第108話 プール・パレード 二幕の二
それは黒い西洋甲冑をまとった、黒い人型の何かだ。
梅雪の目はあれらが
だが一方で、梅雪の勘は、あれらに生物的なものを感じ取っていた。
加えて言えば、梅雪の知識において、異界出身の
すなわち幽霊のようなものだというフレーバーがあったはずだ。
ようするに、
(
目の前で一塊の生物が如き連携を見せる連中は、そういった性質のものだった。
連中は今、五人二列横隊を二組に分け、右斜め前方、左斜め前方からそれぞれ、梅雪へと槍の穂先を向けている。
片方に攻めかかれば、その隙をもう片方が突いて来るだろう。
それ以前に、どこか一人に攻めかかれば、その隣にいる者が盾で梅雪の攻撃をブロックし、その隙に槍を突き込んでくるだろう。
(右手に槍、左手に大盾……とくれば、右側から攻めかかるが定石。しかし、この連中の連携を見ていると、その対策もとってくる、か。さて……)
定石。
常道。
あの連中を崩すには。
あの陣形の弱点は。
梅雪は考えて……
「……っく、くくくくくく……」
笑った。
体の内側に残るダメージがある。
梅雪は怪我を治す術を持たない。……裏技的に『発動すればついでに怪我もなかったことになる』という技はあるが、今は使える場面ではない。
相手は中位より上の剣士相当の実力があるようだ。しかも、連携もうまい。
だが、何より着目すべきことは、そんな、相手の戦力なんかではなく……
「……貴様らは、異界の騎士ルウに敗北し、その神威に取り込まれた命、なのだったな。ああ、フレーバー文ではそのように読み取れる……」
ごほごほと梅雪は咳き込む。
血がわずかに口から舞う。
「つまり、ルウは、貴様らを倒したのだな。で、あれば、だ」
周囲索敵──
すでにウメらは走り去っている。
ここは大嶽丸の隠れ里の中心部近く。そばには
周囲に建物はないわけではないが遠い。プール施設と鍛冶場とのはざまにある緩衝地帯のような場所だ。
広い。
つまり。
周りを気にせず全力を出せる。
「貴様ら程度一方的に蹂躙できなくば、あの女の足元にも及ばないということだ」
梅雪は……
身の周りに嵐を渦巻かせる。
礫の混じった嵐。
「定石、常道、戦術、当然、リスク、息切れ。──考えるのはやめだ。行くぞ三下ども。圧倒的に蹂躙してやる」
弱者ゆえに欺瞞をまとう。
弱者ゆえに戦術を考える。
梅雪はそれを否定しない。むしろ、積極的に取り入れる。
だが……
目の前の連中に対して『弱者』の側に立っているうちは、いつまでも、剣聖と異界の騎士との戦いに混じる資格を得られない。
「この俺の経験値となれ、雑魚ども」
莫大な神威を持つ一人軍隊が、その神威を解放する。
相手方は──
(ほう、緊張が走ったな? なるほど、無口ゆえ意思のない操り人形かと思ったが、思考や感情も生前を再現されているのか。その上で、自分を殺した者に従っている。なるほど、興味深い)
並ぶ五つの穂先が揃った動きで梅雪に向けられる。
その後ろで控えるさらに五つの穂先が持ち上がり、前列がいつ崩れても梅雪を叩きのめせるように力が込められる。
左翼へ突撃したことで、右翼側の二列が梅雪の背後をとるように移動、そのまま列を乱さず向かってくる。
それら動きを風の動きで捉え、梅雪は鼻を鳴らした。
(なるほど、前後から連携のとれた精強な軍に挟まれ、絶体絶命。……が、その挟み撃ちは……)
神威で編んだ剣の切っ先を、手近な穂先に合わせる。
瞬間、反応して突き出される槍をかわし……
「……俺の正面の軍勢が、挟撃の完成までもたなければ成立せんぞ!」
神威、解放。
吹き出る莫大な神威に力任せに神の風を乗せ、目の前の軍勢を吹き飛ばす。
この風、機工甲冑をまとった忍軍さえも巻き上げるほど強烈。いかな重装歩兵とて、紀元前レベルの装備の軍では踏みとどまれるはずもなし。
吹き飛ばされ散らされていく連中に、梅雪は風に乗って接近。
相手の着地を待たず空中で刀を振り下ろし、装備ごと両断する。
「一つ」
