第97話 大嶽丸ざぶざぶランド・更衣室
火山の熱を利用した鍛冶とスパリゾートの里であり、その受け付けでは、このような義務が告げられる。
「本施設は『武装禁止』『水着着用義務』『紛争の禁止』といった決まりがございます。これにご協力いただけない方は即刻退場していただきますので、どうぞ、ご注意ください」
武装禁止……
刀は当然として、騎兵も持ち込めない。
道術に関してはどうしようもないからなのか、それとも道士が舐められすぎているのか、何も言われないけれど、武装を持ち込めないのは剣士以上に騎兵にとって大きなディスアドバンテージになる。
そういうわけで、今回、
まずは傍仕えのウメ。
梅雪の身の回りの世話をするのが役目の半獣人の奴隷である。
帝都騒乱、
梅雪も『何がなんでも今すぐに奴隷から解放したい』という気持ちはないし、銀雪がウメの奴隷解放を認めないのには何か理由があるだろうと思うので、今はそれでいいとしている。
そしてもう一人は
こちらは梅雪が『大嶽丸の説得に役立つ』と思って連れて来た者である。
プールデートだとはしゃぎまくっていて、すでに鼻息が荒いが、それでも優美な顔立ちのお陰でどうにか様になっている。
夕山の顔は見る者が見ればすぐに帝の一族だとわかるはずだが、大嶽丸ざぶざぶランドの受け付けは取り立てて反応を見せない。
帝の妹の正式な訪問であれば無礼な振る舞いだが、このプール施設に来る者は全員『お忍び』である。なので、誰に対しても同じように事務的に対応することがマナーとなっていた。
かくしてプールへの同行者はこの二名である。
が……
「おろろーん……おろろーん……」
わざとらしい鳴き声が、背中にこびりつくように響き続けている。
梅雪が肩越しに振り返れば、そこには
馬車室を背負うようにした阿修羅の頭部ハッチは開いており、そこからアシュリーの顔が見えている。
「おろろーん……おろろーん……」
奇妙な鳴き声はアシュリーの口から放たれており、プールへ入って行こうとする梅雪ら三名を見る目は実に恨みがましかった。
今回、アシュリーは馬車室だけ曳かせて、お留守番だ。
理由の一つには、大嶽丸ざぶざぶランドには機工甲冑を持ち込めないというのがある。
そういう理由を語ったら『でも帝都には一緒に行ったじゃないですか……』と超・不満そうに駄々をこねられたので、もう一つ理由を語ることになった。
罰則である。
大江山行の時、アシュリーは最後、遊んだ。
確かにあそこでクマを止めるのは役目としてアリだった。
しかしいつまでもクマと相撲を取り続け、梅雪にも気付かないほど熱中しているのは、明らかに遊びである。
しかもアシュリー、というか阿修羅、あれからも暇を見つけて大江山に行ってクマと相撲を取っているらしいことが発覚している。
なのでそういった勝手な行動を咎めるためにも、今回はお留守番を申し付けたというわけだった。
……さらにもう一つ、アシュリーには語るつもりのない事情もある。
大嶽丸ざぶざぶランドは、金持ちを顧客とした鬼の里である。
ここには鍛冶屋として
そしてこの二つの種族、
というか天狗が全体的に傲慢かつ選民思想の塊であり、すべての山を自分たちの所有物とみなしているところがあるので、山や清流などを棲家とするだいたいの亜人に嫌われている。
大嶽丸の里ももともとは天狗を排除して侵入されないように警備を固めたところから歴史が始まっており、こんな里に天狗のアシュリーを連れていくのは、『刀鍛冶の機嫌をとらなければならない立場』としては避けたいところであった。
まあ、アシュリーは他の天狗とかなり感じが違う。それは事実ではあるが……
種族や生まれというのが、本人と全然関係ないいらないものを背負わせてくるのは、どこの世界でも変わらない。
アシュリー本人の育った環境や性格がどうあれ、天狗であるというだけで色眼鏡で見る者は必ずいるのだ。
そういうわけで、アシュリーはプールに入れずにお留守番となった。
だがそれはそれとして、ここまで来るための足は必要なので、馬車を曳かせはした。
そのせいで『なんだかんだ言いつつ、一緒に連れて行ってくれるんだ』と思い込んだアシュリーの、道中でのはしゃぎっぷりは、なんだかいたたまれないものがあったが……
(なぜだか知らんが、この俺のことをツンデレ扱いする風潮が最近あるな……)
それは幻想である。
梅雪は許さないと言ったことは絶対に許さない。今も昔もこれからもずっとそのつもりだ。
だから『連れて行ってあげない』と言ったら、『連れて行ってあげない』のである。
『口ではそう言いつつも……?』みたいなのはない。
「アシュリー、ご苦労であった。俺たちが出てくるまで待機しておけ」
ちなみに数日がかりの仕事になるはずなので、数日間、プールの目の前で待機である。
名門後継者がお抱え忍軍に命じる仕事としては、特に酷くもない普通のことであったが……
「地獄だよ……ここは地獄……」
アシュリーがすごく拗ねている。
梅雪は面倒くさいのでもういいやと思って、プール施設へと入って行くことになる。
なお、ウメは職務に忠実かつ梅雪以外にドライなところがあり、夕山は浮かれすぎてて他に意識が向かず、アシュリーを一番気遣っているのが梅雪という状況になっていた。
