第102話 プール・パレード・プレリュード
「おろろーん……おろろーん……」
機工甲冑の中でアシュリーがまだ奇妙な鳴き声をあげていた。
ちなみにアシュリー、普段のパイロットスーツではなく、緑と白を基調とした水着姿になっている。
あらかじめ『お前は移動手段だ』と言われてはいたものの、『と、言っておいて?』みたいに勝手に期待していたので、プール遊びをするつもりでここに来ていたのだ。
奇妙な声で鳴く
少し前までの氷邑家は『後継者がゴミだし潰れる家だな(笑)』という感じで舐められていたのだが、今は『帝都騒乱』『大江山行』などで世に聞こえる手柄をあげているため、恐れられている。
しかし後継者の武名が相変わらず轟いていないため、一種不気味な恐れがあり、『かかわった者がどこへともなく連れ去られて帰ってこない』だの『文句を言うとどこからともなく首筋に刃が当てられる』だのといった、一種の怪談が広まりつつあった。
大嶽丸ざぶざぶランドに来る者たちは、情報収集能力もあり、金もありコネもある者たちが中心なので、当然のように氷邑家の怪談をみな知っており……
奇妙な声で鳴く天狗の怪談が、また一つここに生まれようとしているところであった。
「おろろーん……」
水着姿で阿修羅に乗り込み膝を抱えて鳴く頭領には、部下の忍軍たちも困っており、無骨なパワードアーマーやゴーグルをつけた忍び装束の男たちが周囲でおろおろしている。
しかも現在は梅雪入場からまだ一時間も経っていない昼日中である。
来場者も多く、しかし氷邑家専用
そんな時……
「あー!」
舌足らずな少女の声が響く。
氷邑家のことが気にはなるものの、見ちゃいけない感じなのでどうしようかとさまよわれていた視線が、少女の声へと集まった。
その少女は……
真っ白い着物に身を包んだ、銀髪を七つ結びにした少女である。
奇妙に丈がミニの、しかし袖だけは長い着物の、余った袖をぶらぶらさせながら、「知ってる!」と叫んで……
阿修羅の方へとずんずん近寄っていく。
これには周囲の者たちが『氷邑関係か……』とサッと目を逸らした。
少女が銀髪であったので、親族だと思われた、というのもあろう。
袖余りミニ着物の少女はずんずん歩き、阿修羅の前に立つ。
「おろろ……おろろ?」
急に接近してきた少女に、アシュリーも鳴くのをやめ、甲冑のハッチから身を乗り出すようにして少女を見下ろした。
目が合う。
少女は「はわわ」と声を発して……
「こ、こんにちは……」
「……こんにちは?」
接近してきた時の勢いはどこへやら、急におどおど、もじもじし始める銀髪の少女。
アシュリーもアシュリーでコミュニケーション能力に難があるため、こういう時どうしていいかわからず、固まる。
金髪碧眼の
そのまま十秒、二十秒と時間が過ぎていく。
周囲もこの沈黙の意味がわからず、話の進展が気になり始め耳をそばだてる中……
さらに新たな声が、響き始める。
「待て! お待ちください!」
どかどかと足音が聞こえ始める。
アシュリーがそちらに目をやると、そこにいたのは……
武装した一団であった。
「あ!」
銀髪少女が慌てたように声を発する。
「お、追われてるんだよ! わたし、銀髪の子に用事なの! でも、追われてて、えと、あなた、銀髪の子の知り合いなんだよ!」
説明がヘタクソすぎる。
が、ヘタクソな説明が、アシュリーの中で想像の余地を生む。
今の全然なんにもわからない状況を、アシュリーはこう受け止めた。
(もしかしてこの人……氷邑家の人!?)
アシュリーは氷邑家本家に仕える忍軍の頭領であり、本家関係のだいたいの氷邑家縁者は頭に入っているつもりではいた。
が、なにぶん氷邑家は伝統のある古い家なので、すべての血縁者を知っているとは言い難い。分家だけで数十もあるのだ。
そして目の前の髪の毛七つ結びの女の子は銀髪碧眼。
とくればどこかの分家筋であろう。
しかも……
(梅雪様がここにいることを知ってるんなら、銀雪様から送り込まれた? それで追われてる? つまり……)
アシュリーは考える。
だが、状況はアシュリーの熟考を待ってはくれなさそうだ。
銀髪七つ結びの女の子を追っていると思しき一団はどんどん近付いてきている。
(……よくわかんないけど、梅雪様に会いたがってる銀髪の子だから……連れて行った方がいいよね!)
