第109話 プールサイド 二

「はわわ……」

「あわわ……」


 アメノハバキリとアシュリーが抱き合うようにして戦況を見守っている。


 阿鼻叫喚の大嶽丸おおたけまるざぶざぶランド入り口……


 逃走をしようとする人波が、入り口そばで行われている戦闘に足止めを喰らっている。

 人々の中にはどうにかその横をすり抜けようとする者もいるが、それも黒い軍勢の射程に入ったが最後、後列の短槍で貫かれて絶命する。


 では園内の奥へ逃げようとした者がどうなるかと言えば、そこからは新たな黒い軍勢が湧きだし、まるで『一人も逃がさない』とでも言うかのように、穂先を揃えた横隊を組んで行く手を阻む。


 ……アシュリーたちは知らないことだが、この軍勢は、異界より出でてクサナギ大陸をとする意思のみで統一された者ども。

 それは植民地としようとか、領地をもらおうとか、そういうことではない。といった意思の者どもであり、結果として彼らは、クサナギ大陸の者を一人残らず殺すべく最善の行動をとる。


 ゆえにこそ、人の多いランド入り口あたりにはどんどん黒い軍団が集まっており、時間が経てば経つほど逃げ場がなくなり、敵兵力が増強されると、そういうことが起こっていた。


「なんか、よくわかんないけど、なんとか入り口を、どうにかできない!?」


 アシュリーは問いかける。

 二人して怖がって抱き合っているだけで情報共有は全然できてないわけだが、アシュリーは目の前の銀髪の子(名前もわかってない。名前らしき単語を口にしたが、状況がアレすぎて頭に入ってこない)がなんらかの力を秘めているっぽい雰囲気は察していた。


 しかしその銀髪の子、首を左右に振る。


「だ、だめなんだよ……人間の血が少しでも入った剣士じゃないと私のことは使えないし……使えてももう、使じゃどうにもならないんだよ……」


 銀髪の子、すなわちアメノハバキリには神関連スキルの無効化という能力がある。

 が、今現在展開されている異界の軍勢は、。つまり生物だ。


 これが異界の神の力が生み出した生命ではない産物であれば、誰かがアメノハバキリを装備した時点で一切合切無に還る。

 しかし相手に生命という『軸』がある場合はまた話が変わってくるのだ。


「命関係はヒラサカねえさまの担当だし……」

「つ、つまり……すごい力があるっぽいこと言っておいて……役立たず……?」

「や、役立たずじゃないもん……使い手がいたらすごいもん……」


 アシュリーの忌憚なさすぎる意見がアメノハバキリの何かを刺激したようで、弁解めいたことを言い始める。

 しかし現状、役立たずには違いないので、弁解は弱かった。


 そんな二人の背後から……


「ちょっといいかしら」


「ぴえっ」

「はひゃっ」


 気配もなく声をかけてくる者がいた。


 そいつは……


「ねぇ、アシュリーちゃん。なんとか隙を突いて入ったんだけど……」


 メガネのブリッジを押し上げ、周囲を見ながら、


「これ、どういう状況? というか、は今、どのあたり?」


 固い、しかしどこか熱気を内に秘めた調子で口走るその女。


 そいつは……


「ムラクモさん、お留守番なのに来たらだめでしょ!?」


 夕山神名火命ゆうやまかむなびのみこと筆頭護衛。

 所属は帝都の隠密衆であり、隠密頭への推挙もあったが、それを蹴って氷邑屋敷に入り、しかしケガがあまりにも重かったため自宅療養を言い渡され……


 プールデートの際にめちゃくちゃ口出してきそうだから、ということで夕山に置いて行かれた女であった。



 夕山は唐突にハッとした。


「お説教の気配を感じる……!?」

「バカなこと言ってないで走るのよ! あなたが一番足が遅いんだけど!?」


 ヒラサカに引きずられるようにしながら駆けていく。


 夕山たちの逃避行はあまり進んでいなかった。

 何せ夕山の足がとてつもなく遅く、体力もないからだ。


「と、というかヒラサカ、あんた、何かできないの……? 神器でしょ……? それにゲームだと指揮官ユニットじゃない……」

「なんの話!? あのねぇ、ヒラサカは死者の魂をエネルギーに換えるための機構なの! 余禄で『死の気配』がわかるけど、別に戦えないんだけど! だって、剣士でも道士でも騎兵でもないもの!」

「く、さすが命を司るくせに梅雪様を蘇らせられなかった神器……! ゲーム的にもいまいち存在意義がわからないやつ……! そんなんだから『神器三姉妹は末妹が三人いたらよかった』とか言われんのよ……!」

