第100話 氾濫四天王
というわけで……
「
「そ、そそそそそそうでしゅか!? ぐへへへ……」
プールサイドを歩きながらそんな会話をする二人……
それを見ながら、ヒラサカが叫ぶ。
「ねぇ! ねぇねぇ! あんなことさせたあと、普通にプールデートしてるんだけど!? どういう情緒!? っていうか、ヒラサカたちのこと『いないもの』として扱ってるんじゃないかしら!?」
訴える先はウメである。
このたびのプールデート、主役は梅雪とその正室である夕山なので、ウメら従者は後方数歩の距離に下がってついてきている。
そして従者枠に新しく組み込まれたヒラサカとサトコもまた、ウメと横並びになり、『夕山を褒めちぎる梅雪と、梅雪に褒めちぎられて顔面パワーでそろそろ誤魔化せないぐらい表情がヤバくなりにける夕山』を見せつけられている──というわけだ。
感情の置き所に困る。
ヒラサカが「ねぇねぇ!」と同意を求めてしつこくウメを揺さぶるのだが、ウメは反応せずに夕山と梅雪の後ろ姿を見ている。
と、不意に梅雪が肩越しに振り返り、
「ウメ、来い」
呼び寄せる。
するとウメは肩をつかんで自分を揺らしていたヒラサカをチラッと見て、一瞬口元を笑ませてから、『散歩だよ』と言われた飼い犬のように梅雪に近付いていった。
ヒラサカが叫ぶ。
「なんで今あいつ、勝ち誇った顔でヒラサカを見たの!?」
「おほぉ~……ま、まあまあ、ヒラサカちゃん……」
「サトコも物分かりいい感じになってるんじゃないわよ! 戦わないと! 存在をアピールしないと! このまま、『手伝う』って約束もなかったことにされかねないわよ! ヒラサカにはわかるんだけど! あいつ、そういうこと平気でしそうな顔してるもの!」
「そうかなあ?」
「そうよ!
「そうかも」
「サトコ!? ちょっとサトコ!? なんか上の空じゃないかしら!?」
ヒラサカがサトコの肩をつかんで揺さぶり始める。
自分より大きな少女にがっくんがっくんされながら、サトコはぼやーっとした顔で梅雪の背中を見ていた。
今、梅雪はメイドビキニ姿のウメを褒めているところであった。
たぶん完全に作り笑いなのだけれど、貴公子然とした微笑を浮かべながらウメを褒める梅雪は、なんだか物語に出てくる王子様のようで……
「……いいなあ」
「サトコ!? ねぇサトコ!? ヒラサカの話聞いてる!?」
「あー……うんうん、聞いてる。すごいよね」
「聞いてたら絶対に出てこない返事なんだけど!」
「騒がしい下僕どもだな……」
ヒラサカの大騒ぎが功を奏したのか、梅雪が振り向く。
ここぞとばかりにヒラサカが梅雪に突撃していった。
「騒がしくもなるわよ! っていうか下僕じゃないんだけど!? ヒラサカたちのこと手伝うんでしょ!? なんでのんびりプールデートとかしてるわけ!?」
「手伝って欲しいならば、もう少し情報を寄越せよ
「誰が雌鶏かしらー!?」
コケー! とヒラサカが叫ぶ。
梅雪は鼻で笑った。
「貴様らから提供された情報は『なんだかすごい妖魔が、
「戦闘準備とかいろいろやることはあるんじゃないかしら!? 周囲に危険を周知するとか!」
「なぜ貴様らはやらん?」
「入り口であんたに捕まったからだけど!?」
「そもそもなぜ、貴様らはここに入った?」
「……」
「無茶をしての不法侵入同然の入館をしておいて、まさか『水遊びがしたかったから』などとは言うまい? 迫ってきているのがわかるのならば、ルート上で待ち構えることもできたはずだ。……あのなぁ雌鶏。協力を求めるのならば、相応の態度があろう? 少なくとも、情報を隠されては対応のしようがない」
「ぐぬうう……!」
「……俺を警戒するのは、理解しよう。だがな、警戒している場合かどうかを考えろ。選択肢はあるか? 猶予はあるか? 俺に協力を求めるしかない状況にあるのだから、リスクを恐れずに俺に全額賭けろよ。それとも貴様は、俺がこうして優しく聞いてやるのを待っていたのか?」
ヒラサカは歯ぎしりをして、拳をぶるぶる振るえるほど握りしめる。
今にも殴りかかりそうな表情で梅雪を見つめたあと……
ため息をついた。
「……サトコに聞かせられない話なんだけど」
「では俺も聞いてやる義理はない」
「なんでよ!」
「どいつもこいつも理解力が及ばぬと見えるから、こうしていちいち教えてやることになる。……俺がするのは、『貴様らの手伝い』だ。つまり、この件の落としどころ、この件で俺に何をしてほしいかを決めるのは、貴様らになる。違うか?」
「違わないけど」
「そして、貴様も『主』ではなかろう? あくまでも、これは、あの青毛玉が『主』だな?」
「……そうだけど」
「責任も、覚悟も、あの青毛玉にこそあるべきだろう」
「……」
「『聞かせられない話』? まあそういうのもあろうな。であれば部外者にはもっと聞かせられぬであろうが。当事者を差し置いて部外者には話せる話とはなんだ?」
「……この話を聞くと、サトコが危ないから……」
「当事者が負えない危険を、部外者に負わせる? というかとっくに手遅れだが? すでにヒラサカ盗みの犯人として俺に見つかっているのだからな」
「…………」
