第114話 プール・パレード 四幕の二

 大嶽丸おおたけまるざぶざぶランド、入場口ゲート前……


 南国風の木々がそこらに植えられた、整備された石畳の空間。

 通常であれば名工・大嶽丸に入場を認められた金持ちどもが和やかにランドへ入ってくるその場所は今、死体が積み上がり、武装した集団がにらみ合う地獄絵図と化していた。


 氷邑ひむら梅雪ばいせつは思わず「ほう」と驚きの声を漏らした。


(やるではないか、水辺守プールガード。まさかあの軍勢を相手にができるとは)


 彼我の戦力。


 入り口ゲートを背負うように水辺守たちが布陣している。

 こちらは十人二列横隊、すなわち二十人だ。

 構成員はドワーフが十、河童ウンディーネが十であり、ずんぐりむっくりした筋骨隆々の鬼の十人を前列に配備、後列は河童といった列組みである。


 鬼というのは低く、太い連中だ。

 圧縮率を変えた人間のようだというのか、とにかく背の低さのわりに見た目に非常に『圧』がある連中であった。

 背の低さなどの体型以外では額から角が生えているのが特徴で、着ているものがアロハなシャツなので若干気が抜けるのはあるが、手にしているのはトゲつき金棒であり、規格品らしく、すべて鬼たちの身の丈と同等の長さ、鬼たちの太い腕と同じぐらいの太さがあった。


 現代日本基準で考えれば、『あくまでもへの対応なので、その装備はやりすぎなのでは?』と思う者もあろう。

 しかしここに来るのは金持ちである。名家はもちろんのこと、金がある商人などが護衛として連れ込むのは、

 素手でもある程度強い剣士がとなった場合、実行段階ではもう、金棒で滅多打ちにしないとどうにもならない。なので装備のゴツさは適正と言えた。


 一方で後列にいる河童どもは全体的にスタイルがいい女性ばかりだ。

 そもそも河童に男はいないのでその全員が女性であるわけだが、誰もが腰の位置が高く、横腹がくびれ、胸も適度に大きいという理想的な体型をしていた。

 こちらの装備は腹が出る丈の白いシャツに、下はビキニパンツ。そして手に持っているのは三又槍であった。

 おもちゃではない。刃物だ。

 こちらもやはり狼藉剣士に対処する想定とすれば適正装備である。


 ムラクモの話などから想像するに、水辺守は我先にと逃げ出したお客様たちの背中を守るためにああして布陣することになったようで、だからゲートを背にするように立っているらしい。

 そのおかげでランド側には結構な被害がが、あの黒い連中をランドの外に出さないという意味ではなるほど、職業意識というか、世間様への顔向けをかなり考えている、職業倫理の高い連中だと言えよう。


 それを三方から取り囲む黒い軍勢。

 その数は五人四列横隊が三つ。すなわち六十人である。


 武装はやはり大きい四角い盾に短い槍といったスタイルで、ショートパンツ型の服の上から兜まで被った重装備をしている。

 陣形はファランクスにいつでも移行できるが見える。

 相変わらず装備も肌も真っ黒、顔も目も鼻も口もないのっぺりしたものであるから、一見して意思だの思考だののない集団に見える。

 だがその様子は極めて理性的な軍隊に見えた。


 梅雪は連中の様子を観察し……


(なるほど、が指揮官か)


 あの黒い軍勢、意思もあり、思考能力もあり、個性や階級まである、『妖魔の影から生まれた化け物もの』として考えると、あの統制のとれた動きは、必ずや上下関係があり、と推測できる。


 そうやって思考を進めながら観察していけば、梅雪は簡単に指揮官を見つけることができた。


(……指揮官を叩いたら混乱して四分五裂するような生ぬるい連中でもなかろうが、まあ、攻めどころではあるか)


 考えつつ──


 無言のまま、梅雪は女どもの方へ意識を向ける。


 梅雪、この戦いに、


(さあて、どうする? 力押し──ができるなら、ここの状況をこのまま放置しては来ないだろうなァ。だが、最初の戦力はムラクモ、阿修羅抜きアシュリー、神器剣アメノハバキリのみ、か。実質ムラクモのみ。今は、ウメがおり、サトコも話によれば、妖魔ボールなしでもなかなか使えるらしい。勾玉のヨモツヒラサカは……ああ、としては使えるか)