「なんだかわからないけど元気なら走ってほしいんだけど!」

「全力です!」


 無駄口を叩く体力があるというより、無駄口を叩いて気を逸らさないと、すぐにでも崩れ落ちてゲロなど吐きそうというのが、夕山の現状であった。


 このあたりは入り口からも遠く、異界の騎士ルウの出現位置からもそれなりに離れているお陰か、『黒い軍勢』の姿はない。

 だがぐずぐずしてていい理由はなかった。こうしている今も、梅雪が戦っているのだ。


 特に列を先導しているウメなどは苛立っている。

 夕山の護衛を任されていなければ、さっさと入り口まで全速力で行って、剣やその他装備を持ち出して戻ることができる。だが、夕山がぐずぐずしているので歩調を合わせざるを得ないのである。


 もっとも、彼女たちは知らないが、入り口近くこそがこの混乱のもっとも大きく場所であり、そこを通り抜けるにはまた別種の苦労が待ち受けている。

 なのでウメが単独で行ってサッと刀をとって戻るというのは不可能であった。


 ちなみにこのころ、梅雪はちょうど最初に出てきた軍勢を蹴散らし終えて、しかしその後、ルウが通り過ぎた跡に点々と出現する黒い軍勢を掃討しているため時間をとられているところであった。


 勝てると確信した梅雪は強い。

 だが、それで相手が弱くなるというわけでもない。

 勝利はできるがそこそこの時間をとられる相手というのが、梅雪にとっての黒い軍勢である。


 閑話休題。


 梅雪救援のために急いているウメに先導され進む一行。


 その目の前に、一人の人物が立っていた。


 その人物は……


 黒いローブをまとった、驚くほど透き通った肌の女。


 ……透き通っている、というよりも。

 透けている。


 その肌は、


 それは河童ウンディーネという人種の特徴であった。


 ここ大嶽丸ざぶざぶランドには水辺守プールガードと呼ばれる存在がいる。そして、そいつらは主に河童で構成された、水辺の傍での戦いに慣れた者たちである。

 ゆえに河童がいるのは不自然ではない、が……


 ウメは、足を止めた。


 ……イヤな気配がする。


 黒いローブに黒い三角帽子ウィッチベレット、右手には氷で出来ているが如き杖を手にしたそいつは、「ほわ」と気の抜けるような声を出して、ウメたちを見た。


「ごきげんようお嬢さん方。いい天気ですねぇ」


 異様な気配を持つ河童の女は、あまりにものんびりとした口調で話しかけてくる。


 それが不気味でたまらない。

 ウメは無言のまま臨戦態勢をとる。


 河童の女は……


「あら、よく見たらとってもかわいいお嬢さん」


 夕山を見る。


 水の如き、向こう側の透ける体が、ぶくぶくとわずかに泡立った。


「実はですね、わたくし、今日はのお手伝いに来ただけなんですよぉ。でも、ルウちゃん楽しそうにどこか行っちゃうし、わたくし方向音痴だし、道でも聞こうかと思ったら、とってもかわいいお嬢さんがいらっしゃるし……運命って信じます? わたくし、今、とってもそれを感じておりますわ」


「誰だか知らないけど、こっちは急いでるんだけど!」


 相手の話が長いので、ヒラサカが食ってかかった。


 だが相手の河童、「ほわ」という奇妙な声を発し、にこにこ笑っている。


「失礼いたしましたぁ。わたくし、要点をまとめずに話すから話が長いって、いつも怒られてばっかりで……」

「そう思うんなら手短にまとめてほしいんだけど!」

「そうでした。では手短にまとめますねぇ。──かわいい子は、わたくしのお人形にしまぁす」


 ほわ、と声を発する。

 同時、


尻子玉たましいを抜いて氷漬けにして飾ってあげますねぇ」

「どういうことか全然わからないんだけど……敵ってことかしら!?」

「どうでしょう……敵のつもりはありませんが……ただちょっと邪魔な中身たましいを抜いて、そのかわいらしい姿を並べて飾る趣味がある者というだけで……」

「敵ね!」

「じゃあ、敵ということで」


 いまいちシリアスになりきれないゆるい会話が繰り広げられる。

 しかし展開された氷のドーム、である。


 ……この河童……


 否、河童とクサナギ大陸で呼ばれるようになった人種の、


 


 彼女の技法はクサナギ大陸においては道術と定義されるが、彼女に言わせればその技法は道術とは根本から異なる。


 道術が神威によって疑似的な自然現象を起こすものならば……

 その技法、精霊に働きかけ、自然現象そのものを顕現させる、


 その技法の名は、『魔法』。


 氾濫スタンピード四天王がうち一人、『魔法使い』が、武装のない少女たちの前に立ち塞がる──

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