第115話 プール・パレード 四幕の三

 まず、ムラクモたちは


 たとえば全員が隠密であれば、この少数でもとれる行動はあるだろう。

 しかし現在戦える者は、護衛が仕事の剣士が一人、投擲全振りの道士が一人、そして帝都隠密頭に技術のすべてを仕込まれた隠密が一人。あとは戦えない女の子が四人。


 しかも立地はゲート前。

 大嶽丸おおたけまるざぶざぶランドも多くのテーマパークと同じく、ゲート前は開けた空間になっている。

 具体的には六十人の軍隊が二十人の軍隊と展開して向かい合える広さがあり、ここで『影に潜んで』とか『こっそり罠を仕掛けて』とかいうことは不可能であるし、そもそも罠になるような物もない。


 武装としてムラクモらが持っているのは、混乱に乗じて侵入したムラクモが持ってきた愛用のククリナイフがひと振り。

 そして神器剣アメノハバキリ。この二つのみである。

 ムラクモは片腕がまだ満足に動かないので、ふた振りを扱えないと思い、ひと振りしか帯びていなかったのだ。


 こんな状況でできる戦術はそれこそ『騒いで逃げる』ぐらいだ。


 しかしそんな情けない姿を主人の前でさらせない。


 ……アグレッシブな乙女たちは、『自分たちで意識を逸らして水辺守プールガードに実際の討伐をしてもらおう』だなんて、

 を考えたのである。


 その結果、こうなった。


『背中だけ斬れ』


 ムラクモが中央に現れたことで、それを包囲するように円陣を組んだ黒い軍。


 つまり、


 その背中に斬りかかるのは、神器剣を装備したウメ。

 半獣人、つまり彼女は、神器剣装備資格を満たしている。

 七支刀を振りかぶって下ろせば、鎧兜を装備した黒い兵が真っ二つに両断された。


 死した黒い兵はどろりと溶けて崩れ去る。


 感覚や思考でも共有しているのか、兵たちの動きは無言かつ機敏であった。

 半数がムラクモの包囲を続け、もう半数が反転してウメの方へ向き直る。


 今攻めているのは敵軍右翼の二十名。

 他の四十名はどうしているかといえば、


 気付いていないわけではない。

 ただ、ウメとムラクモというに意識を割かれ、から意識を逸らすという愚を嫌ったのである。


 そもそも二手でムラクモたちの『背後からの襲撃』は打ち止めなのだ。

 完璧な連携と陣形によって、黒い兵たちは背中合わせになってしまっている。斬るべき背中など、もはやウメとムラクモの視界にはない。


 その時、うなりを上げて兵へと迫る球体があった。


 


 それは鎧をぶち抜く速度と硬度で一直線に飛んでいって、兵を二枚抜きし、中にいるムラクモにキャッチされた。

 キャッチしたヨモツヒラサカをムラクモが投げ返すまでの一瞬、兵たちの視線が確かに飛来物たるヨモツヒラサカへの向く。


 その一瞬で、ウメがまた一人斬り、ムラクモがヒラサカを投げ返しながら一人斬る。


 投げ返された先にいるのは、イタコのサトコであった。


 左手で捕球。

 慣れた動作で右手に放る。


 肘を軽く後ろに引くような予備動作から、一気に腕を回して加速。

 一回転と半分ほどの回転ののち放られた剛速球がふたたび敵集団を貫かんと迫る。


 しかし敵の対応力もさるもの。腕のいい剣士であれば射手が見えている投擲攻撃になど当たるはずもなく、再び放り投げられたヨモツヒラサカは最小限の動作で回避され──


 ──ない。


 東北恐山の学園都市荒夜連こうやれん

 そこで習う投擲術は、基本的に荒夜連で封じ込めている『妖魔と融合した脅威』を倒すために磨かれた技術ではあるが……

 道士でもある彼女らが脅威的な仮想敵として想定するのは、


 ゆえにこの投擲術、どれほどの剛速球を放っても普通に見て回避してくる剣士にも当たる技術が隠されている。


 


 強烈な回転を加えられた神器の勾玉ボールは、回避した黒い戦士を横腹から貫くように軌道を変化させた。

 そのまま回転力と硬度で鎧を抉り、脇腹へ到達する。

 ストレートと違って貫通力はないものの、不意を突くような衝撃に黒い戦士の動きが止まる。


 瞬間、ウメが戦士を斬り捨て、アメノハバキリでヨモツヒラサカを打ち上げる。


 再び、サトコがこれを捕球。

 第三球、投げた。


 命中デッドボール


 頭部にヒラサカを喰らった兵の頭が兜ごと弾け、貫いた先で今まさに振り下ろされようとしていたククリナイフに命中。そのまま撃ち返されてくる。

 床をバウンドして迫るヒラサカを、両脚を広げ、腰を落としながら見事に捕球。高速で迫るピッチャー返しを見事に受け取ってからの、流れるような動作で第四球。


 死球デッドボール


 顔面にまで持ち上がったヒラサカが急激に沈みながら、黒い戦士の胸を陥没させ跳ね返る。

 ウメが横合いの敵を回転しながら横薙ぎにした勢いのまま、またしてもピッチャー返し。

 もちろん捕球にミスはない。


 敵対者を全滅させんと放たれる第五球。

 この私を倒したいならナイン九人と言わずその十倍は連れてこいと言わんばかりの暴投ワイルドピッチが敵チームの人数を削っていく。


 だがいつまでもマウンドで自由にボールを放らせてはくれないらしい。


 黒い兵団の中で脅威の天秤が傾いたのか、サトコに比較的近い敵軍中央が反転、サトコへと穂先を向けながら駆けてくる。

 ピッチャーマウンドに槍を構えて二十人で突撃するという乱闘騒ぎ。対するサトコの手持ちは神器ボールが一つのみ。五人四列横隊を貫くには明らかに球数が足らなすぎる。


 そもそも、たった三人しか戦える者がいない状態で、六十人の完全武装の集団を殺し尽くすというのは不可能である。


 三人の女の子が六十人の武装集団にできることなど、せいぜいで──


 決まりごとは『背中が見えたら斬れ』の一つのみ。


 相談したのは、たった一言のみ。

 すなわち、『注意が逸れたら武器を取ってこい』。


 度重なる死球デッドボールで、会場は熱狂に包まれている。


 


 ゆえに、ここからは……



「どすこぉい!」



 人間大のものしか通らないように想定されている大嶽丸ざぶざぶランド。

 そのゲートを無理やりこじ開けて乱入するは、黒光りするまんまるい騎兵、阿修羅。


 そして……


 その背後から続く、氷邑忍軍……


 と。


「いたぞ! お戻りください!」


 ……帝都から抜け出した神器アメノハバキリを追いかけてきた、


『剣が不審に動いて廊下をはいずっている……と思ったら急に人型になって抜け出した!?』という怪奇現象を目撃してしまったばかりに、帝に正気を疑われながらアメノハバキリをここまで追いかける羽目になってしまった被害者集団。


 混迷の大嶽丸ざぶざぶランドゲート前攻防戦に、参戦決定。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る