この間、十秒ちょっとである。
だいぶ頭が回っていない。
ともあれアシュリーは結論した。
「こっち!」
アシュリーが阿修羅から飛び降り、少女の手をとって走り出す。
ここで阿修羅に搭乗したままにしなかったのは、これから向かう先……
大嶽丸ざぶざぶランドには、武器や騎兵を持ち込めないというのが頭に残っていたからだった。
アシュリーと銀髪の女の子が走り出す。
背後から、武装した一団が「お待ちください! しばらく! しばらく!」と声を上げながら駆け寄ってくる。
だがアシュリーの行動から意図を察した忍軍がその一団の前を塞ぎ……
「氷邑家です!」
そのあいだに受け付けへとたどり着いたアシュリーは、それだけ言い捨てて入場していく。
受け付けの人員も、つい先ほど氷邑家が入って行ったこと、それから、アシュリーが氷邑家の騎兵であることを理解していたので、そのまま通した。
こうしてアシュリーは、謎の銀髪少女を連れて、大嶽丸ざぶざぶランドに入ることになった。
状況はまったくわからない。なので……
(とりあえず梅雪様に考えてもらおう!)
丸投げするつもりのアシュリー、なんやかんやとプール入りに成功する。
◆
一方、氷邑梅雪。
「……ここから先が工房エリアか」
広いプールエリアを一切わき目もふらずに通り抜け、ようやく工房エリアにたどり着いた。
これから大嶽丸を説得して刀を打たせようというところ、なのだが……
(さて、騒ぎが起こるのを待つべきか。それとも、先に一度面通しをしておくべきか)
氷邑梅雪。
妖魔襲来をあらかじめ警告する気があまりない。
というのも、妖魔襲来にかんして、根拠は『ヒラサカが存在を感じ取った』程度のものでしかないのだ。
これを
根拠を示すと、ヒラサカが三種の神器であり、サトコがそれを盗んだ下手人であることを明かさなければならない。
そこをはっきりさせないと、氷邑家に神器盗みの嫌疑がかかるからだ。
最近の氷邑家は活躍しすぎているのもあり、『実はあの神器が盗まれた事件、氷邑家のマッチポンプなんじゃ』という噂も流れ始めている。
ある者が活躍しすぎるとそこにありもしない裏を妄想するのが人の機能なので致し方ないと言えばそうなのだが、事実無根の罪を印象だけで着せられるのはたまったものではないので、そんなことになるぐらいなら、サトコとヒラサカを差し出す。
というわけで水辺守に『妖魔が迫っています』と言っても根拠を示すことができない。
ゆえに封鎖だの準備だのを呼びかけていない。
ただし、大嶽丸には、相手の出方次第では言ってもいいと考えている。
こういう重要な話は下っ端にするより、これからどうせ会うのだから、トップに直接言った方が早い、というのもある。
それに、大嶽丸の倫理観であれば、神器の意思を尊重することがありうる。あの女、人より道具の声を優先する変態だからだ。
というわけで、熱気と鉄を打つ音に満ちた、火山の裾野に広がる工房エリアにたどり着いた梅雪は……
「…………あ?」
発見する。
「……ふふ」
梅雪に発見された者は、口元を軽く笑ませた。
その女は……
黒いワンピースの水着に、透けるほど薄い布を肩からかけ……
黒い布で目隠しをした、優美なる肢体の、蜂蜜色の髪の女。
武装禁止のランド内だというのに、いかなる特例か、左手にふた振りの刀を帯びているそいつは……
「よもやこのようなところで出くわすとはな。──剣聖シンコウ」
「……お久しぶりですね、氷邑梅雪」
心の底からの歓喜をにじませ、剣聖シンコウが微笑む。
殺し損ねた者と、殺せなかった者が、ここに再び
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