 もちろんのこと、夕山神名火命ゆうやまかむなびのみことは役に立たない。


 こういった時にイバラキを連れてきていれば、イバラキが陣頭指揮をとったのだろうが、あのメンバーでは指揮官決定からしてどうなるか見物だ。

『歴』と氷邑家内身分で言えばアシュリーが指揮をとるべきだが、阿修羅のないアシュリーは戦闘面・頭脳面両方でただの女児である。


 梅雪との付き合いの長さで考えるとウメが次点で指揮官候補だが、奴隷身分である以上に、言葉の拙さから指揮をとるのにあまり的確とは言えない。そもそも、本人も指揮官向きではないと自覚していることだろう。


 年長者のムラクモが指揮をとるのがもっとも丸く収まるだろう。体面を気にする場面であれば、『夕山の名代として指揮をとる』ぐらいの言い訳を用意するか。

 もちろん夕山は論外。


 サトコ、ヒラサカ、ハバキリが指揮をとるというのは、どうにも想像しにくい。


 以上のことから、ムラクモの指揮で全員が動くだろう。


 だが……


(俺は貴様らをとは思っておらんぞ。さて、何を見せてくれる?)


 梅雪、腕を組んで見守る構えをとる。

 ……本音を言えば、手を出してさっさと解決したい、が。


『自分でやった方が早いから全部自分でやる』というのは、

 人の上に立つ者は、自分で片づけた方が早くとも、人に任せるということが必要になる。


(……案外もどかしいものだな)


 期待もある。不安もある。焦りもある。楽しみでもある。

 梅雪の、『上の者』としてのが、始まっていた。



 前提条件としてムラクモは、ここに展開する兵たちを力押しで蹴散らすというのはある。


 そもそもムラクモは夕山を追いかけてここまで来たのである。入り口が封鎖されていようが、黒い兵団に客が殺されていようが、水辺守が苦戦していようが、ムラクモがすべきことはただ一つ。


 なのでランド内にいる夕山を見つけるためにここから出る必要がなく、入り口周辺の兵どもに手を出すという選択肢が最初からなかったというのはある。


 その上で、では、力押しであの連中に勝てるか? と問われれば……



 梅雪の戦いぶりを見ると感覚が麻痺してしまうが、通常、


 たとえばムラクモが未だ不調を引きずるほどの怪我をさせられた元家老七星ななほし義重よししげ戦で言えば、あの連中、一人一人は

 そしてムラクモ、


 それでもムラクモは全治半年と言われる怪我を負わされたし、あわや夕山を守り切れないかというところまで追い込まれた。


 それこそが、梅雪が鼻歌交じりで蹂躙する『しゅうの力』。

 極めてゲーム的に表現すれば、普通の人は、集団に挑むと、


 梅雪は逆に一対一の場合に多大な減衰補正がかかり、相手が軍のていを成していると増加補正がかかる。


 未だ不調なムラクモがこの集団を相手に勝利するには、戦術が必要となる。

 たとえば声をあげて『戦える存在が後ろにいるぞ』とアピールし、敵の軍が動揺している隙を水辺守に呼応してもらう、などだ。


 六十人もの重武装かつ連携がとれた集団を前に、ムラクモ、ウメ、サトコ、戦えないメンバーまで入れても七人しかいない女の子たちができるのは、そういった心理効果を狙うぐらいなものである。


 


 ではムラクモらがとった行動はと言えば。


 事前相談、一言のみ。

 決まり事、一つのみ。

 初手、


「指揮官首、頂戴」


 


 黒い軍団右翼中央にいる指揮官を、『初手』『背後からの奇襲』『敵の意識が水辺守に向いている』という条件でのみ成立する暗殺によって仕留める。

 だがこれで総崩れになるような弱い軍勢ではない。

 一瞬、時間が止まったかのような停止があったものの、それは、ククリナイフに飛ばされた指揮官首が落ちるまでのほんの短いあいだのみ。

 すぐさま自軍中央に出現したムラクモを素早く包囲し、槍の穂先を突きつける。本当にため息が出るほど見事な連携だった。


 これで奇襲が作り出した疑似的な一対一の時間は終わり、『敵集団』対『ムラクモ一人』の図式になる。

 家老義重の操る武士団に手痛い怪我を負わされたムラクモにとって、これは必ず負ける状況と言えた。


 では、ここからどうするか?


 ムラクモは、ウメらと事前に決めた、たった一つの決まり事を叫ぶ。


! !」


 必ず、背を向けた敵のみを斬る。

 武士では絶対にしない、戦術家も絶対に選ばない。

 作戦とさえ言えない、しかしが始まる。

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