第101話 鍛冶屋と剣使い
様々なプールが集う娯楽エリアとはうってかわって、このあたりは火山に近く、多くの鍛冶場が存在した。
大嶽丸の隠れ里の心臓部とも言えるここには、あらゆる工房が集っている。
すべての工房は大嶽丸の里所属ではあるが、すべてが大嶽丸の手下というわけでもない。
それぞれの工房には長がおり徒弟がおり、工房ごとに出来栄えや生産量を日夜競い、すべての工房長が、いや、徒弟でさえも『次に大嶽丸を襲名するのは、自分だ』と切磋琢磨している。
切磋琢磨することによりランクが生まれ……
火山のふもとに最も近く、火山の火の神威の恩恵をもっとも受けやすいこの場所こそ、大嶽丸の里においてもっともランクの高い工房。
当代『大嶽丸』の経営する、刀の鍛冶を専門とする、『大嶽丸工房』であった。
その工房のさらに心臓部、たった一人のための炉と金床がある場所こそ……
大嶽丸の鍛冶場。
そこにいるのは、二人の女だった。
一人は水着の上にエプロンをつけ、耐火性のある分厚いグローブに、光や熱から目を守るゴーグルを身につけた
彼女こそが当代大嶽丸。純血の鬼というのは子供のような身長に、広い横幅を持つ。
一目で人間の子供ではなく鬼だとわかる特徴として、頭部に角がある。これは、半鬼にはあったりなかったりという特徴だが、純粋な、成人している鬼には必ずあるものだった。
大嶽丸の角はゴーグルの上、額から斜めに伸びる二本の三角錐のようなものであり、サイズは脇差の柄ほどもない短いものだが、その黒と赤が混じった色合いが何とも言えず不気味かつ優美であった。
そして、もう一人は……
黒い布で目隠しをした、人間の女。
「剣聖サン」
大嶽丸が、見た目からするとやけに甲高く思える声を発する。
剣聖……黒いワンピースタイプの水着に、向こう側が透けるような薄衣を肩からかけたシンコウは、口元にいつもの微笑を称えたまま、大嶽丸の次の言葉を待つ。
大嶽丸は、悩まし気にうなったあと、覚悟を決めたように口を開く。
「こいつらだがね、寿命なんだわ。もともと脆い刀だからネェ。研ぎ直しても、調整し直しても、あとはどんどん、朽ちていくだけ。こいつらはここらで役目を終えるべきだヨ」
平時の大嶽丸は甲高い声でまくしたてるようにしゃべる女だ。
その女が、ここまで噛んで含めるように言う……つまり、それだけ真剣で深刻な話題であり……
シンコウは、己の愛刀がもはやこれから先の戦いについてこれないことを納得せざるを得なかった。
大嶽丸は「それにしても」と金床の上に置いた刀を見て、
「剣聖サン、どこかで目測を誤ったのかい? あんたの太刀筋で振るわれたとは思えないゆがみが芯に残ってるヨ。誰かを斬り損じたりしたのかな?」
その問いを受けて剣聖の脳裏によぎる人物がいる。
……真っ二つに両断するつもりであった。
だが、斬れたのは、左腕一本だった。
なるほど、その時のズレが、この刀の寿命を縮めてしまったと言われれば……
受け入れるしかない。紛れもなく、自分の未熟が、この刀をここまでの状態にしてしまったのだから。
シンコウは、吐息のように言葉を吐き出した。
「長い付き合い……とは言えないかもしれませんが。濃厚な付き合いではありましたね」
「ああ、こいつはウチの最高傑作サ。とはいえ、どんな刀にも寿命はある。……ああいや、昔にはあった特殊な素材を使ったんなら、そういういかにも現実的なこととは無縁でいられたんだろうがネェ……」
「わたくしの手持ちの鋼は、決して質のいい物ではありませんでした。……だというのにここまでのものを仕上げてくださったことには、感謝してもしきれません」
「そう言われると嬉しいがネェ。しかし、一体何人斬ったのやら。……この子らも、『もっと斬りたい』って言ってるよ。完全にあんたを主人と認めてる」
「嬉しい限りです」
「……こいつは刀を評論して定義する生意気な連中からすりゃあ、『名刀』じゃなく『業物』だがネ。けど、歴史上のどんな名刀よりも、人を斬ってるはずサ。本望だったろうネェ」
「……」
「……ああ、湿っぽくなっちまったネ。……この刀とともに戦いを終えるっていう人生じゃあないんだろ?」
「ええ」
「じゃあ、新しい刀が必要だ。けどネェ、今は厄介なお客さんが来る予定になってて。対応しなきゃならんし……そっち用の素材を使いたいぐらいなんだが、さすがに商売人としての倫理にもとる。いや、本当にいい素材なんで、あんたに使ってあげたいんだが……」
「どのようなお方なのですか?」
「さすがに言えないネェ。ただまア、もうプールエリアに来てるってぇ話サ。もしかしたら、すれ違えばわかるかもヨ」
大嶽丸は職人だが、商売人でもあった。
なので彼女には守秘義務を守ろうという意思がある。
……が、それはそれとして、性質は職人なので、気に入った相手には口が軽くなる傾向もあった。
すれ違っただけでわかる相手、というのはこのクサナギ大陸を見渡してもそう多くない。
その中で、大嶽丸さえも驚くほどの素材を卸す資金力や伝手がある者で、なおかつ、これから名刀が必要になる者と考えれば……
(……あるいは、あなたかもしれませんね)
剣聖シンコウは、再会の予感に唇を笑ませる。
大嶽丸は肩をすくめた。
「恋人でもできたかネ?」
「……いいえ。わたくしの片思いです」
「なんとマァ! 剣聖に片恋させるとは、よっぽど肉の硬い御仁と見える! 人斬り狂いに見染められるとは、その御仁もかわいそうにナァ」
