第116話 プール・パレード 四幕の四

 ムラクモはわずかに目を見開いた。



 アシュリーたちなどは一目でわからなかったが、さすがにムラクモにとってのホームが帝都なので、今入ってきた一団が帝の配下であることはわかる。

 というか顔見知りがいる。


(なるほど、入り口で騒ぎを起こしていた集団は彼ら……しまった、姫様を追うのに夢中すぎて確認できていなかった……!)


 その帝都からの一団の視線は神器剣アメノハバキリに向いており、それに対して『お戻りください』だ。

 現在持っているのはウメなので、まさかウメを連れ戻しに来たという意味のわからんことは起こっていないはずと考えれば、あの集団、


(……というかもしかして神器剣アメノハバキリ、、アレ)


 実はそのへんの状況については共有が済んでいない。

 ムラクモがアシュリーたちに出会ってたずねたのは『今プールヤバいけどどういう状況?』であり、答えは『知らない』だった。

 その後プールゲート前の状況を放置して、とにかく夕山ゆうやま探しを始めたため、アメノハバキリがなんでここにいるのかは知らないまま状況が進んでいった。


 というよりも、実際に剣にしてあの河童ウンディーネの背中を刺すまで、そもそもムラクモ視点でもハバキリは氷邑家縁者だと思っていたぐらいである。

 状況が切迫していなければ『ええ!? 剣に!? っていうかこの形状……神器では!?』とリアクションしていたことだろう。


 で、その後、情報の洪水があり、なんで(手段)アメノハバキリがここにいるのかを聞くタイミングはなかったというわけだ。


(帝都の蒸気塔ってそんなザルじゃなかったはず……ああ、そうか……帝の初代の時代から生きてるんでしたね……じゃあ情報が失われた隠し通路とかも知ってるのか……)


 あと、現在の蒸気塔は騒乱前に比べると、事実として警備がザルである。

 侍大将討ち死に、家老討ち死に、隠密頭行方不明というのが帝都騒乱のあとの状況だ。

 人材はいるので引き継ぎは行われたものの、まったくゴタゴタなくスムーズに引き継げる状況ではなかったので、色んなところに穴がある。


 あと隠密頭の『行方不明』が痛い。

 たぶん元家老七星ななほし義重よししげに殺されたんだろうなーというのは関係者一同思っていることなのだが、あの帝都騒乱は裏切るはずがない者が多数裏切って起こったことなので、


 ムラクモはないと思っているが、『ありえない』ことが起きまくった帝都騒乱。ゆえにこそということが必要になり、人員と思考などのリソースが割かれている状況であった。


 なお、その流れで帝都警備のため、隠密頭に育てられたムラクモが新たな隠密頭に推挙されたが……(手の内を知っている、実力があるなどの理由)

 帝都騒乱の流れから言って、万が一隠密頭が裏切っているとしたら、。なので、新隠密頭推挙を蹴って夕山を護衛するため氷邑ひむら家まで追いかけてきた、というのがムラクモの現状であった。

 ムラクモにとっては、帝都の警備<<<<<<<<<<(越えられない壁)<<<<<<夕山の身の安全なのだ。


 で、そういう事情で半ば振り切るように帝都から抜けてきたので、ムラクモにとって若干気まずい再会になっているわけだが。


(……まあ、使


 はぁ、と目の前の黒い戦士を斬りながらため息をつく。


 暗殺、奇襲、相手にとって想定外の状況、隙をついての阿修羅あしゅらの突入、唐突に増える戦力……と現状戦えているが、剣を振っているのがムラクモらのみという現状は、依然としてよろしくないのだ。


 ゆえにこそ、今この段階に至れば、が必要になる。


 不意を突く緒戦は終了。

 ここからは……


 集団と集団がまっとうにぶつかるフェイズに移行する。

 相手が冷静で連携のとれた強敵であるならば、なおさらであり……


 ムラクモは視界の端に映るを見た。


 


(やっぱり増えるんですよねこいつら。聞いた話だと、例の『異界の騎士』が統括して兵を配分してる……という感じはしなかったし、もしかして、感じですか)


 敵側にとって、ゲート前は『睨み合いの膠着状態』であればよかった。

 たぶん、


 向こうの総兵力は知らないが、たぶん、大嶽丸ざぶざぶランド各地で似たような睨み合いや殺戮が起こっていることだろう。

 そしてざぶざぶランド全体での殺戮が終われば、最後にゲート前に全軍集結でだ。


 ゆえにこそ、唯一の出口であるゲート前を解放することは、戦略的にも必要になる。


 黒い戦士団は強壮な軍勢かつざぶざぶランド内においてはだが……

 帝に号令をかけられた御三家兵力が集えばとなる。


 なのでざぶざぶランドを外とつなげることは戦略的に肝要。


(思ったより重めの仕事を振られてますね、これ)


