 愚かで! 救いようがない! なぜ、私たちの邪魔ばかりする!?」
「それは貴様らが侵略者だからだが?」
二人の会話は互いに剣をぶつける一瞬の中で行われていた。
そんなにしてまで言葉を交わさなくてもというような、超絶技巧でタイミングを見ての会話である。
「異世界勇者とそのパーティだかなんだか知らんが、貴様らはクサナギ大陸にとって侵略者よ。邪魔ばかりすると言ったか? この大陸で暮らす人々の暮らしを邪魔しているのは貴様らの方だろうがァ!」
「そのような正義・道徳で動くような男には見えんぞ!」
「ああ、その通り! よくわかったなァ! 俺が貴様を殺そうとするのは、俺が貴様を気に入らないからだ! 気に入る相手ならば、侵略者であろうがなんだろうが、味方になってやる! 俺の機嫌を損ねた不幸、あの世で悔いるがいい、『異界の騎士』ィ!」
「我々は! 滅びた世界のために戦っている! それを、『気に入らないから』で邪魔される気持ちがわかるか!?」
「わからんなァ! 侵略者の語る綺麗事など、聞く価値もない!」
無数の剣撃の中に言葉の応酬が挟まった。
互いに打ち合い、傷つけ合い、傷ついたそばから再生し合い、黒い雷をまといながら全力で撃ち合う。
幾度も剣が砕けた。
だが、そのたびに神威によって新たな剣を生み出す。
ルウは舌打ちする。
(あの女に加え、この子供も! いったいどういう仕掛けを使っている!? 先ほどまで一顧だにする価値もない弱者だったというのに、何がどうしたらあれからこの短期間で私と打ちあえる力を手にできるというのだ!?)
ルウは黒い雷の道術──魔法を放ち、牽制。
しかし梅雪、得意分野はむしろ剣術より道術である。牽制の雷を雷で打ち消し、さらに十倍する雷をルウへと浴びせる。
「ちっ、埒があかん!」
ルウは雷を斬りながら、周囲に黒いしぶきをばらまく。
そこから這い出して来たのは、黒い軍勢。
ただし装備の質も体格も、ゲート前などにいた者たちとはまったく違っていた。
明らかに特別な個体。
この黒い神威は『かつて倒した者』を操り私兵としてかりそめの命を与えるもの。つまり、あれらはかつてルウが苦戦した相手。
勝手に漏れ出す有象無象ではない特別製のそいつらが、吼え声を上げ、戦列に加わる。
だが……
神喰とは、相手の神威と同化し、神威そのものになる奥義である。
雷を喰らえば雷になる。
では、異界の神威を喰らったならば、何ができるようになるか?
答え。
「──
梅雪の声に呼応して影より這い出すのは、金棒を持った巨漢である。
顔は目も鼻も口もないのっぺりした黒い物であったが、その姿、その大上段に金棒を構えると同時に発せられる圧力……
何より、
ゴウンッ! と風を切る音とともに、黒い巨漢が吹き飛ぶように相手へと迫っていた。
そのまま金棒を振り下ろし、全力の一撃でもって、ルウの呼び出した精鋭を叩き潰す。
……その、間合いを幻惑し、相手の予想よりはるか遠間から斬りかかる剣術。
まぎれもなく、帝都騒乱の時に梅雪に討たれた『城壁割り』こと、尾庭博継そのものである。
だが、ルウの呼び出した精鋭もさるもの。
予想外の遠間からの全力の一撃という奇襲で一体は叩き潰されたものの、未だ三体も特別製の兵が残っている。
博継が二体目に向けて金棒を振り上げた時にはすでに三方に散り、狙いを絞らせない。
そのうち一体、小柄で、どう見ても『妖精』としか見えない影が指先を差し向け、何かを放とうとする。
瞬間、
「──
その小さな指先と、胸とが、まとめて一本の矢に貫かれた。
矢を放ったのは、フリフリのついた衣装を身に纏った、弓を番えた小柄な少女型の影である。
その影が弓を引き絞ると同時に矢が出現。空へ向けて放つ。
矢はある一定の高度に達すると数百本に分かれて雨のように降り注いだ。
その攻撃、梅雪らも巻き込む。
もともと無差別に矢を放つ技術であるという以上に、なんらかの、意趣返し的なものを感じる技選択である。
梅雪、これを鼻で笑って回避する。
同時、その矢の雨の中をかいくぐって、ルウに接近。斬りかかった。
鍔迫り合い。
矢の雨、巻き上がる水飛沫の中、二者の距離が近付き、ルウが叫ぶ。
「なんなんだ! なんなんだ、貴様らは! 一体何をしている!?」
あまりにも不可解な技術ばかり浴びせかけられたがゆえの叫びである。
梅雪、もちろんこの混乱を鼻で笑う。
「わからんまま死んでいけ、妖魔ァ!」
「本当に話の通じない連中め!」
二人が剣を合わせ、圧をかけ、その衝撃で離れ、また近付いて剣を合わせる。
複雑な紋様を描くように、黒い雷が広いプール全体を巻き込んで棚引かれていく。
その、嵐よりなお酷い破壊の力が渦巻く中で……
「……さて」
剣聖が、唇を舐める。
その見えぬ目が見つめる先にあるもの、それは……
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