「おい青毛玉。貴様の覚悟はどの程度だ? てっきり、人生程度は懸けるものと思っていたがな」
声をかけられたサトコは、ヒラサカをじっと見た。
「なんだか知らないけど、聞かせてほしいねぇ」
「そもそも、ここまで連れ込まれた貴様が事情についてたずねていないことが驚きだ」
「それは~……おひぃ。チャンスがなかった……うーん……勢いに呑まれた……えーっと」
「……」
「……うん。疲れちゃってたんだよねぇ」
サトコは「たはは」と笑った。
「いくら頑張っても、故郷は救えないんじゃないかって……先輩たちに逃がされた私たちの中で、それでも故郷のために頑張ってるのは私ぐらいで……多くの子はね、もう、
サトコは目を閉じて、思いをはせる。
恐山の学園都市。
たくさんの同級生たちがいた。
けれど、サトコたち中等未満の生徒たちは逃がされて、あの大妖魔に立ち向かうのは先輩たちのみ。
「……最初は悔しかったから始めたんだよねぇ。私、こう見えて天才だから。先輩たち以上に戦力になれるはずなのに、蚊帳の外にされて……見返してやりたいじゃん?」
「ふむ」
梅雪の声には先を促す響きがある。
サトコは、自分の人生を振り返って、自分の気持ちを掘り起こしていく。
「でも、戦いが絶望的で……神器ぐらいなきゃどうにもならないし……神器があってもどうにもならない……オロチちゃんはとっておきだったけど、逃げちゃって立ち向かえなかった。だからもっともっと強い妖魔をゲットしないといけなくってさ。それで、頑張ってきたんだけど……」
ちらり、とヒラサカを見て、
「……力強く引っ張ってくれる人が出てきたらさ。なんか……『ああ、私だけが頑張らなくていいんだ』って思って。それで、力が抜けちゃった。……引っ張られることに安心して、言われたことをこなせばいいやって思って……うん。だからきっと、先輩たちは、私を逃がしたんだろうなぁ。おほぉ~」
「で?」
「……これは、私の戦いなんだよねぇ」
「そうだな」
「だったら、危険も、私が背負わなきゃねぇ」
「そうだな」
「引っ張ってくれる人に手を引かれるままじゃなくって、自分で歩かなきゃ、いけないよねぇ」
「そうだな」
「……ヒラサカちゃん、全部教えてもらっていいかなぁ? なんで、ここに来たのか。その理由を知ると、どういう危険があるのか。全部聞くよ。私の歩く先は、私が決めないといけないから」
ヒラサカは……
がっくりとうなだれた。
「……ヒラサカはね、サトコみたいな子供がそこまで背負うの、イヤなんだけど」
「おっほぉ~。大人だぁ」
「でもまあ、そうなのよね。世界を救うのはいつだって少年少女だった。大人は『確実に訪れる危機』への対応に精一杯で、人に話しても笑われちゃうようなバカげた、でも実際に迫ってる危機に対処するのは、いつも子供たちなのだわ」
はぁ~~~~~………………という、深く長いため息があって、
「初代大嶽丸は帝の祖から『ある剣』を託されたのよ。それを参考に打ったのが、
知っている名前に、梅雪の眉がぴくりと動く。
このあたりはゲーム知識にもなかった。
帝の祖の時代の情報は『うかがえる』だけで、それそのものが解説され、深掘りされることがさほどなかったのだ。
ヒラサカが、表情を正す。
「……その『ある剣』っていうのが、
「ふむ」
梅雪は検討する。
(なるほど、知らない情報だ)
氾濫四天王については知っている。
だが、その四天王の剣が、大嶽丸の里にあるというのは、知らなかった。
所持している剣……倒すと落とす装備品ならば、心当たりがあるが。
そもそも氾濫四天王は、物語後半、主人公が充分に強くなってから魔境に出現する指揮官ユニットである。
そいつがこのタイミングで『魔境』から出てきて大嶽丸の里に来るという話は、梅雪の『中の人』も知らない。
(……あるいは、俺の行動などで何かがズレたか。たとえば、『主人公』周りなどが)
主人公。
剣桜鬼譚におけるハーレム野郎。梅雪からすべてを奪った仇敵。
そいつの正体は──
記憶を失った氾濫の主人。
かつてクサナギ大陸に侵略してきた、四人の配下を従えた異世界勇者。
特定の時期に記憶を失った状態で出現し、記憶を失ったままクサナギ大陸を統一し、かつての仲間である四天王と戦い、この大陸を守ることになる主人公。
だが、その主人公には魔王ルートがある。
記憶を取り戻したあと『魔境』に入ると選択肢が出る。
一つは『かつての仲間を倒して異世界侵略者からクサナギ大陸を守る』、勇者ルート。
そしてもう一つが、『かつての仲間とともにクサナギ大陸を征服する侵略行為の再開』──通称、魔王ルート。
侵略者、すなわち魔王ルートに入ると、氾濫四天王を従え、それまで自分が支配した地域を、自分の仲間だった者たちを蹂躙しながら再支配していくということになる。
そう、主人公は選択によっては四天王を従えるのだ。
つまり……
(知らん間に出たか? 『主人公』。……だとしたら面白いなァ)
梅雪は凶悪に笑う。
どうやら、この氾濫四天王戦……
梅雪と『主人公』との前哨戦になる可能性が、浮上していた。
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