第112話 プールサイド 三

 ムラクモは、この中でもっとも事情を知っていて、もっとも話すのがうまそうな、サトコとかいう青髪毛玉少女に話を聞くことになった。


 サトコは知らない大人にいきなり事情聴取をされるということで居心地悪そうだったが、周囲からの『はよしろ』の圧に負けて、このたび大嶽丸おおたけまるざぶざぶランドで起こっていることを説明していく羽目になる。


「……昔、氾濫スタンピードの主人だった妖魔に仕えてた、氾濫四天王のうち一人……いや、一体、あええと、二体がここに来てて……」

「大事件ではないですか!」


 ムラクモ、帝の隠密頭に拾われてから教養を詰め込まれたので、帝の祖の大きな功績の一つである『氾濫鎮圧』についてはわりと知識がある。


 氾濫によってあふれ出した妖魔どもは、平時の妖魔どもとは比べるべくもなく強いと言われているが、その中でも特に強かった四体の妖魔が『氾濫四天王』と呼ばれていた。


 その強さを表すエピソードとしてよく使われるのが、『御三家の祖と一対一では引き分けた』というものだ。


 一般的に、御三家の祖は現代の御三家よりも強いものと扱われているので、これは『めちゃくちゃな強さ。一体だけで大陸滅亡級』ぐらいの表現になる。

 そんなのが二体もここに出ているというのは、普段物静かなムラクモがメガネをずり落ちさせて叫んでしまうほどの大事件であった。


「それで、一体……『騎士』のルウっていうのには剣聖シンコウが対応してて……」

「シンコウがここに!? 氷邑ひむら家から指名手配されてましたよね!? そのシンコウが!?」

「あーうん。そうなんです」


 サトコは『いちいちリアクションがでっかい人だな』と思い始めていた。

 これはサトコが知識不足から驚きポイントをわかっていないだけで、ムラクモの反応はこれでも事情をよく知ってる人からすれば『抑え気味』に分類される驚きっぷりであるが、サトコには伝わらない。


「で、どうにも騎士のルウは、シンコウが持ってる刀が目当てで……」

「ふむ? 妖魔が狙うほどの名刀?」

「なんかこの里の宝とかいうフラガラッハ? っていう剣で、もともと妖魔の持ち物だったらしいです」

「フラガラッハをシンコウに譲渡したということ!? 帝の祖が初代大嶽丸にフラガラッハを!? 勝手に!? なんの連絡もなく!?」


 一般的には大逆罪にあたる狼藉である。

 だがサトコ、『リアクションでっけぇな……』としか思わない。もうムラクモはサトコの中で、『リアクションがでっかい人』に分類されている。


「それで、なんか黒い軍勢がわいてるので、ば、梅雪ばいせつくんが、私たちのために殿しんがりをつとめてくれててぇ~……」

「なるほど、姫様のために……立派な行いです」

「私たちのためにです」

「いえですから……まあそんなことはいいので、続きを」


 サトコは自分でもよくわかっていないが、梅雪の献身を『姫様のために』でまとめられることがなぜだか妙に気に入らない。

 しかしここでこだわって話を止めていたら、それこそ梅雪への救援が遅れるので、仕方なく話を進める。


「それでとりえず、ランド入り口まで武器を取りに戻ろうとしたところで、さっきムラクモさん? が殺したやつに絡まれてたというわけです」

「……あれが、氾濫四天王の一体ということ、ですか?」

「そうらし……ですよね?」


 そこでサトコが見た相手は、夕山神名火命ゆうやまかむなびのみことである。

 たった今『帝の妹だよ』というとんでもねぇ出自が明らかになった(勾玉は知ってる感じだったが、『なんか偉い人っぽいな』が察せる程度の情報しかサトコには渡されていなかった)ので、サトコとしては対応を決めかねているのだ。


 なんだかやけに妖魔関連に事情通な夕山が力強くうなずく。


 夕山がそういった知識に敏いのが周知なのか、それとも目の前のメガネの人が夕山の発言ならなんでもかんでも無条件に信じるタイプの狂信者なのかは知らないが、夕山の開陳した知識に対して『なんで知ってるの?』という問いかけは発生しなかった。


 ムラクモはうなずき、


「それで、あなたは、東北荒夜連こうやれんのサトコさんで……と?」

「は、はい」


 そういうことにしてある。

 サトコとしては嘘をつくつもりはなかった。

 というか、自分でぶん投げた勾玉を拾って『まさか剛速球にされるとは思わなかったんだけど!』と文句を言われながら急いで帰ってきたら、全部終わってて、このメガネの女がいた。