こんなんだからツンデレ視されるのだけれど、これはもう、梅雪の責任ではない。
狭いゲートを通って進む。
山中にぽつんと金属製の
磨き上げられた木材の通路を歩いて行くと、分かれ道に入る。
右手が男性、左手が女性だ。
この先でロッカーに武装と服をあずけ、水着になって、ようやく大嶽丸ざぶざぶランドに入館ということになる。
このへんはゲーム
剣桜鬼譚における大嶽丸ざぶざぶランドは、基本的にはただの刀ショップである。
選択すると主人公と水着立ち絵のあるヒロインがプール背景の場所に出て、それから『刀屋』『鍛冶屋』を選択できる。
刀屋は刀を買えるショップだ。
刀には『数打ち物』『業物』『名刀』の三つのランクが存在する。
そのうち数打ち物をいくらでも、業物を個数限定で、そして掘り出し物としてランダムに名刀を買える、そういうのが刀屋だ。
一方で鍛冶屋は求められた金とゲームをやっていると手に入るアイテムを納めることで、名刀を打ってもらえる場所だ。
ちなみに数打ち物、業物と名刀との差異は『特殊能力があるかどうか』になる。
大嶽丸ざぶざぶランドの鍛冶屋は確率で特殊能力がランダムに付与された名刀を打ってもらえるというガチャ要素だ。
このガチャはつぎ込む資金によって名刀になる確率が上がり、収めたアイテムの種類と数によってつく特殊能力の傾向が変わるという、乱数を安定させる要素もある、が……
どの確率も決して百パーセントにはならない仕様である。
剣桜鬼譚はゲームなので『セーブ&リセット』という行為によりこのガチャ要素で引きたい名刀を引く確率を百パーセントまで上げることが可能だが、当然ながら梅雪の生きるこの世界にはセーブもロードもありはしない。
(俺に頭を下げさせて『できませんでした』は許されんぞ? さて、見事に名刀を打つか、それとも、『できませんでした』となるか……)
場合によっては、剣呑な事態になるだろう。
ゲームでの乱数要素が現実においては『鍛冶屋のモチベーション』ならば、(夕山が)ご機嫌をとってやるのもやぶさかではないが……
(……楽しみだな、大嶽丸。貴様の命がかかった鍛造、文字通り命懸けでやるといい。全力を出せる配慮ぐらいは、してやろう)
梅雪は一人、喉を震わせるように笑いながら、男子更衣室へと入っていった──
◆
女子更衣室──
ウメは一応、貴人警護も仕事なので、夕山の周囲に気を払いながら歩いている。
そのウメの聴覚が、気になる声を捉えた。
「おっほ~。えぇ~? すっごい贅沢だけど、本当にわたしが入っていい場所かなぁ~?」
「いいのよ! ヒラサカが許可するわ!」
「ヒラサカちゃんはすごいねぇ」
「そうよ! ヒラサカってばすごいんだから!」
危険性かと言われると首をかしげるが、なんだか気になる声であるのは間違いない。
声の主は……
びっしりとロッカーが並ぶ室内は視界が通らず、姿はまだ見えない。
だが、なんとなく離れた方が安全だろうと思い、距離をとるべく歩き出した。
が、
「んんんん? あれ、ヒラサカって、ちょ、まさか……」
などと言いつつ、夕山が声の方へとずんずん歩いて行ってしまう。
まさか梅雪の正室にして帝の妹の手を引いて『いいからこっち来い』と言うわけにもいかない。
ウメは勝手に進む夕山に続き、危険があっても対処できるように心構えをする。
そうしているあいだに、夕山が声の主のところへとたどり着いた。
そこにいたのは、二人の少女だ。
一人は目を惹くゴージャスな金髪巻毛の女の子。
ピンクのフリルつきワンピース水着を着ている最中だった様子で、体つきから見れば十代中盤ぐらいの年齢だろうか。
ちょっと少女趣味が過ぎるデザインの水着だけれど、ゴージャスな顔つきと金髪巻毛にもかかわらず、胸元などはそこまでゴージャスではないせいか、非常に似合っていた。
もう一人はなんとなく眠そうな目をした青髪の少女だ。
こちらはウメと同年代に見える体つきをスクール水着で包んでいる最中で、今から肩のストラップを身に着けるといった様子だった。
特徴としては非常にもこもこした量の多い髪であり、体が細く小さいのもあって、背後から見れば青い毛の塊に見えることだろう。
その二人は、唐突に現れた夕山にぎょっとしたように動きと声を止め、固まっていた。
夕山はその二人……
金髪巻毛の方に近寄り、がっしりと両肩に手を乗せ、まじまじと顔をながめていた。
「ななななな何かしら何かしら……ヒラサカにご用かしら……人違いじゃないかしら……」
金髪巻毛の『ヒラサカ』という名らしい少女が、だらだら汗を流しながら顔を逸らす。
だが夕山、自分より背の高い少女の逸らした先に顔を持っていき、視線を外さない。
しばらくそのようなことがあり……
ようやく夕山が、口を開く。
「ウメちゃん」
「はい」
「見つけた」
「はい」
「神器の勾玉──『ヨモツヒラサカ』、見つけた」
「………………はい?」
なんだかよくわからない事態が唐突に起こっているようだった。
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