真っ二つにされた敵兵は最後に槍を投げて梅雪を狙ってきたが、その槍を避けると同時に風で掌握。投げられた勢いのまま右手側にいた兵へと放ち、鎧ごと心臓を貫くことに成功。
「二つ」
着地した兵どもが地を蹴り、短槍を突き出して梅雪に突進してくる。
同時に突撃することができたのは六名。それぞれが瞬時の判断で六方向から同時突撃。すさまじい機転と連携。通常であれば、宙に浮いた敵を追って跳んでいた梅雪は着地を狩られることになる。
だが氷邑梅雪、空を踏んでもう一段跳び上がる。
梅雪が着地するはずだった地点で六本の槍が交差する。
ほぼ同時、その槍の交点に着地した梅雪、楽団の指揮者がタクトを振るがごとく、剣を上へと向けた。
六人の兵の中央で、竜巻を吹き荒らす。
重装兵たちはあっという間に巻き上げられ、互いに幾度もぶつかりながら、空高く舞い上がり、落ちて行く。
ぐしゃ、どしゃ、と鈍い落下音を響かせながら着陸。
起き上がる者はいない。みな、どろりと溶けると黒いスライムがごときものになり、そのまま地面に染み込むように消えていく。
「二つ、のちにまとめて六つ、合計八つ。…………ああ、ああ、ああ……! ハハハハハハ! なんと馬鹿馬鹿しいことか!」
梅雪は、気付かされた。
剣聖との思わぬ再会をした瞬間から、呑まれていた。
弱者扱いをされ、それを物分かりよく受け入れ、自分の実力を不当に低く見ていた。
だからこそ、苦戦するはずもない相手にこうして……戦術だの、定石だのを考えるぐらいに、恐れを抱いてしまっていた。
だが、事実は……
「俺は充分に強いではないか!」
剣聖より弱い? ──認めよう。確かに弱い。今はまだ。
異界の騎士より弱い? ──それも受け入れよう。先ほどに限っては、一撃で死ぬところを手加減されてようやく生き延びた。それは事実だ。
だが。
「このクサナギ大陸において、俺より強い者はもはや、そう多くない。……いかに異界の戦士たちと言えど、この俺の前では有象無象に変わりなし。そして、貴様らを喰らい、俺は剣聖や異界の騎士に追いつく」
先ほど、そう宣言した時は、ただの願望であり願いだった。
だが、今は確信がある。
「俺は天才だ」
心構えをするまで、ずいぶんかかってしまった。
常在戦場……あの狂った女を見習うのも癪だが、確かに、日常の動作と同列に『殺し合いを始める』という選択肢があるのは有利であり、武人が目指すべき一つの姿ではあろう。
敵が三列横隊を組み、がっしりと隣の味方を盾で守る。
ファランクス。
対策が生み出されるまで、古代において最強とも呼ばれていた陣形。
だが……
それは、密集陣形ゆえに。
梅雪が神威でできた左腕を持ち上げる。
手のひらを上へ向けて力を込めると……
氷塊が、手の上に出現した。
その氷塊はみるみる大きくなっていき、あっという間に天に蓋するほどの巨大さとなった。
密集陣形の弱点。
重火器に狙われれば、まとめて死ぬしかない。
そして本来、指揮官道士とは、軍勢をひと薙ぎにする生きた重砲である。
ファランクスは対応しようとした──のか、どうか。
梅雪が氷塊を投射する。
それは矢のような速度で軍勢へと落ちて行き、軍勢のいた場所に霜の走ったクレーターを生み出した。
あたりには何もない。黒い粘性の神威も、生き残りも。
「……くくくく……はははは……はぁーっはっはっはっはっは!!」
梅雪は額を押さえながら笑った。
ひとしきり大笑したあと……
「……ああ、そうだ。小さくまとまる必要も、おりこうになる必要もない。誰にも奪わせない。自由に振る舞う。そのために最強になる。……ビビッてんじゃねぇよ氷邑梅雪。お前はそういう悪役だろうが」
それはあくまでも自分に言い聞かせた言葉だった。
だが、なぜか、自分ではない誰かが、力強く背中を叩いてくれたような、そういう気がする言葉だった。
「……さて、蹂躙だ」
委縮のとれた氷邑梅雪が駆けていく。
風をまとって動く彼の姿は、一瞬でその場から消えていた。
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