第113話 プール・パレード 四幕の一

「これどういう状況?」


 夕山神名火命ゆうやまかむなびのみことは問いかける。


 彼女の左手には神器勾玉のヨモツヒラサカ。

 彼女の右手には神器剣のアメノハバキリがあった。


 なお、剣が重すぎて持ち上げられないので切っ先を床に突いている状態であるが、切れ味が良すぎて油断すると床にするする呑み込まれていきそうな感じさえしているので、総じて『早く助けて』という様子であった。


 なぜ神器を二つ装備させられているのかと言えば、推しにして夫の氷邑ひむら梅雪ばいせつに言われたからである。


 その梅雪は夕山の様子を見て、「うーん」と唸り、


「何か変化はありませんか? 強くなった気がするなど……」

「さっき氷のドームに捕まってた時になんか急にパワーが湧いてきてめっちゃ動いたツケを今払わされてて、全身が軋んで死にそう」


 これから夕山はこの大嶽丸おおたけまるざぶざぶランドからの脱出を試みるわけだが……

 梅雪と離れて脱出を決意した理由に、『めちゃくちゃ走ったあと、急にわいてきたパワーに任せて動いたらその反動が来てて全身ちぎれそう。このままついていったら足手まといってレベルじゃねぇぞ』というものがあった。


 ライブもミュージカルもそうだが、楽しむためには体力が必要なのだ。

 限界ギリギリの状態で行っても内容が頭に入らないし、あとなんか視界が暗いし、疲れてると『楽しむ』という機能がぼやける感じがする。

 なので今の状態で戦う梅雪を見ても梅雪に失礼だというのもあり撤退を決意したわけではある、が……


「ふーむ……」

「あの梅雪様、私は今、何を見られているの?」

「神器を持ってみて、何か変化はないものかと……」

「たぶん私の装備できるタイプの武器じゃないと思います」


 夕山、主観的にも、そして、、特に変化はなさそうである。


 もちろん梅雪がしているのは夕山のスキルである『神器適性』というものの確認であった。

 現在の梅雪はステータス・スキルを閲覧することはできるのだが、スキルの詳しい効果がわからない。今の梅雪は『中の人』の知識をもとにスキル効果を判断している状態で、『中の人』が知らないスキルの内容はわからないのだ。


 そして夕山の『神器適性』というスキルについて、『中の人』の知識にもなかった。


 だからこうして実際に装備させている、のだが……


(……本当に何も起こらんな)


 ステータスに変化はないし、本人の主観的にも剣を持ち上げられないレベルのクソ雑魚のままのようだ。


(三つ揃ったら何かあるのか? 鏡は今、帝都蒸気塔か……)


 神器というのは『人が人のまま神に対抗できるように』というコンセプトで生み出された神造しんぞう兵器である。


 製作者はニニギと呼ばれるマイスターであり、この人物、名前以外は出てないが、細かいエピソードから判断するに、どうにも鍛冶師というよりはである。

 まあ『現代科学』とは違い、『神威なんぞというものがあり、神の力が実際に観測でき、宇宙人が出て、異界の神が侵略してきて、各都市でよくわからん技術が異常発展している世界の科学』なので、正しくは『科学方面の不思議技術を使うマッド』であろうが……


 そのマッドが製作した神器は、剣が『神関連スキルの無効』、鏡が『神関連スキル効果の遮断』、勾玉は『神に対抗できる神威量を確保するための炉』という効果を持っている。

 そして三種揃えば、炉でエネルギーを確保し、鏡で周辺マップを映し、剣で落下地点を示すことにより、宇宙に浮かんだ神器衛星・ニニギから金属の杭を撃ち落とす質量兵器を起動できる。


 が、この質量兵器、設定はあるがゲーム剣桜鬼譚けんおうきたんで実際に使われることはない。


 神器を三種揃えても特に質量兵器を使えるようになったなどの言及がないまま進んでいく。

 プレイヤーの中には苦戦するたびに『もう衛星ニニギ使って全部ぶっ壊しちまおうぜ!』と思った者も少なくないが、どう進めても衛星から金属杭がクサナギ大陸に撃ち落とされる展開はないのだ。


 話によると『あたり一帯を壊滅させ、地形さえも変える兵器』なので、『まあマップを着弾位置に合わせて変更するのめちゃくちゃ面倒だしな……』というでプレイヤーは納得せざるを得なかった、が……


(……ともすれば、三種の神器が揃っただけでは起動せず……たとえば、神器適性を持つ者がいないと、起動が承認されない、などの裏設定があるのか?)


 まあだいぶ昔の衛星だし、たぶんメンテナンスもされてないので普通に朽ちている可能性は充分にあるのだが……


 もしも神器適性さえあれば起動できるとなると、

 ただでさえ人に狙われることにおいては実績も才能もあるお姫様だ。これが超兵器起動のキーでもあるとくれば、クサナギ大陸全土が彼女を狙う理由になってしまう。


 そして夕山はうっかりしたアホだ。

 もしも彼女だけに『実は……』と今の予想を打ち明けようものなら、『信頼できる人には話してもいいか……』と思って、ムラクモあたりに打ち明けかねない。

 そしてムラクモは『この人には言っておくべきだろう……』と思って帝あたりに上奏しかねない。

 そうなるともうあとは『みんなの〝この人にだけは言ってもいい〟』の輪が広がり、秘密は秘密のていを成さなくなる。


(……これは本人にも明かせんな。誰が知っても危険すぎる)