「わたくしは、人を斬りたくて人を斬っているのではありませんよ。ただ、人がもっとも神に近い。ゆえに神を斬る練習のために人を斬るという程度の話なのです。可能であれば、人など斬りたくはありません」
「本当かい?」
「本当ですとも。ただ……腕のいい相手と斬り結ぶと、どちらかが死なざるを得ないという、どうしようもない、不可抗力のせいで、結果として人を斬っているだけなのです」
「そいつァ確かに、どうしようもないネェ!」
大嶽丸はげらげらと笑う。
シンコウは、何をそんなに笑っているのかわからないというように首をかしげていた。
ひとしきり笑って──
大嶽丸は「ア、そうだ」と思い出したように声を発した。
「そういや里ができたころから伝わる、この世のもんじゃない剣があるんだが、持ってくかい?」
「……『持っていく』と安請け合いできるような代物には聞こえませんが」
「イヤイヤ、あんた以外にちょっとふさわしい持ち主が思いつかないもんでネェ。ウチの打った剣ができるまでのつなぎとしちゃあ、上等だし、貸し出そうかってェ提案だヨ!」
「つなぎですか」
「ああ、そうサ! だってウチは、初代大嶽丸をも超える鍛冶師だからネェ。初代様が見本にした剣程度、乗り越えられなくてどうするヨ! だから、それができるまでのつなぎサ! ……ま、完成は何十年後かになりそうだがネェ」
「そういうことであれば、お借りしましょう」
「アア! あんたなら生きて返してくれるだろうからネ!」
「ちなみにその剣、銘などはある代物なのでしょうか?」
剣聖シンコウは奴隷出身という出自もあり、名刀・歴史上有名な刀の名前などの教養がさほどない。
ここで名を聞いたのは、『剣と対面する前に、その名ぐらいは知らなければ失礼だろう』といった心構えからであった。
その、剣を人かのように扱う態度は、大嶽丸が大いに気に入るところであった。
小柄で分厚い鍛冶師は、大笑いして、語る。
「ああ、その剣は──異世界剣。ちょうど大小二刀ひとまとめで、その銘を……」
ふが、ふがが、ふは、と大嶽丸がいびきのような声を立てる。
それは、その剣の銘を語るのが、彼女たちには難しいからだ。
そうして出てきたその剣の名は……
「『復讐剣フラガラッハ』。なんでも、異界の神の加護がかかった剣、らしいヨォ」
◆
「フラガラッハ。なるほど」
フラガラッハ。
元ネタはケルト神話だっただろうか。その名前の名刀は確かに
いわゆる
能力的には戦いで後手、つまり敵指揮官ユニットからの攻撃を受けたあとの反撃において攻撃力に補正がかかるという代物だ。
そこに加えて神の加護(異界)というものがかかる。これは、このクサナギ大陸出身者のほぼすべてに対する攻撃・防御補正がかかる異界の神の加護である。
この神の加護の補正対象から逃れるには、クサナギ大陸由来の神の加護スキルを身に着けるか、同じように異界由来の装備をする、あるいは異界由来のユニットである必要がある。
もしくは神の加護を消す……三種の神器を身に着けている必要がある。
とはいえ、神器アメノハバキリでも『無効化』はできない。
ゲームとしては『ボス四天王の力を装備一つで完全無効されては面白くない』ということなのかもしれない。
フレーバーとしては『四天王の加護はあまりに強力すぎて……』『神の加護ぐらいなら打ち消せるが、神そのものの力は打ち消せない』みたいな言及があった。
(つまり、大嶽丸の里にあるとかいう『ゲーム知識にない刀』は、実は『ゲームでは、すでに騎士に取り戻されていたフラガラッハ』のことで……今から起こるのは、『騎士がフラガラッハを取り戻す事件』になる、のか。しかし……)
大嶽丸の里でそのような事件があった──という描写はない。
氾濫四天王の一人が来たというのは、大騒ぎ続出のクサナギ大陸でも人の口にのぼるレベルの大騒ぎだと思うのだけれど。
(ゲームにおいては、どういう歴史をたどった?)
推測は無限にできるが、確定情報は一つもない。
あるいは穏便に剣を取り戻しに来た騎士が、大嶽丸と意気投合して、大嶽丸が『やるヨ!』とか言って普通にあげたということも……
(なくはなさそうだ……)
そういうこと、すごくしそう。
大嶽丸の性格を知っているからこそ、梅雪は『こいつを俺が説得するのは無理だ』とあきらめてしまい、いろいろ手をこまねいている状態なのだ、が。
ただ大嶽丸は一つ、わかりやすい『相手を認める条件』がある。
すなわち、強さを示せばいい。
それも、剣の使い手として、剣に認められる強さを、だ。
(まあ、大嶽丸がどういう基準で『剣に認められる』と定義しているかはさっぱりわからんが)
ゲームでも説明はない。
剣の声を聞いているような感じだが、大嶽丸は仲間にはならないユニットなので、どういうスキルを持っているかもわからない。
しかしえっちシーンは存在する。
(ともあれ、まずは妖魔を倒す。俺のことを雑魚道士だなんだと舐め腐っているとしても、目の前で氾濫四天王を倒されれば認めざるを得ないだろう……この俺を……雑魚道士と舐め腐っている……? いや、落ち着け。これは想像だ……)
梅雪は自分の想像に自分でキレそうになるのをこらえ……
大嶽丸の工房を目指して歩いて行く。
そこには妖魔の求める剣があり、そもそも、梅雪は大嶽丸の工房に行くためにこの施設に来ているのだから。
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