 その時に急に『彼女はサトコ! 落ちてた勾玉を拾ってくれたのよ!』と夕山が紹介したため、否定することもできず、そういう感じになっている。


 ムラクモはメガネを押し上げ、


「それで、確保した勾玉はどこに?」


 その時、ムラクモが引き連れてきた天狗エルフの子以外の全員の視線が、金髪巻毛の女へと注がれた。


 ムラクモは問いかけるように振り返る。


 視線の先にいたのは、銀髪を七つ結びにした、袖の長すぎるミニ丈の白い着物を着た女の子である。

 その子は力強くうなずき、こう述べる。


「ヒラサカ姉さまだよ!」

「ところでキリちゃんはなんでここにいるのかしら? 蔵で大人しくしてなきゃダメだと思うんだけど」

「ヒラサカ姉さまには言われたくないんだよ!?」


 仲睦まじい姉妹のやりとりを見て、ムラクモはメガネを外して眉間を揉みほぐし、またメガネを掛け直した。


「…………神器が、人…………うーん……」


 彼女はしばらく、現実と戦っていた。

 少しして、戦いが終わったらしい。視線がサトコへと戻る。


「……とにかく、梅雪殿を救助して、状況の収束を試みましょうか。大嶽丸の里は帝とも縁が深い場所ですから、情報を持ち帰る必要もありますし……やるべきことは、『梅雪殿との合流』、そして『入り口の突破』ですね」



「俺との合流を目指しているのか? 手間を省いてやったぞ」



 その声に全員が一斉にそちらを向く。


 すると目に映った姿は氷邑梅雪。

 トランクスタイプの水着を身に着け、右手には透き通った氷の刀を持った、実に壮健な姿であった。

 というよりむしろ、別れる前よりつやつやしている様子さえある。


 ウメやサトコが安堵に胸を撫でおろす中、アシュリーがイタズラの見つかった子犬のようにムラクモの背に隠れ、夕山が元気いっぱいに手を振って出迎え、ヒラサカがなぜか腕を組んでふんぞり返った。


 ムラクモは「さすが」とつぶやき、


「では、あとは脱出をするだけ──」


「銀髪の子!」


 ムラクモの言葉をさえぎるように、アメノハバキリが梅雪へと駆け寄っていく。

 余った袖をぶんぶん振りながら、梅雪の周囲をぴょんぴょんと跳ね、


「銀髪の子! 探したんだよ! 見つかってよかった!」

「……どうにもしつけがなっていない犬が混じっているようだが、隠れている方の犬、心当たりがありそうだなァ?」


 なぶるように見つめる先は、ムラクモの背に隠れたアシュリーである。


 アシュリーはムラクモの背中からちょっとだけ顔をのぞかせ……


「お、怒りませんか?」

「怒られるようなことをした自覚が?」

「……プールに勝手に入りました」

「そうだな。こういう時に俺が真っ先に求めるものが何か、わかるか?」

「……ごめんなさい」

「まあとりあえずそこで土下座しておけ」


 実に優しい声音と笑顔で自然に土下座を要求しつつ、梅雪はまとわりつくアメノハバキリに視線をやった。


「で、何故俺を探していた? 俺の方は貴様に用事などないが」

「ヒラサカ姉さまを一緒に探してほしいんだよ!」

「そこにいるではないか」

「そうなんだけど! 出てきた時はここにいるって知らなかったし……」

「では貴様の問題は解決だな。帰れ」

「わたしへの当たりが強くない!?」

大江山おおえやまの時に貴様がグダグダして動かなかったせいで余計な手間がかかったこと、忘れんぞ」

「………………」

「貴様がイバラキの手の中に無理やり収まれば、一瞬で解決した。だというのに動かなかった。これで俺の郎党が死んでいれば万死に値すると言うところだが、まあ、山賊だの七星家の有象無象などはどうでもいいので、とりえず貴様もアシュリーの横で土下座していろ」

「はぁい」


「ちょっとキリちゃん!? なんで素直に従うのかしら!? そんなやつの言うこと聞かなくていいんだけど!?」


 ヒラサカが騒ぎ始めるも、ハバキリはすでにアシュリーの横で土下座している。疲れ果てた子供が二人並んで『ごめん寝』をしているかのような光景である。


 梅雪は少女二人の土下座を見下ろし、満足げに顎を撫でて、


「で、ムラクモ」

「その状態から普通に話を振ってくるのですか……女の子二人を『とりあえず』で土下座させて並べた状態で……」

「問題は何もなかろう。……貴様の案は、『俺と合流』『そののち脱出』だったな? 却下する。

「……理由をうかがいましょう」

「異界の騎士ルウが、この俺を舐め腐った。ゆえに殺す。以上が理由だ」

「そのことですが……」

「『勝てないのでやめた方がいい』などと当たり前のことを言うなよ。言えば夕山様と別れるぞ」


 急に巻き込まれた夕山が慌てて「謝って!」と叫んだ。


 ムラクモは釈然としない顔でいったん「ごめんなさい」を挟んで、


「……私は、あなたを死なせるわけには参りません。あなたの死は、夕山様を不幸にします」

「この俺が勝てない前提で物を語るな。大声でわめくゆえ、聞こえていたぞ。ムラクモ、貴様、四天王の一人にトドメを刺したそうではないか? 貴様にできて俺にできぬと、そう言うのか?」