 なので梅雪、夕山に神器を二つ持たせてみた理由を適当にでっちあげることにする。


「いや、さすが夕山様です。神器がよくお似合いだ。……実は、神器を手にした御姿を一度見てみたいと思い、無理を申し上げました。謝罪いたします」

「えええ? そういうことなの? だったらええか……」


「いやこの緊急時にそんな無駄なことする男じゃないでしょ、梅雪殿は……」


 ムラクモが冷静に突っ込むのだが、夕山は「そっかそっかぁ……ぐへへへ……梅雪様が私のあんな姿やこんな姿を見たいんだぁ……」とご満悦なので、聞こえていない。


 梅雪、妄想の世界に入った夕山と、持たれたまま動けない神器二人を放置し、ムラクモに向き直る。


「で、ゲート前の解放作戦だが、俺が出て行って全員潰すのが一番楽で早い。だが……我が従僕どもに問う。?」


 この質問の意味を呑み込みかねているのはアシュリーぐらいであり、従僕であるウメと、梅雪の妻の従僕であるムラクモ、それに実質従僕であるサトコは真剣な表情になった。


 まず、たいていの大名家において、

 なぜならこの大陸で最強とは剣士に与えられる称号であり、強い剣士とは血統により編み出されるもの。であれば大名家において最高の血統たる当主が最強であることには疑いの余地がない。


 それでも当主大名が現場に出るということは少ない。

 それはなぜか?


「一人、わかっていない阿保がいるので教えてやろう。貴様のことだぞアシュリー」

「おねがいします!」

「素直でよろしい。……いいか、。ゆえにこそ、最強という手札はなるべく切らず、可能な限り手元に置いていつでも出せるようにする必要がある。それは世がほぼ戦国時代だから、ある家に攻めかかっている最中に別な家から攻め込まれるのを防ぐという意味だが……さて。このプールの状況はどうなっているか、説明しろ、青毛玉」


 ここで話を振る相手はイタコのサトコであった。


 すっかり青毛玉呼びが定着してしまっているスク水青毛玉はちょっと不満そうだったが、異を口にすることはなく答える。


氾濫スタンピード四天王のうち二体がいて、そのうち一体が健在で、もう一体が倒したけど倒せてないかもしれない状態、かなぁ……?」

「五十点だ。ウメ、補足しろ」


「はい。一体、思ったら、二体いた。


「これで百点だ。わかったか青毛玉」

「あひぃ~……」

「なぜかは知らんが、かつて帝の祖と我らが祖に倒された氾濫四天王が復活している。そして連中はだ。残り二体も同様に復活し、

「来てるかなぁ?」

「可能性は低いだろう。俺も来ていないと考えている。だが、可能性があり、それには備えておかねばならん。よって、最強戦力である俺を温存するために、貴様らが、ギリギリまで俺を出さぬ働きをせねばならん状況──というわけだ」


 ここで『プール全体を見れば最強戦力は剣聖シンコウだと思う』というツッコミをする者はいない。なぜなら梅雪がキレて話が進まなくなることが火を見るより明らかだからだ。


 梅雪は「それに」と言葉を続ける。


「ゲート前にいるのは、数が多いだけの有象無象らしいではないか。そういった相手にわざわざ俺が出てやるのも、

「あの、人命……」

「ここに来ている連中は大商人や名家の者ばかりだぞ。。……そもそもにして、客を守る義務を負うのはここの設備に配備された水辺守プールガードの仕事であり、俺の仕事ではない」

「まあそうだねぇ~」


 これがクサナギ大陸の倫理観である。

 そもそもサトコも帝都騒乱の際に混乱のためにヤマタノオロチを放った人物であり、剣桜鬼譚けんおうきたんの登場人物に『自分がやりたいことより他人の人命が大事でしょ!?』というツッコミはまったく通じない。『自衛しろ』で終了する。


 まあ為政者が自分の土地の民を相手には言えない理論ではあるが、言えないだけで山賊に襲われても自衛しなかったんだから責任はイーブンでしょ、ぐらいのものが道理としてまかり通ったりするので、だいぶ修羅の国であった。


「そういうわけで、貴様らがこの俺に泣きつくならば、この俺が出てやらんこともないが……この程度のことで泣きつく者がここにいるとは思えんな」


 梅雪は鼻で笑い、


「できることしか、やれとは言わん。ゆえに申し付ける。。この俺の目に武功を映す機会をくれてやろう。……ただ、俺は優しいからなァ……あまりにも情けない戦いぶりだと、


 女たちの目の色が変わる。


 そこにあるのは闘争心。

 この女たち、半数が梅雪に囲われている側室と側室候補ではある。

 だが、同時に


 家臣が主人に助けられるというのは、

 梅雪は許さぬだろうが、腹を切って詫びるほどのことである。


「お姫様扱いされたい者、大人しく助けを待つがいい。。この俺に認められたい者、力を尽くすがいい。。そこに自分の居場所を求めるのであれば、力を示せ」


「梅雪殿、年上として一つ」


「なんだムラクモ」


「あなたにお姫様扱いされたい女子は一定数存在するので、その檄はちょっと迷います」


「…………………………そうなったら貴様は帝都に突き返すぞ」

「であれば力を尽くさねばなりませんね」


 最近ムラクモまでおかしな言動をするようになっている。

 実は梅雪、ムラクモはゲームに出てないのでその中身についての情報が足りず、わけのわからない怖さを感じていたりもする。


 ともあれ。


 女たちの戦いが、始まる。

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