 あの氷邑ひむら梅雪ばいせつが風評通りの無能で阿呆でわがままな道士である、とムラクモはもはや思っていない。

 たぶんゲート前攻防戦の重要度を理解した上で、何も言わずにこっちに振ってきたのだろう。


 そもそもたかが雑魚の掃討で『お前たちの力を見よう……』みたいな態度で腕組んで眺めたりしない男だ。

 。だからこそ梅雪は


 というわけで。


夕山神名火命ゆうやまかむなびのみこと筆頭護衛・ムラクモの名において要請いたします! 我が顔をご存じでしょう! 各々おのおの方、ここの黒い軍勢を掃討し、ゲート前を確保する作戦に協力を! これは夕山様のご意思でもあります!」


 顔が利くムラクモが、声をかける。


 と、ハバキリを追ってきた一団の視線が、ここでようやく梅雪の横にいる夕山に向く。

 水着姿の夕山に(こんな状況なのに)目を奪われた連中も数人いたが、それでも帝の下にいる者たちだ。帝の妹の要請かつ筆頭護衛の声かつ、あの黒い連中が水辺守とどう見ても敵対している状況を見て……


 抜刀。


 これを見て水辺守もまたムラクモにうかがうような視線を向ける。


 大嶽丸の隠れ里の兵力は、外の争いとかかわらない独立したものではある。

 が、里の中で未曾有の事態が起こっているのに加え、彼らはクサナギ大陸の住民であり、ようするに


 ゆえにこういった事態において、帝の縁者に従うという思考になり……


(……私は人に指示するタイプじゃないんですけどね)


 その目は、現在、号令をかけたムラクモに向いていた。


 タイプじゃない、が、まあ、チームを率いたことはある。

 夕山の護衛チームだが。


 護衛と合戦はもちろん違う。

 だがまあ……


(この場に全体を動かせる顔の持ち主は、私と夕山様のみ……はぁ。氷邑梅雪、恨みますよ。慣れないことをさせてくれて)


 慣れないことという自覚がある。

 なので、その指示は下手に戦術的ではなく、たった一言……


 連携訓練を積んでいない集団を動かすための命令は、たった一言でないといけない。

 ゆえにムラクモは、こう叫ぶ。


「目標、黒い兵団。!」


 削りはやった。警戒方向は散らしてある。

 阿修羅が無傷の部隊に突っ込んで一人でかき回しているのもある。


 なので、あとは突撃で、


(で、このあと、敵増援からを維持するために指揮官みたいなことをやるの、絶対私になりますよね。……おのれ梅雪。。私がついていくのを頑なに断ったのも、そういう理由ですか。まあ五割ぐらいでしょうけど)


 実際、片腕がまだ満足に動かないムラクモが足手まといであることも否定はできない。


 ……実は梅雪にはさらにもう一つの思惑がある。

 それは、だ。


 梅雪は父・銀雪ぎんせつに力を認めさせるためにユニットを集めている最中なので、特にゲームに出ていないムラクモのようなユニットの適性については、調査する機会があるなら調査したいと考えていた。


 父が求めるのは個人としての力はもちろんだが、それに加え、最近の梅雪は大名家後継として見られることも多くなった。

 ゆえに、こうして、仮にをしているわけである、が……


 さすがに『父親相手に戦争の準備をしています』というのは、氷邑家の良好な親子関係を知っていれば発想にのぼらないことである。

 なのでムラクモの視点では、そこまでのことはわからなかった。

 が……


 ムラクモがわからなくても。

 梅雪は、ムラクモを見て、思う。


。あまり内政向きの人材ではないが、その適性、隠密よりも侍大将にある、か。しかも頭で考えるタイプのイバラキと違い、。……さァて、イバラキと、ムラクモ。。今後増えないわけでもなし、どのように家臣デッキを組んでいくべきか)


 ムラクモの適性もわかり……


 ゲート前確保のための戦力も、


 帝の妹の筆頭護衛という身分パワーと、ゲート前の戦功、あと夕山のお墨付きでも与え、さらに緊急時であるからと勢いで押し切り、水辺守を従えさせる予定であったが……

 帝の配下が外にいたのはまぎれもなく僥倖である。話がよりスムーズに進むからだ。


 梅雪はほくそ笑む。


(ゲート前の状況は安定したな。これで後から『名家の勤め』だの『武装禁止のランド内で武装していた』だの、やいのやいの言われることもあるまい。しかも、目立つのが夕山とムラクモで、依然、俺の働きが部外者に見られていない。最上の成果だ。あとは……)


 浮かんでいた笑みに、凶悪な色が混じる。


「……貴様を土下座させてやる。『異界の騎士』」


 いよいよ、決戦の時。


 風で索敵するまでもなく、佳境に入っているらしい戦いの神威は、肌にびりびりと叩きつけてくるかのようだ。

 ……剣聖と異界の騎士。二者のいる場所は……


 大嶽丸ざぶざぶランド大人気コンテンツ。

『超巨大温水スライダー』。


 そこが、決戦の場になりそうだった。

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