「そのことですが、どうにも、あれが四天王だと言われると、奇妙です。。刃を突き入れた感触も、強い妖魔特有のがないというか」

「……ふむ」

「もちろん、強敵であったことは認めましょう。しかし、『四天王』と言われると……そこまでの強さではないような気がしてならないのです」

「つまり偽物、あるいは、と、そういう可能性の示唆か」

「ええ。大事なところで、仲間の四天王を守るために横槍を入れてくるやも」

「で、あるか。……

「……」


 ムラクモの沈黙は、説得のための文言を探している様子であった。


 だが、出てこなかったらしい。

 肩を落とし、ため息をつく。


「……であれば、私もお供いたします」

「貴様は夕山様について大嶽丸の隠れ里から出て、その足で父上や帝に状況を報告せよ」

「はっきりと申し上げましょう。この中では私が一番強い」

の話であろう?」

「……」

「血を失いすぎ、内臓に深い損傷を負い、片腕はほぼ使い物にならない状態から、よくぞそこまで快復したと褒めてやろう。しかし、まだまだ本調子にはほど遠いはずだ。ゆえに告げる。

「主人の夫が死地に向かうのを背にして、戻れとおっしゃいますか」

「……ハァ。何度言えばいい? 

「……」

「最初は強がりの虚勢であったこと、認めよう。だが……今は、勝てる確信がある」

「……」

「わかったわかった。貴様の忠義に免じて本当のところを話す。勝てるがある。確信ではなく、自信といったところだ」

「……であるならば……」

「筆頭護衛という職分ゆえ、貴人の生存を第一に考えるのは褒めてやろう。だが、いらぬ世話だ。今の俺には、貴様を殺してもこのまま道を進む覚悟があるぞ」


 梅雪が目に力を込める。


 ムラクモは……


「……貴人に仕える者という立場は不利ですね。最後の最後では折れざるを得ない」

「手間のかかる女だ。そんなに構ってほしかったか? 睦言でもささやいてやれば納得するか?」

「御戯れを。二十代も半ばへ向かおうかという女やもめを口説くようなことをなさらないでください。本気にしますよ」

「十歳に?」

「愛の前には年齢も性別も微々たる価値しかございません」


 このクサナギ大陸に常識人は存在しないのかもしれない。

 というより、梅雪の周囲に存在しないのかもしれない。


「……ともあれ、俺は行く。貴様は貴様の役割を果たせ」

「であるならば、まずは、夕山様を逃がすため、入り口を解放しなければ。……夕山様も、それでよろしいですか?」


「清々しいほど足手まといだからね! 帰れと言われたら帰ります!」


 てっきり『近くで戦う姿を見ていたい……』とか狂ったことを言われるかと思っていた梅雪は、若干拍子抜けする。

 しかしありがたいことはありがたい。確かに夕山、超ド級の足手まといなので。


(まともに道理をわきまえた言動をされると調子が狂うな……)


 何か深刻な状態にされている気がする。

 ともあれ。


「では、話は決まったな。ウメ、それにサトコ、あとついでにヒラサカ、同行を許す。妖魔と戦う俺に侍れ」


「ついで!?」


 ヒラサカが噛みつくも、梅雪、慣れてきたのでスルーする。

 これはかつての梅雪にはありえない余裕であった。人間的成長を実感して自分で嬉しくなる成長期の梅雪くんである。


 にまりとしながら、続く指示を告げる。


「夕山様はムラクモに護衛されながら、現状を父上や帝に伝えてください。アシュリー、貴様は夕山様を家まで送り届ける役目を任す。騎兵としての務めだ。できるな」


「がんばります」


「あとついでにそこの神器剣も持ち帰れ。邪魔だ」


「当たりが強いんだよ!?」


 しかし、アメノハバキリ、梅雪にとって本気で邪魔なのだ。


 戦ってる最中に誰かがうっかり装備しようものなら、梅雪のシナツの加護が消えてしまう。

 ある程度距離が離れていれば大丈夫のようではあるが、それでもランド内にいてほしくないのは事実であった。


「……さて、これからの戦いに備えるためにも、そして夕山様に逃れていただくためにも……」


 梅雪の視線が、大嶽丸ざぶざぶランド入り口の方を向く。


「……封鎖状態なのだな? であれば──ゲート前を解放しなければならんな」


 その顔に浮かぶ笑みは、何かとんでもない悪戯いたずらを思いついた悪童のものであった。

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